第2話 家で待つ怠惰の権化。

萩生紅葉の家には22時を少し回った所で到着した。


「匠さん、お帰りなさい」と出迎えてくれた萩生紅葉は、黄色いパジャマ姿でカーディガンを羽織っていた。


俺は「どうも。ただいま」と言って中に入る。

お邪魔しますは三月中でやめさせられた。


「お母さんなら、真さんにただいまを求めたはずです」


この言葉に「わかったよ。次からはただいまにする」と言うと、萩生紅葉は俺好みの笑顔で「はい」と言った。


「大丈夫でした?遅延ですか?」と聴きながらキッチンでお茶の支度をしてくれる萩生紅葉に、俺は「コンビニに寄っていたんだ」と言って、袋からプリンとゼリーを出して、「好きな方をどうぞ。残りを俺が食べるね」と言うと、萩生紅葉は「むぅ」と言って悩んでから「匠さん、お母さんなら真さんに『私は真とシェアは嫌じゃないから半分こしようよ』と言ったはずです」と持ちかけてきた。


間接キスになってしまうと言いたかったが、言い出せずに申し訳程度に「酒くさいよ?」とだけ言うと、「気になりません」と返されて、シェアをしながら食べる事になる。


「今度の日曜日は何時頃に来てくれますか?」


最近は、日曜日になると萩生紅葉と買い物をして、夕飯を食べて帰る。

すっかり習慣化した。


あの母は出かけてくると言うと、コレ幸いと好き勝手やっている。

パック寿司を食べてご機嫌でテレビを観ている。


「また3時頃にするけど、いいの?何か用事とかないの?」

「ありませんよ。それよりもゴールデンウィークは何日来ますか?全部1人とかは嫌ですよ?」


まさかの言葉に、どこかそんな気はしていたので、「まあ。何日かは考えていたけど行きたい所とかないの?」とだけ返す。


ありきたりの行楽地、観光地にはいい感触を示さない萩生紅葉は、「一日くらい朝から来て貰って、夜までいて欲しいです」と言ってきた。


「朝?眠くない?」

「平気です。匠さんこそ眠かったらウチで昼寝すればいいんです」


「まあそれはその時の流れで」と返すと、「後は一つだけ外出の希望があります」と言われた。


何かと思って聞いてみると萩生紅葉らしかった。


「前に母さんと話した時に、関谷さんって方の名前が出てましたよね?会えませんか?」


俺は「聞いてみるけどあまり期待しないでね」と言って、関谷さんに連絡をすると「是非来てくれよ」と連休初日を希望された。



23時前に萩生紅葉宅を出て家に帰ると、家はもう真っ暗だった。

母に会っても、話すことはない。

だがどうしてもテーブルに積もっていくゴミ達が気になってしまい、ゴミ袋に入れる。


まだあの母はゴミの日を覚えていて、ゴミは捨てるので袋に入れておけば捨てる。

だが袋に入れることはしない。溜め込んでも一度に捨てれば片付くという間違った成功体験が、限界までゴミを溜めさせようとする。


そう言えば、父が生きていた時はテーブルの上は綺麗だった。


父が死んで母がやらなくなったのではなく、母は元々やらなかった。父が死んでやる人が居なくなった。ただそれだけだった。


そう。

あの母はやらずに放置したら父がやる。俺がやる。誰かがやる成功体験を得てしまっていたんだと今気づいた。



そんな母とまともに話したのは連休前。

珍しく夕飯を一緒に食べた時、「何かするの?」とだけいきなり聞かれた。


母は本当に怠惰の権化のような人で、万事を面倒くさがる。

子供の名前を呼ぶ、主語をつける。そういったものに意味と必要性がなければ、とことん省く。

これが学校の試験ならやるけど、やらないでいいならやらない。


名前を呼ばない事を問い詰めたら、間違いなく「2人しかいないんだから、アンタに向かって言ったのよ。面倒くさい事聞かないでよ」と返してくる。

ゴールデンウィークの事だと、言わなくても分かれとばかりに聞いてくる。

とことん面倒くさがって怠惰を得る。


軽い諦めと苛立ちの中で「出かける」と返すと、「ふーん。じゃあ夜ご飯はいらないね」と決めつけられた。


そのやり取りでモヤっとした物が生まれてしまった俺は、「一応言うけど関谷さんの所、父さんの話を聞いてくる。父さんからもたまに顔を出すように言われたんだ」と説明をして、母に「行く?」と聞いたが無視をされた。


これだ。

拒否をすると立場が悪くなる案件に関しては無視をする。


父は何度も母を外出に誘った。

だが母はほぼ全てに無視をした。


その癖、テレビを観て観光地に行きたがる。

父は行こうかと誘うが無視をする。

たまに1人で行けと返事をするが金は出さない。

父の稼ぎなのに、母が使い道を決める。

金も出さないのに行けばいいと言う。

勿論そこにコミュニケーションはない。


俺は激しく苛立った。

多分、今まで父が緩衝材になっていた分が直撃しているからだ。


俺はそれ以上は特に何も言わずに食べ終わると、部屋に戻って翌日の用意をした。

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