21話 望んだ未来
「魔法、使えるようになったんだね」
先程の言葉に続けて、ルミナの耳に届くのはリヴァイの声。
だがルミナは信じられず、何も反応出来ずにいた。
フルール王国からセレンティア王国に来るまで5日はかかる。
ルミナがフルール王国を離れたのは1週間前。いくらなんでも早すぎるため、ルミナが信じられないのは仕方がないのだが、リヴァイは面白くなく感じ、ルミナを後ろから抱きしめ、顔を覗き込んだ。
「こら、なんで答えてくれないの?」
「……リヴァイ……?」
澄んだアクアマリンと目があい、信じるしかないのだが、ルミナはやはり現実を上手く理解できなかった。
「うん。会いたかった」
リヴァイはそう言うと抱きしめる力をますます強めた。
ルミナが自身の腕の中にいるということをしっかりと感じたかったのだ。
「な、なんでここに……!」
暖かく、安心する体温にルミナはぼうっとしていたが慌てて我に返り問いかける。
「王位継承権放棄してきた」
「え……?」
目を瞬かせ驚愕するルミナとは対照的に、リヴァイは無邪気に笑い、王太子にはならないよとさらに言葉を続けた。
「どうして……!」
「ルミナといたいからだよ。お願いルミナ。僕から離れないで」
弱々しく、震えている声にルミナは言葉を無くす。
「ルミナが隣にいないと僕は何も出来ないんだ」
そう言い放ったリヴァイに、ルミナは戸惑いがちに何を言ってるの……?と聞くことしか出来なかった。
リヴァイは本当だよと言葉を続ける。
「ルミナがいないと僕は王太子にも王にもなれない」
「そんなことない!いつも努力してきたことを私は知ってるもの!」
11年間の努力をルミナは知っている。
どんなことにも手を抜かず、求められている以上のことをしようと行動するリヴァイをずっと隣で見てきた。
その努力は、確かに本物だ。
だがルミナは知らない。その努力がなんのためなのか。頑張るのは何故なのかを。
「確かに努力はしたけど、ルミナがいないと意味ないんだよ。僕が頑張っていたのはルミナのためだからね」
「私の、ため……?」
ルミナは何を言われているのか分からなかった。
王太子妃という立場を望んでいたことは今までに一度も無いから。
戸惑うルミナを見てリヴァイは小さく笑い、チューリップへと目を向ける。
「ルミナは覚えてる?初めてのお忍びの日、チューリップ見ながら話したこと」
「……ええ」
結局、叶うことはなかった誓いのことを言ってるのだとルミナは気づいた。
「僕はね、あの頃でも王子としての義務は理解していたしこの国が好きだという思いはもちろんあった。だけど現状維持でいいだろうと思って、努力はあまりしてなかったんだ」
努力をしなくとも周りの人達は認めていた。
だからそれでいいと思いながらリヴァイは過ごしていたのだ。その考えを変えたのはルミナだ。
「言ったよね。フルール王国が好きだって、フルール王国の人達に笑顔で過ごしてほしいって。それを聞いてからなんだ。この国を義務としてではなくて豊かにしたいって思えたのは」
あの日、ルミナが見せた強い瞳をリヴァイが忘れたことは無い。
「僕が王として頑張るならルミナも隣に立って頑張りたいと言ってくれたから」
夕焼けを背にしながら微笑んだルミナがとても綺麗で、真っ直ぐだったから。
「だから僕は決めたんだ。ルミナとこの国を守って、もっと笑顔で溢れる国にしようって」
リヴァイの告白を、ルミナは静かに聞いていたが、瞬きとともに潤んだエメラルドから雫が流れ落ちる。
「君が隣にいないとダメなんだよ」
この国を良くしたいと思う気持ちも、頑張ろうと思う気持ちも全てルミナがいたからこそ。欠けてしまえば途端に無くなってしまう。
「だから王位継承権を放棄してきたんだ」
王に呼ばれた、自身の誕生日会の翌日。
リヴァイはいつの間にか帰ってしまっていたルミナに会いに行きたいと思いながらも陛下に謁見した。
その場で言われたのはルミナとの婚約解消とミリアン・ユークとの新たな婚約だった。
「これは王命だ。既にユテータス家令嬢には伝え、了承を得ている」
リヴァイは陛下の言葉を聞いても動じることはなかった。いつか、こんな日が来るかもしれないと思っていたからだ。
ルミナとの約束を守ることが出来ないことを悔しく思いながらも、リヴァイは迷いがない瞳で陛下を見つめ口を開いた。
「かしこまりました。それでは陛下。私は王位継承権を放棄させていただき、一臣下として陛下と新たなる王太子クリス・フルールを支えていこうと思います」
真っ直ぐにつげられたリヴァイの言葉に、王が表情を崩すことは無かったが、肘置きに置かれていた手が握り込まれた。
「……何を言っているのかわかっているのか」
「ええ。もちろん。僕が王太子にならないのであればミリアン・ユーク嬢との婚約は不要ですよね?」
にっこりと王子としての微笑みを向けられた陛下は、頭が痛くなることを感じながらも頷くしか無かった。
「あぁ、そうだ。だがクリスが認めないぞ」
「大丈夫ですよ。クリスはしっかりと王となる覚悟を持ちながら過ごしてきましたから」
決闘を申し込み、リヴァイが勝った日からクリスは今までの行動を変えた。それまでは魔法にしか目を向けていなかったが、様々なことに目を向けるようになり、いつの日か王として立つことが来るようになったとしても、対応ができるようにしっかり歩んできたのだ。
「それでは僕は大切な婚約者に会いに行くという大事な用がありますので失礼いたします」
そう言い捨て、リヴァイは謁見の間を後にしたのだ。
「王位継承権を放棄した後にユテータス邸へ行ったらルミナがいなくて僕がどれだけ傷ついたかわかる?」
大人しく腕の中に収まっているルミナヘ恨めしげな目を向ければルミナはごめんなさい……と項垂れた。
そんなルミナの頭を撫で、リヴァイはルミナを振り向かせる。
じっとエメラルドの瞳を見つめれば、ルミナもまた顔を上げ、アクアマリンの瞳を見た。
「王や王太子という立場は無くなったけど僕のことが好きなら僕の隣にいて欲しいんだ」
リヴァイは一度もルミナが自分のことを嫌いになったことは無いことを知っていながらそう告げた。
「今後もずっと僕の隣にいてくれますか?」
ずっと隣にいることを望んでいた人。
王となるリヴァイの横にという誓いは叶えることが出来なかったが、隣にいたいという願いだけは叶える権利をルミナは得た。
ルミナは16年間生きてきた中でとびっきりの笑顔をリヴァイに向ける。
「はい……!」
嬉しさを隠さずにルミナが答えると、途端に足元へ魔法陣が現れ、7色に光り輝く。
「え……!」
このタイミングで魔力暴走を引き起こしてしまったのかとルミナは慌て、何が起こるのかと恐怖したが、次の瞬間に現れた光景にルミナは瞳を輝かせた。
7色の光は空へと虹を作り、虹が完成するとチューリップの花びらを振らせたのだ。
一度人を傷つけたルミナの魔力暴走は人に幸せを運ぶ魔力暴走へとなった。
見惚れているルミナを横目で見ながら、リヴァイもまた幻想的な光景に見惚れ、小さく呟く。
「祝福されているみたいだ」
リヴァイの言葉を聞いたルミナは、もしかすると小さなルミナからのお祝いなのかもしれないと微笑み、隣に並んだリヴァイを見る。
「ねぇ、リヴァイ」
「うん?」
「愛してるわ」
それは、誕生日の日にいえなかった言葉。
初めて告げられた言葉にリヴァイは顔を赤くさせ、卑怯だと呻く。
「卑怯?」
「卑怯だよ。僕に何も言わず離れたこと、しばらく許さないと思っていたのに許しそうになってしまう」
「……許してほしいわ」
「うーん……僕と一緒に帰ってくれたら許してあげようかな」
ルミナはリヴァイの言葉にぱちぱちと目を瞬かせたがすぐに頬を緩ませリヴァイの手に自身の手を重ねる。
二人は隣を歩ける幸せを噛みしめながら、フルール王国へと足を進めた。
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