20話 思い出したこと

「おはようございます、ルミナお姉様!本日はとても天気が良いですね」

「おはようございます、アリシア様。そうですね」


 アリシアとルミナは同じテーブルで朝食を食べながら話、花を咲かせる。


 ルミナがセレンティア王国に来てから早くも1週間がたった。


 この1週間、ルミナはアリシアと共にセレンティア王国を満喫した。


 初めの2日間は部屋に篭もり、自身の感情と向き合うことになったが、3日目からは王城でアリシアとお茶会をしたり、アリシアの案内で城下街や貴族街へと足を運んだのだ。


 セレンティア王国は隣国ではあるが流行っているものなどは異なり、ルミナが初めて見るものもあったため、行く先々で楽しんだ。

  

 一週間も経てば隣国とはいえフルール王国の第一王子の婚約者が変わったという情報を耳にすることもあるだろうとルミナは考えていたが、そのような話がルミナの耳に届くことは無かった。


「ルミナお姉様とこのように朝食をご一緒できるのも最後となるととても寂しいですわ……」

「わたくしもですわ」

 

 今日は王城からオランが用意した邸へと移る日だ。

 当初の予定ではあと数日かかる予定だったが、昨日のお昼に準備が整ったため今日から移ってもらうことになったと話したのはアリシアだが、アリシアの希望だけを言えば、ずっと王城にいて欲しいというのが本音だ。


「ルミナお姉様がオラン兄様と婚姻をしていただければ私のお義姉様になっていただけますのに」


 しょぼんと垂れ下がった眉にルミナは苦笑を返す。

義姉になって欲しいと思われるほど慕ってくれているのは嬉しいものだが、リヴァイと別れてまだ1週間。次の人を考えるにはまだ気持ちが追いつかないのだ。



 朝食を食べ終えた二人はそのまま馬車乗り場へと向かい、馬車の前にたどり着くと柔らかく微笑み合う。


「ルミナお姉様、絶対遊びに来てくださいね!」 

「必ず遊びに来ますのでご安心ください」


 ルミナが言い聞かせるように答え、シルバーアッシュの髪を撫でるとアリシアは頬を緩ませる。

 

「邸に向かう途中で素敵な場所があるので御者にお伝えしておきましたわ、立ち寄ってくださいませ!」

「ありがとうございます、楽しみにしていますわ」

 

 アリシアとルミナは笑顔で別れ、動き出した馬車のカーテンを開け、景色を楽しんでいると30分ほどで止まった。


「アリシア王女殿下から立ち寄るようにと言われていた場所へ着きました」

「ありがとう」


 御者の手を借りて、降り立ったルミナの瞳に映ったのは噴水を囲むように咲き並ぶチューリップだった。


「素敵……」

  

 ルミナがチューリップで思い出すのは初めてお忍びに行ったあの日のこと。

 あの日、誓いのように言った隣にいたいという言葉は叶うことが無かった。


「思えば、あの日に初めて星空魔法を見たわね」


 魔法具店ポルトに入ったときの感動をルミナは今でも覚えてる。


 足を踏み入れた先が別世界のようにきらきら光っているその光景がとても綺麗で、ずっと見ていられると思ったのだ。


「……あの頃は魔法が怖いことなんてなかった」


 魔法がただただ、好きだった。

 魔法を見るたびにワクワクして、早く自分もこんな魔法を使いたい!と願ったあの頃。


 その魔法が恐れるものとなったのは魔力暴走を引き起こした日だ。


 魔法で人を傷つけたことが怖くて、倒れゆく姿が頭から離れなくて魔法を使うことを怖くなった。


「怖くても使えなかったらダメだと思って頑張ってたけど……」

 

 使いたいと願っていたのはリヴァイの隣にいたかったから。


 何度も何度も願って、それでも使えなくて。


 いつしか魔法を綺麗や素敵と思うことはあったが好きという気持ちは完全に忘れ去り、リヴァイの隣にいるために必要なことだと必死になっていた。


「義務のようになってたわね……リヴァイの隣にいるために、必要な手段としか思ってなかった」


 目を閉じて幼い頃の記憶を引っ張り出す。


 リヴァイに見せてもらった魔法、クリスに見せてもらった魔法。どの魔法も輝いていて、大好きで、ただただ魔法を楽しみたいと、人を笑顔にさせたいのだと言っていた楽しげな自分。


 いつからか、楽しみたい、好きだという感情は恐怖とやらなければ、という感情に押しつぶされた。

 

 ルミナは幼い頃、繰り返すように言っていた言葉をもう何年も言ってないことに気づいた。


 とくとくと鳴る胸の鼓動を感じながら胸の前で手を組み、ルミナは祈るように小さく呟く。


「魔法が好き。大好き」


 その言葉を紡いだ瞬間、手のひらの中に魔法の粒子が発生した。


 ルミナは目を見開かせ、粒子をじっと見つめてみたが消えるようなことも無く、恐る恐る組んでいた手を離した。


 すると夢の中と同じ小さなルミナがルミナの前に姿を現し、満面の笑みで微笑む。


「せいかい!」


 喜色を表す声音で告げられた言葉にルミナは息を呑んだ。

 あの扉を開けるために必要だった鍵は魔法が好きという言葉だったのだ。


 あまりにも簡単なことにルミナは思わずふふっと小さく笑う。


「こんな簡単な事だったなんて」


 そうは言ったもののリヴァイの隣にいたいと必死になっているときでは気づくことが出来なかっただろうなともルミナは思った。


 離れたからこそ、思い出せた感情だ。


「もう、わすれないでね」


 小さなルミナはそれだけ言い残すと光へと代わり、空に降り注いだ。

  

 きらきらとチューリップを輝かせる光景を見ながらルミナは手のひらの中にいくつかの魔法陣を作り出す。


 なぜか今は、魔力暴走を引き起こすことがないと信じられた。


 6年前ルミナが使うことができたのは1つだけ。


 だが今は多くの魔法が使えるのだ。

 魔力が使えなくなった6年間、ルミナは諦めることなく理論と魔法陣を覚え続けたから。


 ルミナが生み出した魔法陣からは、光を纏った水のユニコーンが現れ、チューリップの上を駆けていく。


 通った道を光輝かせていく光景は一度リヴァイが見せたあの日と同じ。


 ルミナはその後も連続で魔法陣をつくり、次々と魔法を展開させた。


 氷の華をいくつか作り、風の魔法で浮かび上がらせ、火の魔法で消してみたり、水で形どった生物でショーをしてみたり、幻影魔法て龍を空に生み出してみたり。


 学園やカロンから学んだことがある魔法をいくつか試したあと、ルミナはリヴァイとの記憶を辿るようにリヴァイに見せてもらった魔法をなぞった。


 星空魔法に光魔法。

 最後に誕生日の日に見せてもらった魔法を、と思ったところではたと気づく。


 「私あの魔法の理論と魔法陣をしらないわ」


 いくつかの魔法を組みあわせた魔法であればルミナは解析ができるため問題ないのだが一から作り出してしまった魔法はリヴァイに教えてもらわなければ使用できない。


 仕方がないとは思いつつもこんなことになるのであれば教えてもらえばよかったと後悔が募る。


「オラン殿下経由で教えて貰えたりしないかしら……でもその為には魔法が使えるようになったことを言わないといけないわよね……」


 ルミナは魔法が使えるようになったことを誰かに報告するつもりはなかった。魔法を使えないことを理由に婚約を解消することになったのだ。


 新しい婚約者が決まってからまた1週間。


 いまさら使用できるようになったと告げてしまえば対応に困難する事は明らかだからだ。


「数年後なら許されるかしら……」


 記憶を映し出せる魔法は、今後リヴァイと共に同じ時間を過ごせないルミナにとって、とても魅力的な魔法だ。


 すぐにでは無理でも必ず教えて貰いたいと考えたルミナは数年後、魔法を使えることを報告し、ダメ元で教えて欲しいと頼んでみることに決めた。


 ルミナは魔法の粒子がきらきらこぼれ落ちる空を見ながらもう届かない思いを一人呟く。


「大好きよ、リヴァイ」


「なら、帰ってきてもらわないと困るかな」


 ここに居るはずのない人の声が後ろから聞こえ、ルミナはぴしりと固まった。


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