19話 歪んだ未来

 セレンティア王国、王女であるアリシア・セレンティアは王城のサロンで発動しなければいいと願っていた魔法が発動してしまったことに、悲しみながらも光の中から現れたルミナへと近寄った。


 アリシアが知っているルミナは品行方正、いつでも穏やかに笑っている6歳年上の素敵なお姉様である。


 そんなルミナは静かに涙を流していた。


「ルミナお姉様……」


 どんな言葉をかければいいのかわからず、アリシアはそっとルミナを抱きしめる。


 「アリ、シア……ありがとう……」


暖かく、優しい体温に縋り付くようにルミナはアリシアを抱きしめ返した。


 ルミナが使用した指輪は本来セレンティア王族が10歳になる時に贈られる指輪である。


 お忍びで行動することが増える年齢の時に、例え誘拐などをされても戻ってこれるように、指輪には自身の瞳を使用した宝石を使用し、転移魔法が組み込まれるのだ。


 使用ができるのは所有者である王族と所有者の王族が認めたもの。


ルミナはその指輪をオランから譲り受けていた。


 譲り受けたのはあの日。ユテータス家にオランを招待した日だ。


 サロンでルミナと向かい合ったオランは、話だそうと口を開いたが、マリアがいる場で話していいのか迷い、視線を迷わせた。


「マリアは知ってるから大丈夫よ」

「ああ、そうなんだ……。リヴァイの婚約者辞めるつもりなのか?」

「ええ、そのつもりよ。次の婚約者の選定もある程度終えてるの」


 平然と答えたルミナにオランは絶句し、戸惑いながらも口を開く。


「ルミナ嬢はリヴァイのこと好きだろ?」

「ええ。でも魔法が使えないのではどうにもならないわ」

「……リヴァイが王太子やめれば」


 オランの言葉にルミナはゆるゆると首を振る。


「そんなこと私は望んでいないわ。リヴァイは王になるためにここまで頑張ってきたもの」


 意思の強い瞳にオランはもうルミナが決めてしまっていることに気づいた。


「私が魔法を使えなくなったのは最近ではないの。貴方と会ったその後すぐの事なのよ。だから、もういいの」


 そういうとルミナは寂しさを誤魔化すようにカモミールティーへと手を伸ばし、オランは一つ息をはきながら鋭い視線を向けた。


「いつ辞めるんだ?リヴァイは知らないんだろ?」

「16歳の誕生日よ。もちろん知らないわ」

 

 話すか話さないか。ルミナは何度も悩み、マリアに相談をした。そのためマリアはルミナの意志を知っているのだ。


 マリアが言わない方がいいだろうと判断したのは、リヴァイがルミナのことを深く愛していることを痛いほどに知っているからだ。

 愛している人物が自ら婚約者の座を降りようとしている。

 それはいくら必要なことだと言われても受け止めることが出来ないだろうと判断した。


「ルミナ嬢はリヴァイの婚約者を辞めたらどうするんだ……?」

「まだ決めておりませんが学園には通いませんわ」


 幼い頃から妃教育を受けていたルミナは、学園で学ぶことは全て学び終えている。学園に通っていたのは妃候補選定のためにちょうど良かったという点が大きく、通わなくとも問題は無いのだ。


 ルミナは婚約者を辞める覚悟はしているが、すぐに別の女性がリヴァイの隣に立つ姿を実際にみて傷つかない自信はなかった。


 そのためリヴァイの誕生日終了後は、学園に通わないと決めていたのだ。

 

「この邸にいればリヴァイ殿下がすぐに訪れるでしょうから領地に行くのはどうかと私からは提案しております」

「そうか……」


 ユテータス家の領地はいちばん遠くて2日かかる場所にあることをオランも知っている。片道2日、往復となれば4日。本来王族がおいそれと行けない日数となるがオランはリヴァイの規格外なところもよく知っていた。少し悩んで、最善を見つけ出したオランはルミナへと再度目を向けた。


「ルミナ嬢が良ければなんだが、セレンティア王国でしばらく過ごすのはどうだ?」

「え?」

「アリシアも会いたがっていたし、領地だとリヴァイがすぐに来ない保証はないだろう?リヴァイが動かなくてもライルやシリウスが動くように手配するかもしれない。セレンティアならすぐに動くのはどうやったって無理だ」


 オランの言い分は最もだった。

 フルール王国からセレンティア王国へとなると5日ほどかかり、他国へとなると王族や王族の側近が気軽に国境を超えることは出来ないのだ。

 

「それはそうですが……他国へとなるとわたくしも簡単に動けませんわ」

「ルミナ嬢は第一王子の婚約者を辞めることになるんだ。外交問題にはならないし身体一つで向かってくれていいぞ。誘ったのは僕だからね」


オランが本気で言ってることに気づいたルミナはマリアへと目を向けたが、マリアはいいお話かと思います。と肯定的だった。

  

「アリシアには話を通しておくし、数日間は王城で過ごしてもらうがすぐに住む場所を用意する。どうだ?」

「本当に、よろしいのですか……?」

「もちろん。決まりだな。じゃあリヴァイの誕生日の日、全てが終わったらこれを使ってくれ」


ころんとテーブルの上に差し出されのはガーネットの指輪。


「これは……?」

「宝石の中に転移魔法が組み込まれているんだ。セレンティアの王族は全員持ってる。魔力が枯渇しても逃げれるようにと持たされる指輪だから、指輪に口付ければ一瞬でセレンティア王国の王城サロンへいける」

「受け取れませんわ!?」

「リヴァイと会って逃げられなくなるよりいいだろ?リヴァイは多分婚約者が変わったと聞くなりすぐルミナ嬢に会いに行くぞ」


 そう言われてしまえばルミナは否定出来ず、指輪を受け取ることになったのだ。


フルール王国を離れたルミナは、泣き終えるとアリシアに向けて微笑んだがその表情は痛々しく、すぐに用意していた部屋へと案内された。


 一人となったルミナは何かの糸が途切れたように扉の近くで泣き崩れ、しゃがみこむ。


 自身が覚悟し、選んだこと。

 だと言うのに心は痛いと、苦しいと泣き叫ぶ。


 これで良かった。良くない。

 一緒にはいられない。一緒にいたかった。

 相反する感情をいくつも浮かべながらルミナはのろのろと立ち上がり、涙をそのままにベッドへと横になると夢へと誘われた。




 何度も訪れた真っ白な空間。

ルミナは案内するように彷徨う光を見ながら、もう魔法は必要ないのにと自嘲気味に笑う。


 動かずにいると小さな光はぐるぐるとルミナの周りを漂うためルミナは動くしか無かった。


 歩いた先にあるのはやはり扉だ。


 いつの日からか、小さなルミナは扉の前で待ち構えるように立つようになっていた。


「……もう鍵は見つからなかったのよ。必要ないの」


吐き捨てるように言い捨てたルミナに小さなルミナはふるふると首を振る。


「あるよ、かぎ。ちゃんとあるの。わたし、しってるもん」

「もう6年間も見つからないわ!ずっと、ずっと頑張ってたのに……!」


 ルミナは今まで押さえ込んでいたものが溢れたように扉の前で泣き叫んだ。

 ちいさなルミナそんなルミナをじっと見つめる。


「何度も使いたいと願ったわ……!そのために努力もした!それでも!使えない……」

  

 もうずっと開かない扉など壊してしまいたいとルミナが考えた時、ちいさなルミナがだめ、と呟く。


「だめなの。こわしたら」

「何がダメだと言うの……?」

「たいせつなひとが、ないちゃう」


 大切な人、と聞いてルミナがすぐに思い出したのはリヴァイだ。


 小さなルミナは正解と言いたげに微笑み、再度口を開く。


「おもいだして」

「何を……?」

「いえないの、ひみつだから」


ルミナは何も分からないまま澄んだエメラルドを見つめたが答えはかえってこず、だいじょうぶという言葉を残してまたもや小さなルミナは消えた。   


 

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