18話 愛してる

「とてもお綺麗ですよ。本日、一番お綺麗なのはお嬢様です」


 マリアの言葉にルミナは小さく笑いながら姿見の前でくるりと回る。

 

 アクアマリンをメインとしたプリンセスラインのドレは優雅にスカートが舞い、施されている金糸の刺繍は光が当たるたびにきらきらと輝く。


 デビュタントの時よりも成長したルミナは可愛いという言葉よりも綺麗という言葉が似合う人物となった。


 今日のドレスも宝飾品も、リヴァイから贈られたものだ。

 

「リヴァイの、第一王子の成人する誕生日ですもの。隣に並ぶには一番綺麗といわれるくらいがちょうどいいわね」


 今日はリヴァイの16歳の誕生日だ。

 夜会に初めて参加する日であり、ルミナが婚約者として隣に立てる最後の日。


 ルミナは着々と準備が進む中で、ずっとこの日が来なければいいと思っていたが、時間を止めることは出来ない。


「楽しまないといけないわね」


 最後という言葉がどうしてもずしりとのしかかるが大好きな人の誕生日なのだ。辛気臭い顔も、涙も似合わない。


 今日が隣にいれる最後の日だと知っているのはルミナと王と王妃のみだ。


 


リヴァイがユテータス邸を訪れるとルミナは息を呑んだ。


 何度かかっこいいと思うことはあったのだが今日に関しては別格だと思ったからだ。


 二人がお互いに時間を忘れ見惚れているとマリアがこほんと咳払いをし、慌てて我を取り戻す。


「ルミナとても綺麗だ」

「リヴァイも格好良いわ」

「お二人ともとても素敵ですよ。本日は楽しんでくださいませ」

 

 そう告げながら優しく微笑んだマリアに見送られ、2人は馬車に乗りこむ。


「リヴァイ、誕生日おめでとう!」

 

 満面の笑みで祝うルミナにリヴァイは頬を緩め、ありがとうと返す。


 その微笑みにルミナは嬉しくなっていたが2人で馬車に乗るのも最後ということに気づき、瞳を伏せた。


「ルミナ?」

「……リヴァイが格好良過ぎて緊張してしまっているの」


 ルミナは言い訳が苦しいかと思ったがリヴァイが僕もだよと答えたため、その後はお互いに笑い合い、ルミナの寂しい気持ちはどこかへと飛んでいった。 


 会場につき、二人が入場すると多くのものが拍手と共に出迎える。


 今までで一番多い人数にルミナは一瞬ひるんだがリヴァイが隣にいることで臆することなく進み出た。


 その後は流れるように時間が過ぎ、ホールに演奏が響き出す。今日一番初めに踊るのはリヴァイとルミナだ。


 二人はお互いにデビュタントの日を思い出しながら優雅に踊り出す。


「ねぇ、リヴァイ。わがままを言ってもいいかしら?」

「珍しいね、なに?」


 ひそひそとダンスの最中に話しながらもステップを間違えるようなことは無い。

 

「ダンス、二曲目も踊らない?」


 二曲続けて踊ることが出来るのは婚約者のみ。

 今だけのルミナの特権だ。


「いいね、踊ろう」


 可愛いわがままにリヴァイは蕩けるような笑顔を見せ、二人は二曲続けて踊った。

 

 ダンスを踊り終え、中央から外れると二人に待っているのは挨拶回りだ。セレンティア王国の王族という理由でオランから始まり、中枢を担う人物、挨拶をしたいと近づいてきた人物。

 リヴァイとルミナは丁寧に挨拶をし、自身の友達の所にたどり着いた頃にはすでに夜会開始から数時間がたっていた。


「ライルとカミラは今日二人できたの?」

「えぇ、パートナーがお互いにいないので」


 そう言いながらもカミラの頬は薄く染っており、ルミナはカミラがリヴァイの婚約者として選ばれることがないことを願った。


 続いてリヴァイの元へやってきたのはシリウスとカロンだ。


「リヴァイ殿下、成人おめでとうございます」

「ありがとう。これからも頼むよ」

「リヴァイ、誕生日おめでとう。これからもよろしくね」


 多くの者からおめでとうとは言われるもののやはり身近な者たちからの祝いは別だ。

 リヴァイが本当の笑顔を見せていることを嬉しく思いながらもルミナは時計をちらりと確認し、口を開いた。

 

「リヴァイ、少し疲れてしまったわ。デビュタントの時に行った庭園へ行かない?」

「そうだね、挨拶が必要な人は挨拶したし行こうか」


 リヴァイはルミナをエスコートしながらバルコニーへと出ると空を見上げ、星が綺麗だと呟いた。

 その声につられ、ルミナも夜空を見上げる。

 満点の星空はルミナが大好きなものだ。


 二人はゆっくりと星空を眺めながら歩き、思い出がある庭園へと歩いた。

 

 大好きな花と星、そして最愛のリヴァイ。 

 ルミナは最後の時間をこの場所で過ごせることに感謝した。


 婚約者として隣にいることを許されているのは後1時間。

 

 庭園に着いたルミナは花へと駆け寄り、香りを楽しむ。その間にリヴァイは以前と同じように庭園を魔法で照らした。


 花を満喫したルミナはくるりと回ってリヴァイと向き合い、幼かった頃と同じようにおねだりを口にする。

 

「ねぇ、リヴァイ。魔法を見せてくれる?」

「うん、取っておきのものがあるんだ」

 

 リヴァイは見ててね、と言うと足元に二重の魔法陣と手のひらの中で三つの魔法陣を重ねて出現させた。


 足元の魔法陣からは両手程の水球が四つ出現し、ルミナとリヴァイを囲む。

ルミナは今まで多くの魔法を見てきたが初めて見る光景に目を丸くさせた。


「これからだよ」


 水球の中には小さな光が集まり、水球を埋めつくすと輝きを放つ。するとリヴァイとルミナを映し出した。


「これ、デビュタントの時の……」

「こっちは初めてのデートの時の思い出。僕たちの思い出を映し出す魔法なんだ。水球によって映し出される記憶が変わるんだよ」

「わぁ……!すごいわ、リヴァイ!とっても素敵!」 

 

 ルミナは四つの水球を楽しげに見回す。

 共に過ごした11年間、色んな思い出がある。

 リヴァイの魔法はルミナが覚えてることも覚えてないことも映し出した。


 初めての顔合わせの日、一緒に喜びあう姿、フルール祭を見てる姿。

 今見れば気恥ずかしくなってしまうほど泣き、リヴァイが慰めている姿なんてものまで。

 

 二人で過ごした時間は悩んだことも苦しんだことももちろんあったが、楽しかった時間の方が多いとルミナとリヴァイは迷わず答えることが出来る。


「私リヴァイと出会えて、婚約者になれた事を幸運だと思っているわ」

「僕も思ってるよ。ルミナに出逢えたことが僕の幸運だ」

「それはとても嬉しいわ」


 たとえこの先隣にいられなくても、今の言葉だけで満足だとルミナは柔らかく微笑む。


 その笑顔はとても綺麗で、儚くて。

 今にも消えてしまいそうな危うさを感じたリヴァイはルミナに近づき、抱きしめた。

 

「……どうしたの?」

「消えてしまいそうだったから……」

「なぁに?それ」


 可笑しそうに笑うルミナにリヴァイもまた頬を緩め、抱きしめる力を強くした。

 

「リヴァイ……?」

「ルミナのことが、大好きだよ」


 リヴァイの言葉が告白してくれた時と重なり、ルミナはリヴァイの体温を感じながらも本当に幸せだなと目を伏せる。


「私も、リヴァイのことが大好きよ」


 この先ずっと、たとえそばにいなくても。

 という言葉を内心で付け足しながら、目をゆっくりと開けるとアクアマリンの瞳と視線が重なり、二人は惹かれるように唇を合わせた。


 甘くて優しい、そっと触れるだけのキス。


 初めてした時と同じようなキスに二人はどちらからともなく微笑み合う。 


 ただただ幸福な時間にルミナは永遠を望んだが無情にも終わりの時間が来てしまった。

  

「兄上」


 二人だけの庭園に気まづげに姿を表したのはクリスだった。


「ここまで探しに来るなんてどうした?」

「宰相が兄上のみと話したいとお待ちです」

「宰相が?」


 宰相とはルミナの父、ゴートンだ。

 何かあったのかと思いながらもリヴァイはルミナへと目を向け、一緒に戻る?と声をかけた。


「私はもう少しここにいるわ、行ってらっしゃい」


 淡く微笑んで小さく手を降ればリヴァイは行ってきますと寂しげに笑いホールへと歩き出す。


 ルミナがその背中を見ているとふとクリスと目が合った。


 クリスは今にも泣き出しそうな顔でルミナを見ていたが、ルミナは何事もないように精一杯笑い、やがてクリスもリヴァイを追って去っていく。


 ルミナは二人の背中が完全に見えなくなると隠し持っていたガーネットの指輪を取り出し、指にはめる。


 この指輪に使われているガーネットの中には魔法陣が組み込まれているため魔力がなくとも使える。

 ルミナはもう一度ホールを見やり、指輪にキスをした。

すると途端に足元へ眩いほどの魔方陣が出現する。

 

 「愛してるわ、リヴァイ」


 その言葉を最後にルミナは姿を消した。

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