15話 ダンスレッスン

「……これはなに?」


 普段は書類が積み上がっている執務室の机に、今日は別のものが積み上がっていたため、リヴァイは眉を上げながらシリウスに問いかけた。

 

「釣書です」

「僕にはルミナがいるんだけど!!」


 案の定ルミナが魔法を使えないという情報はすぐに噂となり、学園や夜会で広がった。

 それからというもの王城にはリヴァイへの釣書が届くのだ。


 「ライル、今すぐ返してきて!」


 不愉快だと言いたげにリヴァイは声を抑えることなく、学園で目をつけ側近にしたライル・ジャクソンに指示を出す。


「返してきてと言われましてもそれ持ってきたの陛下ですよ……」

「くそ!父上め!僕が16歳になったら覚えてろ!」

「荒れないでよ……」


 無茶ぶりな指示にたじたじになるライルと慣れているシリウス。

 リヴァイが現在荒れている理由は簡単だった。


「もう最悪だ!学園が始まれば長時間一緒にいられると思っていたのにルミナは距離を置いて過ごそうって言うし!今日だってお茶会しようと思っていたのに母上にルミナを取られた!」


 つまりルミナとの時間が足りていないのである。

 婚約者ではなく恋人という関係になってから、二人は事あるごとに二人っきりになり、キスをしたり抱きしめあったりということを繰り返していた。


 だが学園に入学し、早くも6ヶ月がたった今。

 二人っきりという時間はなかなか訪れていない。

 学園で毎日会えるのだから、と交流会という名の毎週のお茶会はなくなり、公務の量を増やされたリヴァイは著しくルミナとの時間を減らされたのだ。

 

 この6ヶ月間でリヴァイがルミナと甘い時間を過ごせたのは一度だけ。既に魔力のコントロールは完璧にものとしているため魔力暴走を引き起こす事はないが我慢の限界なのである。


「学園での殿下からは想像できない姿ですよね……」


 リヴァイが学園で声を荒げていることはない。

 むしろいつも柔らかな笑みで皆と接している。

 

 そのためこの人も普通の人だったのだ、と思いながらライルがしみじみと呟くと、シリウスはこっちが素だから……とどこか呆れながらも答えた。


「多分そろそろ欲望剥き出しになると思うけど仕事はするからライルも慣れてね」


 にっこりと笑ったシリウスに、この人も苦労しているんだなと苦笑しつつライルは頷いた。


そんな混沌とした執務室にコンコンとノックが響く。


どうぞ、という声を聞き届け扉を開いたのはリヴァイの愛しい人。途端にリヴァイの周りがぱぁっと華やぐ。


「ルミナ!母上のお茶会だったんじゃないの?」

「そうだったのだけどお茶会の流れでダンスをしないかっていうお話になって……」

「ダンス?いいよ、やろう」


 なぜそんな流れになったのかという疑問はあるが、ルミナと過ごせる貴重な時間。

 仕事のキリが良かったリヴァイは二つ返事で了承した。


「よかった!ではシリウス様もライル様もぜひ!」

「え、僕たちもですか?」

「はい!せっかくなので!」

 

 花が咲くような笑顔で誘われてしまえば二人は断ることも出来なく、四人はダンスホールに向かい、その先にはカミラが困りげに笑いながら立っていた。


 ルミナとダンス!と浮き足立っていたリヴァイは急激に冷静になり真顔になる。


「……ねぇ、ルミナ。もしかしてカミラ嬢と僕が踊るの?」

「そうよ?私が知っている人の中でリヴァイが一番上手だもの。リヴァイで慣れたらシリウス様と。ライル様は私と踊りましょう!」

「なんで!?」

「ライル様も以前ダンスが苦手って言ってたからよ?」


当然でしょう?と言いたげに答えたルミナにリヴァイは何も言えず、誰にもバレないよう小さく息を吐き、カミラへと手を差し出す。


踊り出した二人はぎこちなく、動きもがたがただ。


リヴァイのリードに問題は無いのだが、カミラはツギハギでのダンスしか踊ったことがなかったため、何度もリヴァイの足を踏みそうになり、踏まないようにすることで必死となった。


「思った以上に先は長そうだけど、カミラは覚えが早いから案外最後には形になっているかしら」


 ルミナはこの6ヶ月間、カミラにマナーなどを徹底指導していた。カミラに頼まれたからというのももちろんあるが、妃候補として申し分ないと判断したからだ。

 

「そうかもしれませんね。それにしてもルミナ嬢はカミラ嬢がお好きですね」


 主人を少し可哀想に思いながらシリウスが問いかければ、ルミナは満面の笑みで妹みたいで可愛いのよと答え、その返答にシリウスは納得してしまった。

 カミラは誰が見てもわかるほどルミナの事を慕っているからだ。


「では、ライル様。私たちも踊りましょう?」


 女性から手を差し出されれば断るのはマナー違反だ。ライルはリヴァイを怖く思いながらも手を取り、曲に乗って踊り出す。


「ライル様ダンスは苦手と仰っていましたがお上手なのね」

「そうですか……?」


 くるくると踊りながらもルミナとライルは会話をする余裕がある。

 

「とても踊りやすいですわ」 

「天使のダンスをする貴方にそう言って貰えるとは光栄です」


 ライルの言葉にルミナは頬をほんのりと染め、ライル様もご存知でしたのね……と小さく呟く。


「父から聞きました。記憶に残るデビュタントだったと」

「ふふっ光栄ね」


 幸せげに微笑むルミナにライルも頬を緩め、二人のダンスは一曲で穏やかに終わった。


 だがカミラとリヴァイはそうもいかず、二人が踊るのを三人で見守ることになった。


「ところでライル様とカミラの勝負はまだ続いているのかしら?」

「僕は勝負をしているつもりは無いんですけどね」


 ルミナの発言にライルはくすりと笑って答えた。

入試試験でカミラは四位、ライルは五位と隣り合わせだった。


 その後のテストでも隣り合わせの順位となることが多く、二人は抜いては追いつかれ、追い越されを繰り返していたのだがその状況に先に闘志を燃やしたのはカミラだ。

 ことある事にカミラはライルへとテスト勝負を持ちかけ始めた。


「でもカミラ嬢がいることで勉強を頑張ろうと言う気持ちにはなっていますね」

「そうなのね。シリウスも見習うべきだわ」

「僕はいいですよ、ほどほどで」

「一度リヴァイに命令してもらうべきかしら?」


 いたずらっ子の微笑みをみせたルミナにシリウスは勘弁してくださいと苦笑する。


 シリウスが全力でテストに参加すればオランよりも成績がいいことをリヴァイとルミナは知っているのだ。


 そんなやり取りをしているとカミラがもう限界です……!と声を上げ、ルミナの所へと逃げてきた。



「ダンスって凄く体力使うんですね!もう無理です!」

「とてもそうは見えないわよね。でもさすがカミラだわ、最後には一度もミスをしなかったもの」

「頑張ればご褒美を貰えると聞いたので頑張りました!」


 カミラの言葉にルミナは小首を傾げる。

 果たしてご褒美とはなんだろうか。

 深く考える前にルミナの前へとリヴァイの手が差し出された。


「え?」

「ご褒美には天使と王子のダンスをご所望だそうだよ?ルミナ」

「ええ……?あの時とは状況が違いすぎるわ」


 だからやめましょうと告げようとしたルミナをリヴァイは力強く引っ張り、勢いで倒れそうになったルミナを抱きしめる。


「リヴァイ!?」

「舞台は用意してしまえばいいんだよ」


 そういうとリヴァイは魔法陣をルミナの足元に一つと自身の足元に二重の魔法陣を一つ展開させた。


 途端にホールの床は星空へと変わり、ルミナのドレスも純白へと変わる。


「さすがにあの時のドレスは再現できないけどね」


 ぱちりとウインクを飛ばされたルミナは何も言えず、仕方がないと再度差し出された手を取り、ホールの中央へと向かう。


  二人が歩いた道を光が追いかけ、向かい合うとホールに小さな光が降り注ぐ。

 

 そんな中で二人はゆったりと踊り出した。

 何度も踊っているためやはり息はぴったりだ。

 

「以前と魔法が少し違うわよね?」

「正解、改良したんだ。どう?」

「とても好きよ」


満足のいく言葉を貰えたリヴァイは蕩けるように微笑み、久しぶりにその顔を見たルミナは頬を赤らませる。


「ルミナかわいい。キスしたい」


 リヴァイの突然な発言に動揺したルミナはステップを間違えそうになり、リヴァイを睨む。


「何を言い出すの」

「だって最近してない」


 熱い視線を向けられたルミナは離れることも出来ず視線だけ逸らす。


「するの嫌?」

「嫌じゃないわ……」

「じゃあ後でさせてね」


 そんなやり取りが行われているとは知らずに、カミラとライルは幻想的な空間で行われる天使と王子のダンスに魅せられたのである。

 

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