14話 クラスメイト

 リヴァイ達が教室にたどり着くと、ご令嬢に囲まれていたシリウスが助かったと言いたげに三人に走りよる。


 黒髪に藍色の瞳、中性的な顔立ちで品行方正。

 シリウスもまたご令嬢の間で人気が高い一人なのだ。


「遅かったね、もうほとんどの人が着いてるよ」

「僕たちが早く来ていたら話しにくいだろ」

「それはそうかも」


 三人の話を流し聞きながらルミナは教室を見回す。

 幼い頃からお茶会などで交流を広げていたルミナは、同じクラスとなるものの中で、一度も話したことがない人物は一人だけだ。


 まだ会ったことがない人物を、一番後ろの席で見つけたルミナは目を見開く。

 その人物は先程のリボンの女性だったのだ。

 黄色のリボンを髪に結つけ直していた女性は、居心地が悪そうに席につき、周りの者たちは今まで交流がない人物にどのようにすればいいのか分からず、遠巻きにしている状態である。


 ルミナは一人、女性の席へと向かい鈴のような声で話しかけた。

 

「初めまして。カミラ・ウォーカー様でお間違えないでしょうか?」


 話しかけられた女性、カミラは目をまん丸にして見開いた。話しかけられるとは思っていなかったのだ。


「どうして名前……」

「このクラスでお会いしたことがないのはカミラ・ウォーカー様だけですの」


 カミラは元々男爵家の娘だ。

 両親が死去し、誰も引き取る者がいないとなった時、学友だったウォーカー伯爵家夫人が名乗り出たのだ。

 

 カミラが養子として引き取られたのは最近だったこともあり、ルミナが参加するようなお茶会では会うことがなかった。


「そ、そうなんですね。そして失礼いたしました。カミラ・ウォーカーでお間違えございません。あの、わたくしまだマナーが身についていなくて……」

「お気になさらないで?わたくしユテータス公爵家が娘。ルミナ・ユテータスと申します」 


 おどおどと答えていたカミラはルミナが名乗ると顔を真っ青にさせた。


「もしかして、第一王子殿下のご婚約者様……?」

「え?ええ。そうですわ」

「そうとは知らず……!本ばかり読んでいたので絵姿を拝見することも無くて……!」

「もしかして、わたくし怖がらせてしまっているかしら……」


  そう言いながらルミナが寂しげに目を伏せると、カミラはぶんぶんと首を振りそんな事ないです!と声を大きくした。

 

「可愛くて綺麗で緊張してしまっているだけです!まさかお話できると思ってなかったんです!」

「あら、そうなの?わたくしも緊張しているの。もし良かったら隣に座ってもよろしいかしら?」

「ど、どうぞ!」 


 カミラはさっと隣の椅子をひき、ルミナが座るとたどたどしくなりながらも会話を続けた。


 その様子を見ていたクラスメイトは、ルミナに挨拶という理由をつけてカミラと少しづつ話し始め、遠巻きにするものは誰一人としていなくなり、クラス全体の空気が穏やかなものへと変わった。


「さすがルミナ嬢。あっという間にクラスの中心となりましたね」


 感心したような声を出したシリウスにリヴァイが自分の事のように頷く。

 

「ルミナ嬢のああいうところが人を引き寄せるんだよな」

「……オランは近づくなよ?」

「僕にだけ厳しくない?」

「自身の胸に聞いてみろ」


リヴァイはオランの初恋がルミナだということを知っているため、まだ婚約者がいないオランは要注意人物となっているのだ。

 

「ところでシリウス、ウォーカー伯爵令嬢とどこかであった覚えない?」

「ないよ?」

「そうか……」


 ルミナとシリウスが会ったことがないということであれば、公務でもお忍びでも会ったことがない、ということになるためリヴァイは首をひねらせた。


 リヴァイが一人だけでご令嬢と会うような場はほとんどないのだ。


「彼女が引き取られる前ってどこの男爵家だっけ?」

「ノースリア男爵家だけど?」

「ノースリア……」


 ノースリア男爵家は薬草を中心に政経を立てている。そのことに気づいたリヴァイは芋ずる式にカミラと初めて会った時のことを思い出した。


 リヴァイとカミラが出会ったのは5年前。

 ルミナが魔力暴走を引き起こしたあの日だ。


 あの日、意識を一番初めに取り戻したのはリヴァイだった。


起き上がって周りを見回すと、魔物も騎士も倒れているという状況に驚きはしたが、リヴァイが血の気を引かせたのはルミナが倒れている事だった。


 慌ててルミナに駆け寄り、命があることにほっとしたものの、守ることが出来なかった事実に唇を噛み締め、ルミナを抱き寄せる。

 すると小さな悲鳴がリヴァイの耳へと届いた。


 こんなところに人が来るのかと思いながらも、声がした方を向けば同じ年齢くらいの女の子がいた。


 その女の子がカミラだ。


「君、その馬車の扉開けてくれる?」

「え?あ、は、はい!」


 何事かときょろきょろしていたカミラに、リヴァイは冷静に声をかけ、カミラは何がなんだかわからないまま従った。


 扉が開かれた馬車に、風魔法を使用してルミナを運んだリヴァイは、未だ倒れている騎士たちに目を向ける。


「あ、あの。この人たち大丈夫なんですか……?」

「生きてるよ、目覚めないだけで」

「目覚めない……?」


早くルミナを医者へ見せなければと思いながらも騎士たちを置いていくということは出来ず、リヴァイが頭を悩ませていると、カミラが小さな声であのー……とリヴァイに声をかけ小瓶を差し出す。


「これは?」

「気づけ薬なんですけど……目が覚めればいいなら使えると思います」

「使っていいの?」

「どうぞ……!また作ればいいので!」


 そう言われてしまえばリヴァイに迷いはなかった。

 気づけ薬で次々と騎士を起こしていき、全員を起こし終えるとカミラに頭を下げる。


「助かった。このお礼をさせて欲しい。このまま着いてきてくれる?」

「いえ!お母さんが待っているので!私ここには薬草を取りに来たんですけどまたにします!全員が起きてよかった!」

「本当にありがとう」

「どういたしまして!あの女の子も早く起きるといいね!」


カミラはそう言いながらふんわりと笑い、じゃあね!と手を振りながら走り去ったのだ。


 走り去ったカミラをリヴァイが引き止めるようなことも無く、カミラとはそれっきりとなった。 

  

「あの時の子か……」

「なんだ?やっぱり惹かれてるのか?」

「だから違うって……」


 言ってるだろうと言葉を続けようとしたリヴァイはオランの後ろにいる人物をみて目を見開く。


 その様子をみてオランもまた振り返ると元々細目のアメジストをさらに細め、微笑んでいるカロンがいた。


 戸惑う男性三人に気にせずカロンはゆったりと口を開く。

 

「おはようございます、皆様。このクラスの担任となりました。カロン・ハーバーと申します。よろしくお願いしますね」


 カロンは魔法師団団長であり、教師という立場では無い。王子二人の魔法を指南していたのは王族だったこととクリスの魔力量が凄まじかったからこそだ。


 だからこそ教師として現れたカロンに誰もが驚いたのだが、ただ一人ルミナだけは冷静だった。


 王妃とのお茶会の日、帰りに聞いていたのだ。

 カロンの他にもマナー講師としてミレーヌがいる。


 一人ではリヴァイを避け続けることが難しいだろうとルミナと王の意思を知るものを王妃が手配したのだ。

 

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