13話 終わりと出会い
初めて学園へと向かう馬車の中で、ルミナは瞳を閉じ、数日前のお茶会を思い出していた。
王城でのお茶会はルミナにとって慣れたもの。というのは相手がリヴァイかクリスでなければ成立しない。
王妃と二人っきりのお茶会となったルミナは緊張をはらみながらリヴァイと同じアクアマリンを見ていた。
「固くならないで?もう少しで学園が始まるでしょう?学園に入る前に少しお話しておきたいなと思っただけなのよ」
「光栄なことですわ」
ルミナとリヴァイは15歳になる年となった。
恋人になってから約3年。
この3年間でルミナはリヴァイの隣にいることをやめようと考えたことはなかった。
ただただ前向きに、薬草を試して見たり、極わずかな魔力でも問題なく魔法が使えるようになる方法はないかと、魔法が使えるようになる道を探してきた。
だが相変わらず魔法は使えないまま。
「学園に入ってしまえば、魔法が使えないということを皆様ご存知になってしまうでしょう?」
「ええ。そうですわね」
今まで、ルミナが魔法を使えないということを知っていたのは、一部の者のみだったが学園では、魔法の上達を目的とした授業が必須科目となっており、逃れることは出来ない。
「多くの所で様々な噂が広まると思うわ」
「ええ、覚悟していますわ」
子が知れば、必然と親も知る。ましてや第一王子の婚約者。どうなるかは火を見るより明らかだ。
「そう……。噂が広まればリヴァイの婚約者を変えるべきという声も出てくると思うわ」
「……はい」
「誤解しないで聞いて欲しいのだけど、私個人としてはルミナちゃんに婚約者でいて欲しいと思っているわ」
魔法が使えなくなってから既に5年。
その間王妃は、自身の人脈を頼り、ルミナの魔力が戻るよう手助けしてくれていたため、王妃の言葉をルミナが嘘だと思うことは無かった。
「だけど、ごめんなさい。この状況では……」
言葉をつめらせた王妃に変わってルミナは口を開いた。
「王妃殿下、大丈夫ですわ。次期王太子の現婚約者として私がすべきことはしっかりと理解しています」
理解は出来るが納得ができない、なんてもう言えるような時期ではない。王太子即位式まであと3年。
悪あがきをする時間は終わってしまった。
「わたくしが学園ですべきことは次期王太子妃として相応しい人の選定とリヴァイ殿下から距離をとること、ですわよね?」
ルミナが迷うこと無く告げると、王妃は寂しげに目を伏せ、その通りよと答えた。
「ちょうど以前のお茶会で、学園では多くの方との交流を目的とするので共には過ごせない、とリヴァイ殿下にお伝えしましたわ」
「ルミナちゃん……」
悲痛めいた声で名前を呼ばれてしまえば、必死に冷静を装っている仮面はすぐに外れてしまいそうで、ルミナは誤魔化すように淡く微笑む。
「魔法が使えなくなってからも、リヴァイ殿下の婚約者として5年間も過ごさせていただけたこと、心から感謝しておりますわ」
5年間のうち3年間は恋人として過ごせたのだ。
これほど幸福なことは無いだろうとルミナは思いを馳せる。
「……16歳のリヴァイの誕生日までは、貴方に婚約者でいてもらう許可を陛下からいただいているわ……」
フルール王国では16歳で成人となり、夜会に参加できるようになる。
つまりは、二人で参加できる初めての夜会が最後の日。
「長く一緒にいたんですもの。成人の時は貴方が隣でお祝いしてあげて?」
それはルミナからすれば、願ってもいないことだった。最後の日には一番綺麗な姿で別れたいと考えていたから。
「ありがとうございます……わたくしは、大丈夫ですわ。たとえこの先隣にいられなくとも、代え難いほどの幸せをいただいておりますから」
そう伝えて二人のお茶会は終了した。
がたんと音がなり、馬車が止まったことに気づいたルミナは瞳をあけ、御者の手を借りて馬車からおりる。
すると目の前にはこの3年間で身長がぐんと伸び、すっかり青年と化した見慣れた人物と、フルール王国への留学生として、学院生活を共にする者が立っていた。
さらさらのプラチナブロンドに青い瞳をもつフルール王国の第一王子、リヴァイとシルバーアッシュの髪にガーネットの瞳をもつ隣国、セレンティア王国の第二王子。
オラン・せレンティアが並び立つ姿は学園の正門でとても目立っているのだが、ルミナは視線を気にせず二人に向き合う。
「リヴァイ殿下、オラン殿下ご機嫌よう」
「おはようルミナ!」
「おはよう、ルミナ嬢。固くないか?」
「そんなことございませんわ。それよりもなぜ二人はここに?」
今日は入学式。
既にクラス分けはされており、各自教室で待機するよう案内に書いてあったため、二人がここにいる必要性はないのだ。
「ルミナを待ってたんだよ。オランがいて一緒に登校はできないからね」
当然というように答えられたルミナは、王妃と約束したことを実行するのはかなり大変かもしれないとこの先の学園生活が不安になった。
「……ありがとうございます。ですが今後はお待ちいただかなくて結構ですわ。教室でお会いできますし」
「なんだ、リヴァイ。ルミナ嬢に愛想つかされたのか?」
オランの軽口にリヴァイはそんなわけないだろと声を冷たくしながら答え、ルミナの肩をとった。
「リヴァイ殿下……?学園ではこういったことはしないという約束では?」
「ルミナがあまりにも冷たいから。離して欲しかったらせめて学園でもいつもどおり呼ぶって約束して」
「……わかったわ」
ルミナは一瞬思い悩んだが距離が近いままよりはリヴァイと呼ぶことを許容する方がいいだろうと判断し、リヴァイはルミナのエスコートが出来ないことを不満に思いながらも肩に乗せていた手を外した。
「学園が始まるの楽しみにしてたのにな……」
はぁっとため息をこぼしたリヴァイを気にせず、ルミナはオランと話しながらクラスへと向かう。
「オラン殿下も同じクラスですわよね。言語が違うというのに入試試験三位は流石ですわ」
「満点をとってリヴァイと同率一位のルミナ嬢にそう言われてもな」
この学園は成績順でのクラス分けとなるが、家庭によって元から受けている教育が異なるため多くは家格順となることが多い。
「今年はウォーカー伯爵家に養子として迎えられた方が四位となり、わたくしたちと同じクラスですからどのような方なのか、とても楽しみにしておりますの」
「ルミナ嬢、僕にもその話し方続けるの?」
オランとルミナは10歳の頃からの知り合いだ。
セレンティア王国にて作られたお菓子を婚約のお披露時に使用するとなった時に知り合い、その後も交流を重ね、気軽に話せる関係となっている。
「お気に障りましたか?」
「出来ればいつも通りがいいかな、僕が硬っ苦しいの知ってるでしょ?」
「そうですわね」
くすくすとルミナが笑った時だった。
ヒラヒラと黄色のリボンが風に乗って、三人の前に飛んできた。
ルミナが掴もうとしたが手をすり抜け、リヴァイが掴む。
「どなたのかしら」
どこにでもあるようなリボンのため持ち主など分からなさそうだとリヴァイが感じていると、慌てて走ってくる女性がいた。
走ってきたのはミルクティーのようなブラウンの髪に黄色の瞳を持つ女性だ。
リヴァイはその女性をどこかで見たことがあるような感覚に陥り、その間に女性は口を開いた。
「あ、あの。申し訳ございません。そちらのリボンわたくしのでして……」
「あ、ああ。どうぞ」
「ありがとうございます!大事なリボンなので無くなったらどうしようかと……!本当にありがとうございました」
ぺこぺこと頭を下げたかと思うとふんわりと笑う少女に、リヴァイはやはり既視感を感じ、その女性が離れて行く時も後ろ姿を見つめる。
「……なに、早速浮気?」
「違う!ルミナ違うからね!?」
必死に否定するリヴァイに、ルミナはわかっているわと答えたが、この先リヴァイが惹かれる人がいるかもしれないと気づき、ちくりと心を痛めた。
だがルミナはその痛みに必死で蓋をする。
このくらいで傷ついていてはいけないのだ。
後一年で別の人が隣に立つ。その婚約者に惹かれることだってあるはずだ。
望んだのは自身。そう言い聞かせ、前を向く。
全てはリヴァイが王太子となれるように。
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