12話 夢見た日
深く、深く落ちたと思うとルミナは真っ白な空間で立っていた。
きょろきょろと顔を動かし、小さな光を見つけると迷うことなくその光へとついて行く。
既にルミナはこれが夢だと認識していた。
光に案内された先にあるのは今までと同じ扉。
魔力暴走を引き起こした後から何度か見ている夢だ。
少し違うのは初めに降り立つ場所が真っ黒だったことから真っ白に変わったこと。
ルミナはじっと扉を見つめ、ドアノブに手をかけるがやはり扉は開かない。
これもいつも通りだ。
何度繰り返しても開かない扉。
きっとこれが魔法と関係していることは分かっているのにとルミナは唇を噛み締めた。すると舌っ足らずな声が後ろから降りかかる。
「あかないよ?」
ルミナは驚き振り返ったが、目の前にいる人物にさらに驚いた。
ルミナに声をかけたのは小さなルミナだった。
5歳の時に好んで着ていたドレスを身にまとっている小さなルミナは困ったように眉を下げて口を開いた。
「かぎがね、ないの」
「鍵……?」
戸惑うルミナに小さなルミナはこくりと頷き、だいじょうぶ。みつけられるよと言葉を残して消えた。
まだ夢の中にいるような感覚に陥りながらも、ルミナが目を開けると、マリアが真っ白なカーテンを開いているところだった。
「……おはよう、マリア」
「おはようございます。お嬢様。……なにか、ございましたか?」
ルミナの顔を見て、心配げに眉をひそめたマリアに、ルミナは夢を見ただけよと笑う、
「左様でございましたか。何か気になることがあればおしゃってくださいね」
「ええ、ありがとう」
「本日はリヴァイ殿下とデートをなさるのでしょう?」
デートという言葉にルミナは頬をほんのりと色づかせ、ぽつりと呟く。
「心臓、もつかしら……」
恋人という関係に変わってからというもののルミナはリヴァイに会うだけでドキドキしっぱなしだというのに、リヴァイはその事を知りながらもどんどんと距離を縮めるため、ルミナは翻弄されてばかりである。
マリアは恋する乙女と化した主人を微笑ましく見守りながらも本日のドレスはいかがなさいますか?と伺い、ルミナは朝から悩みに悩むのであった。
数着のドレスとにらめっこをしてルミナが選んだのは青と白を使用し、裾の部分には金糸で刺繍が施されたドレスだ。
バターブロンドの髪は初めてのお忍びの際に使用した青のリボンを使用し、編み込みハーフアップとなっている。
前から見ても、後ろから見ても可愛いらしい姿に、ルミナを迎えに来たリヴァイはすぐさま抱きしめたくなった。何とか抑えられたのは以前に人前ではおやめください!と眉を釣りあげながら言われたからだ。
だがなけなしの自制心は馬車に乗り、二人っきりとなるとすぐに消え去った。
「ルミナ、可愛い!」
「リ、リヴァイ下ろして!」
現在ルミナはリヴァイの膝の上でぎゅうっと抱きしめられている。
いつも通り隣に腰を下ろしたはずのリヴァイは軽々とルミナを抱き上がらせ、横抱きの状態で膝の上へと乗せたのだ。
「嫌だよ、隣に座ったままだと抱きしめにくい」
「それはそうかもしれないけど……!」
「ユテータス邸では我慢したんだ。これくらいいいでしょう?」
そう言われてしまえばルミナは何も言えない。
だが気恥ずかしさはなくならず顔は火照っていく一方。
せめて顔が見えない状態ならいいのに!と考えたルミナははっとした。
リヴァイの服に顔を埋めてしまえば火照った顔は見られないで済むのでは、と。
気づいたルミナの行動は早かった。
リヴァイの服をぎゅっと掴み、リヴァイの胸にとんっと頭を預ける。
「ル、ミナ……?」
「恥ずかしいの……」
ぽそりと呟かれた声を聞き届けたリヴァイは悶絶した。
なんだ、この可愛い生き物。と心の内では大暴れである。
ルミナの思惑通り顔は見えなくなったがハーフアップにされているおかげもあって、可哀想に思えるほど赤くなっている耳は丸見えである。
リヴァイは誘われるがままに耳へと触れた。
すると感触に驚いたルミナが顔をあげる。
うるうると潤ませたエメラルドの瞳。
上気した頬。薄く可愛らしい桜色の唇。
リヴァイはそっと手のひらでルミナの頬を包み、親指の腹でルミナの唇をなぞる。
「キス、してもいい?」
熱を孕んだ声とアクアマリンの瞳に、ルミナは何も言えないまま目を伏せ、リヴァイはそっと自身の唇を重ねた。
触れるような初めてのキスはひどく甘く、二人を幸福にさせ、視線を交えると今度は確かめるように唇をあわせた。
二度の口付けを終えたリヴァイは三度目も求めようとしたが馬車が止まった事で我に返る。
「……行こうか」
「ええ……」
二人が降り立ったのは貴族街。
王族御用達の仕立て屋や宝飾店などが並ぶこの場所で第一王子であるリヴァイと婚約者であるルミナを知らない者はいなく、共に訪れたのは初めてだったこともあって多くの視線を集める。
「目立ってるわね……」
「そうだね、まあ仕方がない」
半分公務のように感じながらも二人は笑いあって道を歩き、リヴァイは繋ぐ手を恋人繋ぎへと変えた。
初めての繋ぎ方にルミナは驚き、リヴァイを仰ぎ見る。
「いや?」
そう聞かれてしまえば嫌ではないためルミナはふるふると小さく顔を振ることしか出来ず、リヴァイは良かったと甘く微笑む。
誰が見ても相思相愛という2人に、護衛のもの達はもちろん、たまたま貴族街に来ていた周りのものたちまでもがあてられた。
「宝飾店にいってもいい?」
「もちろん。何か欲しいものがあるの?」
「欲しいもの、というか……恋人に僕から初めてのプレゼントを贈らせてくれる?」
伺うように顔を除きこみながら言われたルミナは顔を真っ赤にさせながらも頷き、二人は宝飾店へと足を踏み入れた。
一口に宝飾品といってもネックレス、指輪、ブローチ、髪飾りと様々。
恋人に初めて送るものとして何が正しいのか分からなったリヴァイはルミナが気に入った物にしようと思っていたのだがルミナが熱心に見ているのはカフスボタンだった。
「もしかして僕にって考えてる?」
「ええ、私からも贈らせて欲しいわ。ねぇ、このアクアマリンのものはどう?」
「ルミナが選んでくれるならなんでも、と言いたいけどせっかくならエメラルドのものがいいな」
「どうして?」
きょとりとしたルミナに、今までの独占欲が伝わっていないことに気づいたリヴァイは苦笑しつつ、エメラルドはルミナの色だからと答える。
「あ……そ、そっか。私の色……」
「僕がアクアマリンや青のものを送っていたのは僕の色だからだよ?」
「え!?」
「本当に気づいてなかったんだ」
くすくすと笑われたルミナは、気がつかなくても仕方がないじゃないかと恨めしげな瞳でリヴァイをみつめたが、そんな様も可愛く映るリヴァイは頭をぽんぽんと撫で、ごめんねと謝った。
「それで、エメラルドにして貰えるのかな?」
「うん……」
ルミナの声は恥ずかしさから、か細くなったがリヴァイは満足気に微笑み、愛しい彼女へのプレゼント選びを再開した。
「……髪飾りにしたら学園でもつけてくれる?」
「もちろん!」
「じゃあ、これとかどう?」
リヴァイが手に取ったのは小ぶりのアクアマリンを中心に置き、花の銀線細工がされたバレッタ。
細かな細工にルミナは感嘆の声をあげ、気に入ったことがすぐに分かった。
お互いに満足の行く買い物が出来た二人は、その後も心惹かれるまま貴族街でのデートを楽しんだ。
行く先々で恥ずかしがったり、驚いたり、喜んだりと憂いを感じることなく一緒に過ごし、初めてのデートは二人にとって幸福にありふれた、夢のような時間となった。
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