10話 変わりゆく関係
夜の庭園はどことなく暗く、リヴァイは魔法で庭園を幻想的に照らした。
色が見えなかった花たちは照らされたことによって美しさを取り戻し、二人の瞳に映る。
ルミナはその光景に頬を緩ませながら先程の星空魔法に思いを馳せた。
「……リヴァイの魔法、二年ぶりくらいに見たわ」
「勉強を別々にするようになってからルミナの前で使うようなこと無かったもんね」
「ええ、そうね……」
あの事件があるまでは毎日のように見せて欲しいとせがんでいたのが今では嘘のようだ。
ルミナが見せて欲しいとねだらなくなってからはリヴァイもクリスもカロンも。誰一人としてルミナの前で魔法を使うことをしなかった。
「リヴァイの魔法はいつ見ても綺麗だわ」
どこか遠くを見るように、目を細めたルミナを見てリヴァイは一度口を引き結んだが、手をぎゅっと握りこみ、ルミナをまっすぐ見つめる。
「ルミナ」
名を呼ばれ、振り向いたルミナはいつになく真剣な瞳に気づいた。
なにか、大事なことなのは確かだ。
そう思いながらもルミナはなるべくいつも通りに聞こえるよう答え、アクアマリンの瞳に向き合う。
「……なーに?」
瞳を合わせながらリヴァイは形のいい唇を動かした。好きだよ、と。
「……え?」
「ルミナが好きだ」
リヴァイが告げた言葉はルミナの思考を停止させた。
「僕たちは政略的な婚約で、初めて会った時は可愛い妹が出来たなって思ってた」
初めてあったのは5歳の時。
まだ婚約者という言葉もよく分かっていなかったあの頃。
それでも一緒に過ごす時間は楽しくて、心地よくて、リヴァイはルミナに会うことが楽しみだった。
「歳を重ねて婚約者っていう言葉をちゃんと理解できるようになった時、ルミナが婚約者ですっごく嬉しかった」
こんなに可愛くて、性格もあう子が婚約者だなんて幸せだと、リヴァイは幼いながらに思ったのだ。
未だ思考が追いつかず、何も言えずじまいのルミナをおいて、リヴァイは言葉を続ける。
「それで、一緒にいるうちにどんどん好きになって、気づけば一人の女の子として好きになってた」
気づいたら、とはいったものの明確に自覚した時がいつなのかはよくわかっている。初めてのお忍びの日。チューリップが一面に咲いているあの場所で綺麗だと思った時だ。
「自覚してからはルミナにも僕のことを好きになって欲しくて、好きって言い続けたら好きになってくれないかなって考えてた」
自覚をする前も、した後もリヴァイは何度もルミナに好きという言葉を伝えていたが自覚してからは圧倒的に増えた。
可愛いと思った時、一緒にいて楽しいと思った時、愛しさが募った時。
「効果はあまり見られなかったけど、それでもいいって思ってた。たとえ異性として好きになってくれなくても、僕たちは婚約者だから一生一緒にいられる。だから、それでいいって」
それでも初めて好きという言葉で顔を赤くして貰えた時は嬉しさが募り、愛しさが込み上げた。
意識して貰えたことが嬉しくて、気恥ずかしくて。
このままいけば婚約者でありながらも恋人のような関係になれるだろうと思っていた。
「でも、今ルミナは婚約者という立場だからこそ苦しんでるでしょう?」
問いかけられたルミナは瞳を揺らす。
「だから、婚約者っていう言葉に甘えるのはやめようって思ったんだ」
リヴァイは意を決して口を開く。
「ルミナ・ユテータス嬢。僕と、恋人になっていただけませんか?」
予想していなかった言葉にルミナは目を見開いた。
無言のまま、アクアマリンの瞳とエメラルドの瞳は見つめ合うが、唇は一向に開かない。
無言のまま数分が過ぎたが、やがて沈黙に耐えられずリヴァイが口を開く。
「……混乱してる?」
「え、ええ…」
おずおずと答えたルミナにリヴァイはふっと微笑み、自身の髪を乱すと、肩の力を抜いて星空を眺めながら、ぽつぽつと話しだした。
「僕は、王位継承権第一位の王子でどうしても色々な責任や役目が着いてくる。それは婚約者である以上ルミナもで、ルミナはそれを充分に理解してる」
「……そうね」
「充分に理解しているからこそ、ここ数ヶ月悩んで、ルミナは僕と一緒にいても上の空になる事が増えた」
そんな事ない!とはいえないほど、ルミナは心当たりがあり、顔を俯かせ、リヴァイは責めてるわけじゃないよと頭を撫でる。
「ルミナを苦しめているのは僕だ」
「それは違うわ!」
「違わないよ。たとえば僕が公爵子息だったらルミナが迷うなんてことにはならない。魔法が使えなくても何も問題ないからね」
リヴァイはもう一度星空へと目を向ける。
一生一緒にいることができる約束は、呆気なく一緒にはいられない約束へと変わった。
そのことをリヴァイが悟ったのは、ゴートンからルミナが魔法を使えなくなったと報告された日だ。
ルミナが魔法を使えなくなったことは王と王妃、ミレーヌにも告げられ、ルミナの妃教育をどうするかという話になっていた。
王妃とミレーヌは妃教育の厳しさを知っていたからこそ悩み、話し合いの場でルミナの意見を一度聞いてみて欲しいと要望したのはリヴァイだ。
ルミナが妃教育を継続するという確信があった訳では無い。ただリヴァイは、隣にいたいと言ってくれたあの言葉を信じたかっただけだ。
そしてルミナはリヴァイの隣にいることを選んだ。
「ルミナが2年前、妃教育を続けることを選んでくれたことが凄く嬉しかった。幸福だった。だけど、ルミナはふとした時、寂しげに笑うんだ。日を重ねれば重ねるほどそんなことが増えた」
デビュタントの話をしてからは特に。
ルミナが離れようとしている、とリヴァイが気づくのは簡単だった。かと言って、わかったよと言って離してあげられるほど物わかりがいいわけでもない。
「苦しませているのは僕だけど、僕はルミナが好きだから一緒にいたい。立場や役目を一切考えるなとは言わないよ?でも僕達はまだ12歳だ。少しだけ目を逸らしてもいいと思うんだ」
リヴァイは星空を見るのをやめ、俯いたルミナの頬に手を添えると顔をあげさせた。
エメラルドの瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
「僕が王位継承権を放棄するって言ったらルミナは怒るだろうし、自身を責めてしまうでしょう?」
「なっ……!当たり前でしょう?今までの努力を知っているもの。貴方は王になるべきよ。王位継承権の放棄だなんて貴方のご家族も許さないわ」
ルミナの即答にリヴァイは目を伏せ、悲しさを隠す。
ルミナはそういう人じゃないと思いながらも身分や立場を捨てて、一緒にいて欲しいと望んでくれないだろうかとどこかで期待していた。
もっとも、そんな人であれば彼女がこんなに悩むこともなかっただろうが。
「うん……そう言うだろうなと思っていた。だから、ルミナの恋人になりたい。恋人なら責任とか役目なんてないでしょう?」
「……婚約は、どうするの……?」
「解消する気は無いよ。ただ関係を増やすだけ。僕の隣にいる理由を婚約者だから、ではなくて恋人だから、という理由にして欲しいんだ」
懇願するように言われたルミナは言葉を詰まらせる。
「僕のこと、最近は男性として好きになってくれてるでしょう?」
「そ、それは……」
慌て始めたルミナを見て、リヴァイは満面の笑みを浮かべながらルミナの耳元にもう一度言うよ?と囁き、頬を染め、瞳を潤ませているルミナへと向き直る。
「ルミナ・ユテータス嬢。僕の、恋人になっていただけませんか?」
二度目の告白に、ルミナは一筋の雫が流しながらも、はいと微笑み、この日、二人は恋人となった。
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