9話 天使と王子

 デビュタント当日。マリアはいつになく真剣な顔付きでリヴァイと対面していた。


 マリアの後ろにある扉を開けば、1年以上前から今日のために縫われた純白のドレスを身にまとっているルミナがリヴァイを待っている。


「いいですか、リヴァイ殿下。許されるのは軽く抱きしめることだけでございます」

「あ、抱きしめるのは許してくれるの?」

「思わず抱きしめずにはいられないほど本日のお嬢様は可愛く、お綺麗だと自負しております」

 

 真顔で返答されたリヴァイは瞳を煌めかせ、早くみたいという様子を隠すことなく扉へと目を向けた。

 

 そんな姿にマリアは内心苦笑しながらリヴァイへと道を譲る。


 デビュタントに参加する令嬢は白のドレスと腕まである白のグローブを身につけることが決まっている。

 そのため、ドレスの形と生地をどのようにするかで印象が変わる。


 家名を背負って参加するデビュタントでは、ドレスを贈ることができない。

 ならばデザインだけでも先に見たいとリヴァイは何度もルミナに頼んでいたのだが結局どのようなデザインなのか知ることができぬまま今日を迎えた。

 

 そのことにリヴァイはほんの少し不貞腐れていたが、ドアノブに手をかける今となっては何も知らないという状況がワクワクさせた。


 ガチャリと扉を開け、すぐに視界に入ったのはさらさらのバターブロンド髪。下ろしたままにはなっているものの白薔薇が飾られ、リヴァイが気になっていたドレスのデザインは胸から胴にかけて全体に刺繍がされ、スカート部分は幾重にも柔らかな生地を重ねたAラインのドレスだ。裾部分には繊細な刺繍が存分にされており、華やかさがある。


 上から下までみたリヴァイは、アクアマリンの瞳とエメラルドの瞳があわさると、静かに喉を鳴らし、ルミナはふわりと笑う。


 その瞬間、リヴァイは扉を閉めた。


 部屋の中からはえ!?と驚いた声があがり、その声はマリアとリヴァイの耳にもしっかりと届いた。


マリアは無言でリヴァイが動き出すのを待っていたが時間は刻々と過ぎていき、口を開く。

 

「……あえてお聞きしますが何をなさっているのです?」

「いや、可愛すぎて! 見てられなかった……! 可愛い!」


 天使とはルミナのことを言うのだろうとリヴァイは本気で考えながらマリアに興奮気味に告げた。

 王子として執務をしている姿からは誰も想像ができない姿である。

 

「お気持ちはわかりますがお言葉をかけてあげなければお嬢様は似合っていないのだろうかと考えますよ」

「そ、そうだね……」


 リヴァイは深呼吸をして、再度扉を開ける。

すると今度は両手を胸の前でくみ、不安げに瞳を揺らすルミナがいたため、先程とはまた違う可愛さに襲われた。

 

「……参加しなかった王子の気持ちが今わかった」

「え?」


 過去の王子がなぜ婚約者と共にデビュタントへ参加しなかったのか。詳細は調べられなかったが可愛い婚約者を他の者に見せたくなかったのだろうとリヴァイは勝手に納得した。


「えっと、このドレス似合わない……?」

「そんな事ないよ!凄く似合ってる!可愛い!」

「本当……?」

「本当!マリアが抱きしめずにはいられないって言ってけどその通りだ!」


 ルミナはマリアの言う通り不安を感じていたため、リヴァイの返答に心底安堵した。


「えっと、じゃあ抱きしめる……?」


 おずおずと両腕を広げ、こてんと首を傾げたられればリヴァイは吸い寄せられるようにルミナに近づき、ぎゅうっと抱きしめる。


 柔らかく、甘い香りを堪能しつつ、リヴァイが耳元で可愛いと告げるとルミナの耳が赤く色づき、ますます愛しさが募る。


もうずっとこのままでいいのではという思考にリヴァイは陥ったが許される訳もなく、そろそろお時間です

と言うマリアの声が二人に届く。


「もう少し抱きしめていたかった……」


 拗ねたようにいうリヴァイにルミナはくすくすと笑い、リヴァイにいきましょう?と促す。


「そうだね、行こうか。お手をどうぞ、僕のお姫様」 

「よろしくお願いしますわ、私の王子様」


 2年前、婚約のお披露目をした時と同じような言葉を今度は微笑み会いながらかわし、二人は本日の会場へと向かった。

 

 ❀❀❀――――❀❀❀

 

 デビュタントに参加する者たちは一列に並び、一組ずつ、玉座の前へと歩む。


ルミナとリヴァイは危うさなど一切見せずに既に謁見を終わらせ、皆が挨拶を終えるのを見ていた。


 その中で一人、見慣れた人物がデビュタントする令嬢をエスコートしているのが見えた。


「リヴァイ、シリウス様も参加することご存知だったのですか?」

「いや、聞いてない。隣にいるのは従兄弟だから急に駆り出されたんじゃないかな」

  

そんなことを話してるいる間にも王への謁見はとこ通りなく行われ、最後の一人が挨拶を終えると陛下は玉座から立ち上がった。


「名を名乗った者全員を新たな貴族の一員として認める。ノブレスオブリージュを胸に刻み今後も家名に恥じぬよう日々を過ごすように」


 凛々しく、厳しさを纏った王の声がホールへと響き渡る。


「本日のデビュタントでは我が息子の婚約者。ルミナ・ユテータス嬢も参加した。祝いとして第一王子リヴァイ・フルールが魔法を行う」


 陛下の言葉を合図に、リヴァイはホールの中央へと向かい、中央にたどり着くと足元に大きな魔法陣と、手のひらの中に小さな魔法陣を作り出した。


 リヴァイは参加者へ向き合い、にこりと微笑む。


「それでは皆様、星空でのダンスをお楽しみくださいませ」


言葉と共に魔法陣は輝きを放ち、ホールの床を星空へと変え、空中には小さな光が降った。


 途端にホールは拍手が湧き上がり、音楽が響きだす。


 デビュタントで一番初めに踊るのは参加する中で1番高貴なもの。今年はリヴァイとルミナだ。


 二人が公式の場で踊るのは初めてだが、リヴァイとルミナはお互いに微笑み合い、息をぴったりとあわせて踊る。


 星空の上で小さな光と共に踊る姿はみなが見惚れ、後に天使と王子が踊っているようだったと様々な所で語り告げられる。


そんなことになるとは露ほども思っていない二人は、一曲踊り終えると参加者に声をかけ、ホールを周った。


 宰相に騎士団長、魔法師団長。幼い頃から知っている人物はもちろん、本日デビューをした令嬢一人一人にも声をかけある程度周り終えた頃、リヴァイは見慣れた姿を見つけ近づいた。


「やぁ、クリス」

「こんばんは兄上、ルミナ義姉様も」

「こんばんは、クリス殿下。わたくしのデビュタントをご覧いただけたこと嬉しい限りですわ」

「僕と話す時くらい、気楽にしていただいてもいいのに」


 よそ行きのルミナにクリスは寂しげに微笑み、リヴァイへと顔を向ける。


「兄上、また魔法陣をいじりましたね?」

「流石はクリス。あの一度だけでバレたか」

「カロンも気づいてましたよ」


兄弟の会話にルミナが首を傾げるとクリスは先程の魔法が本来、二つの魔法陣では足りないことを説明した。



「魔法は普通、理論と魔法陣を覚えて展開させるでしょう?兄上は最近理論を踏まえて新しい魔法陣を作ってしまうんです」

「え……」

「複数の魔法を一つにまとめたり、魔力消費量を軽減できるようにしたりと今までにない魔法を作り出していくんですよ」

「暇を持て余していたんだ。趣味のようなものだよ」


 リヴァイはまるで誰にも出来るような口調で言ったが、魔法陣を一から作りだすなどルミナは聞いたことがない。

 

「兄上だけですよ、そんなことできるの。やり方は一切教えてくれませんし」

「そんなに教えて欲しいなら明日以降に僕の執務室へおいで」

「え、いいんですか?」

「条件があるけどね」


 軽くウインクをした兄にクリスは嫌な予感を覚えながらも一度お伺いしますと答え、リヴァイは機嫌を良くしながらクリスと別れた。


「あまりクリス殿下をいじめないでくださいね?」

「いじめないよ、大丈夫。それより少し夜風に当たらない?」


 ルミナはバルコニーへ行くのだろうとリヴァイの提案に頷き、エスコートされるがままに歩いたがリヴァイのエスコートでついたのは庭園だった。

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