7話 揺らぐ未来
ルミナが魔法を使えないと気づいたのは目が覚めた3日後のことだった。
使えないと気づく前から何かが欠けたような感覚には陥っていたが、それがなんなのかわからず日々を過ごし、順調に体調を戻していき、もう普通に動いても大丈夫だろうと医者から許可が降りたその日。
ルミナはまた魔力暴走を起こさないよう、魔法を使ってみることにした。
お茶会のために何度も練習し、唯一使える風魔法を展開させようとして、ルミナは今までと違うことに気づく。
膨大な魔力のためコントロールに苦戦していたというのに、魔力が微弱程度にしか感じられないのだ。
ルミナは何とか魔法を展開させようと微弱の魔力を手のひらの中に集めるよう試みたが、それさえも上手くいかず薄く笑う。
笑ったのは、もう誰も傷つけることがないことに安堵したからか、大好きだった魔法を使うことが出来なくなった絶望からか。
きっとどちらもだろうと考えながらルミナはマリアへ一言告げる。
「魔法師団団長のカロン・ハーバー様をお呼びできるかしら」
マリアはすぐに動き、カロンは翌日ユテータス邸へとやってきた。
「こんにちは、ルミナ嬢。魔物に襲われるとは災難でしたね」
カロンはルミナと二人の王子に魔法を教えてくれている先生でもある。初対面の頃、細目のアメジストに整った顔が冷たく見えたルミナは上手く話せなかったが話せばとても優しい人ということを知り、今ではとても信頼している人でもある。
「そうですわね、突然お呼びして申し訳ございません。」
「お気になさらず。私を呼んだのはご自身の魔力についてでしょうか」
「さすがカロン様。その通りです」
人の魔力量を測定する時には基本的に触れるか測定の水晶を使うことが必要だが、カロンは見るだけで大体の魔力量を判断することが出来る。
「リヴァイ殿下と同程度だった魔力が通常の日常生活をすることが出来るところまで下がっていますね。今のままではほとんどの魔法が使えないかと」
カロンの言葉は言外に平民と変わらないと言っていた。
フルール国で魔力を持つ者は九割が貴族だ。
稀に平民でも魔力を持ち、魔力を持つものは必ず15歳から18歳まで王立魔法学院へと通うことになる。
「魔力は戻るのでしょうか」
「本来魔力は成長とともに増えていくものです。過去にも魔力が減ったという方はいましたがそういった方は魔法を恐れ、使うことを自ら諦めたものばかりです」
「そう……」
「ルミナ嬢は魔法を使うことに恐れがある中で、使いたいという気持ちもある、という認識でよろしいでしょうか?」
じっとアメジストの瞳に見つめられ、ルミナは一度目を伏せる。
ルミナは物心がついた頃から魔法が大好きだった。
リヴァイが様々な魔法を見せてくれるようになってからはさらに好きになり、きらきらと人を楽しませる魔法を早く使いたい!とずっと思っていたのだ。
だが、ルミナが使った魔法は人と魔物を傷つけた。
直ぐに目が覚めたといわれても、人がばたばたと倒れていく光景は頭にこびりついて離れない。
魔力が変わらずあったのであれば、今後は誰かを傷つけることがないようにしっかり練習しようと考えていたが、魔力が減り、魔力暴走の危険が無くなった今は……。
「……わからないわ」
「今はその迷いから魔力を無意識に封じ込めているのかも知れませんね。もう一度使いたいという気持ちが無くならない限り魔力は戻るかと」
結局はルミナ次第ということだ。
恐怖と戦いながら魔法を使うか、諦めて逃げるか。
どちらの方がいいのだろうとルミナが考え込むとカロンは優しく微笑み、一つ提案する。
「魔力が少ない状態であれば理論や魔法陣を覚えていっても魔力暴走を引き起こすことは無いです。しばらくは理論と魔法陣を覚えることに専念してみてはいかがですか?」
「……そうね、そうさせていただくわ」
「慌てずゆっくりお考えください」
ふわりと微笑むカロンにルミナは妃教育を受けているものとして、不安や悩みを悟られるのは失格だなと思いながらも、素直に頷いた。
魔法が使えなくなっても日常生活に不便は無い。
ルミナは当初の予定通り1週間経つと妃教育をユテータス家で再開した。
「ルミナ様、お体はもうよろしいので?」
「えぇ、大丈夫よ。今日からまたお願いするわ」
「……一つ、始める前によろしいでしょうか」
かれこれ5年間、ルミナは家庭教師のミレーヌから妃教育をされていたがミレーヌが言い淀んだのは今回が初めてだ。
いいことでは無いのだろうと思いながらもルミナはミレーヌの瞳を見つめ、言葉を促す。
「ルミナ様はフルール国に悪意ある他国のものが入国できないということを覚えていらっしゃいますか?」
「覚えているわ。その魔法は特殊で発動できる人が限られているのよね?」
「左様でございます。……ルミナ様はフルール祭で行われる魔法が一番好きだと仰っていましたね」
ルミナはミレーヌがこれから言うことを察してしまった。あの日、父であるゴートンが頑張ればできると言っていたのは王と王妃になれば、という事だったのだと。
「あの魔法は王族、または王族となる者のみに伝えられる魔法です。催しとして行なわれるあの魔法こそがここ、フルール国を守っている魔法なのです」
「……」
「あの魔法は二人でなければ発動ができなく、行われなければこの国は途端に他国に攻め落とされてしまう可能性がございます」
それ以上の言葉は必要なかった。
つまりミレーヌは、今のまま魔法が使えなければ王妃、王太子妃となることが出来ないと言っているのだ。
がらがらと何かが崩れていくように感じながらもルミナはそうなのねと儚く微笑む。
崩れていくのは今までの婚約者としての時間か、妃となるべくの努力か、また別のなにかか。
ルミナにはわからなかった。
「あの魔法はリヴァイ様が王太子となった時、詳細を知る魔法でございます。何事もなければ、リヴァイ様の王太子即位は学園の卒業日。それまでに魔法を使えるようにし、コントロールができるようになっていなければなりません」
「……リヴァイはその事を知っているのよね」
「はい、ご存知です」
「そう……」
「ルミナ様、お選びください。このまま妃教育を続けてもルミナ様がその場に立つことが出来ないかもしれません。今後の妃教育は今までよりも苦しいものとなるでしょう。それでも貴方は妃教育を継続されますか?」
「わたくし、は……」
初めてのお忍びの日、チューリップ畑で言った言葉は幼くとも相応の覚悟があった。この国の民たちが笑顔で過ごせるように、リヴァイの隣にたてるように、ルミナはここまで頑張ってきた。
だが、魔法が使えないという事実はルミナに重くのしかかる。
まだ時間はあるが、使えるようになるという保証はない。
この国のことを考えるのであれば婚約者という立場を辞退し、早々に相応しい人を選定する方がいいだろう。
リヴァイと時期王妃の臣下としてこの国のために尽くすことはできるのだから。
ルミナはそう思いながらも瞳に覚悟をのせ、今度は迷いなく口を開いた。
「継続いたしますわ」
王太子妃という立場を権力のために望みたい訳では無い。ただ、リヴァイがこの国の王として立つのであれば、選ぶ道がどれほど辛くとも諦める訳にはいかなかった。
ルミナは臣下としてではなくリヴァイの隣にいたいのだ。
この気持ちが婚約者だからという理由ではなく、自身の恋心からだということを、ルミナはこの日初めて気づいた。
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