6話 魔力の暴走
夕日が沈みきると、二人はぎこちなくなりながらも動き出し、帰ろうかと小さく呟いた。
今日はずっと手を繋いでいたというのに、先程の反応を思い出してしまうとリヴァイは手を繋げなくなってしまい、すたすたと馬車へ向かう。
ルミナは慌ててリヴァイへ追いつこうと歩き出したが、すぐ後ろで聞いた事のない獣声が聞こえ、固まる。
野生の動物であればいい、と思いながらも後ろから感じる禍々しい気配は動物では無いことを語り、騎士たちも慌ててルミナの元へと向かっている事を見ると、やはり後ろにいるのは魔物なのだろうとルミナはどこか他人事のように考えた。
リヴァイも騎士たちの動きを見て、慌てて振り返り叫ぶ。
「ルミナ!」
名前を呼ばれたことによって、我に返ったルミナは全神経を集中させ、風魔法を展開する。だがルミナが習得していたのは穏やかな風をコントロールするだけの魔法だ。
魔物を一度引き離すことには成功したものの、倒すことまではできない。
この間に誰か大人が来てくれればという願いも虚しく、一瞬の間に魔物は増殖し、騎士たちへと襲いかかる。
それぞれが自身の身を守っているのが精一杯なのだと気づいたルミナは、再び襲いかかろうと立ち上がった魔物を目の前に絶体絶命だとぎゅっと目を瞑る。
食いつかれたら痛いのだろうか、などと考えていたルミナは力強くも暖かい温もりに気づき、恐る恐る目をあける。
目を開けた先に映ったのは真っ白な服だ。
ルミナは自身を抱きしめているのがリヴァイだとすぐに気づき、服をぎゅっと握り込む。
「リ、ヴァイ……」
「殿下!」
ルミナの弱々しい声は騎士の声にかき消され、リヴァイの叱咤が草原に広がる。
「僕は大丈夫だから君達は早く一掃しろ!」
そう言う間にも魔物はまた増えていき、ルミナのエメラルドには、四方八方からリヴァイへと襲いかかろうとしている魔物が映った。
「だ、め……だめぇー!!」
瞬間、ルミナの足元に魔法陣が発動し、魔物も人も関係なく吹き飛ばすそれはルミナが服を握りしめていたはずのリヴァイも同様だ。
誰もが倒れた中でただ一人ルミナは座り込み、周りを見渡す。
人も魔物も、動く気配はない。
「あ……うそ……」
ルミナは力弱く首を振り、涙を流す。
動かなければ、皆がどうなっているのか確認しなければ。脳内ではしっかりと今すべきことが組み立てられているというのにルミナは動くことが出来なく、自身の体を抱き込み、暗くなっていく視界に身を任せた。
真っ黒な世界の中で一つの光が灯り、ルミナは導かれるように歩く。
その先にあったのは扉だった。
なぜ扉があるのか。よく分からないままドアノブに手をかけてみるが扉は開かない。ルミナは困り果て、扉の前で膝を抱えて座り込む。
もしかしたらこの扉は一生開かないのかもしれない。そう考えた時、ルミナを優しく呼ぶ声が聞こえた。
よくよく聞いてみれば呼びかけてくれてる人の声は泣いているようにも聞こえて、ルミナはぼうっとしながらも重たい瞼を開けた。
視界に入ったのは自身のベッドの天蓋だ。
「……?」
夢だったのだろうか、と起き上がろうとして身体に力が入らないことに気づいたルミナは仕方なく顔だけを動かし、今にも泣きそうなアクアマリンの瞳を見つけた。
「ルミナ……」
「リ……」
ルミナはリヴァイの名前を呼ぼうとしたが、喉がからからなことに気づき、顔を顰める。
「よかった……。ルミナは3日寝たままだったんだ。マリアを呼んでくるよ、待ってて」
リヴァイは優しく頭を撫でるとルミナが引き止める前に部屋を出ていき、一人となったルミナは何があったんだっけ、と記憶を辿る。
目をつぶり思い出すのは全員が起き上がらない光景ということにルミナは血の気を引かせたがパタパタと足音が聞こえたため、我に返る。
「お嬢様!良かったです……!果実水をお持ちしましたのでお飲みください」
マリアが用意してくれた果実水をゆっくりと飲みほす間にリヴァイが戻り、ルミナは顔を真っ青にさせた。
「もうしわけ、ございません……」
「え?」
「みんな、みんな私が巻き込んでしまったわ……」
ベッドのシーツを握りしめ、ぽろぽろと涙を零すルミナにリヴァイは慌てて駆け寄りると頭を撫でながらゆっくりと言い聞かせる。
「ルミナ?ルミナが謝ることなんてないんだよ?ルミナのおかげで全員助かったんだから」
「うそよ……」
「嘘じゃないよ、本当」
「皆が倒れたのを覚えているもの……」
「確かにルミナの魔力暴走で全員が1度当てられたけど、無事だよ。全員すぐに目を覚ましたんだ。ルミナは魔力が枯渇して3日間寝てたんだよ」
「……本当?」
「本当だよ。皆ルミナに感謝してるよ」
ルミナは探るようにリヴァイの瞳を伺うが、安心するように微笑まれ嘘かどうかはわからなかった。
「妃教育や魔法の勉強に関しては1週間休みにしているからルミナは安心して休んで、早く元気になって。僕も毎日くるから」
「……」
「目覚めたばかりでまだ体が辛いでしょう?今日は帰るからもう一度寝た方がいいよ」
「うん……」
「おやすみ、ルミナ」
リヴァイが去っていくとルミナはシーツに顔を埋め、あの日を思い出す。自身が引き起こした魔法の威力も光景も鮮明に覚えているため、全員が無事で、すぐに目を覚ましたということがルミナはどうしても信じられない。
「ねぇ、マリア。本当に全員無事なの……?」
「本当ですよ。私もあの場にいましたが怪我なんてないでしょう?殿下も怪我などされていませんよ」
「そうね……」
確か二人とも怪我はなかったがポーションや回復魔法を使えば何も無かったことに出来てしまうのだから怪我があるかどうかで判断する気にはならなかった。
「マリア、リヴァイにお見舞いは不要ということをお伝えしてもらえる?」
「負担になる、と考えなのであればそのようなことは無いかと思いますが……」
「違うの、今は私が会いたくないのよ」
マリアはルミナの侍女だ。どんなにリヴァイがルミナのことを大切にしているか、心配しているかを理解していても優先するのはルミナの気持ちである。
「かしこまりました。お伝えいたします。ですがお嬢様、魔力の暴走は誰もが一度は通るものです。あまりお気になさらないでくださいね」
「ええ、ありがとう」
「本日はもうお休みくださいませ。身体が元気にならなければ気持ちも塞いでしまうものですよ」
幼子に言い聞かせるように言われてしまったルミナは力弱く笑い、もう一度目を閉じた。
ルミナが目覚めた次の日、自身の執務室にてリヴァイはユテータス家からの手紙を受け取っていた。
「リヴァイ、僕たちしかいないからってあからさまに不機嫌になるのやめてくれる?」
「そうかシリウス、君は第一王子として対応した方がいいんだね、今後はぜひそうさせてもらうよ」
にっこりと王子としての笑顔を張りつけ、幼馴染でもありながら側近でもあるシリウス・アンバートにリヴァイが答えるとシリウスは頬をひきつらせた。
「いや、その笑顔の方が怖い……」
「ご令嬢たちからはこの笑顔人気なのにな」
「騙されてる……」
「なんでもいい、それで進捗は?」
「順調だよ」
「そうか。せっかくクリスが16歳になるまでどうなるか見ていようと思っていたというのに、大人達は気が短いな」
北の森の近くにある平野とはいえ、過去10年間魔物が出なかったところに偶然、第一王子と婚約者が訪れた日に魔物が現れるなど、あまりにも出来すぎている。
リヴァイは口元を釣りあげ、バカな奴らだと吐き捨てた。
4日後。ここ数年間で名を挙げていた伯爵家は横領や、違法薬物を市民へ販売していた者として捕まった。
ルミナが勉強のため王城へ登城する日までに、後処理まで済ますことが出来たため、リヴァイは上機嫌だったがその日珍しく執務室へ現れたゴートンによって、機嫌は急降下した。
「公爵、もう一度言ってくれるか」
リヴァイは動揺を悟られないよう、平坦な声で問いかける。
「ルミナはしばらく登城せずに我が公爵家で勉強をしたいと希望しています。また、精神負担の影響かと思いますが魔法を使うことが出来なくなりました」
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