3話 初めてのお忍び
普段ルミナが利用している馬車よりも一回り小さい馬車をみて、ルミナは物珍しげに観察していたものの、馬車が動き出し、城下街へと近づくと楽しみという気持ちが湧き上がった。
エメラルドの瞳がキラキラ光っているのをみてリヴァイの顔は自然と緩む。
「ルミナは城下街に行くこと自体が初めて?」
「そうですわね、普段は馬車で通るだけですわ」
「そっか!じゃあ今日は思いっきり楽しもう!後、その言葉遣いだと目立ってしまうからもっと砕けて!初めて会った時くらいの話し方でいいよ」
「わ、わかったわ」
5歳の頃には当たり前だった言葉も日々淑女となるべく教育されているルミナからすれば、変更するのは中々難しいところであるがお忍びのためには必要なことだと理解し手をぎゅっと握り込む。
握りしめた手に気づいたリヴァイは自身の手を重ね、そんなに意気込まなくても大丈夫とまた笑った。
初めて降り立った城下街はどこを見ても人で溢れ、活気づき、見たことがなかった光景にルミナはキョロキョロと顔を動かす。
「ルミナ、手を繋ごう。はぐれたら困る」
ルミナはそんなに子供じゃないと反論したくなったが右も左もわからない所ということもあり、大人しく手を繋ぎ、二人は歩き出した。
リヴァイが初めに向かったのは小さな魔法具店。
魔法具とひとくちに言っても多くあり、城下街にも数店舗あるのだがその中でもリヴァイが一番気に入ってるお店だ。
カランとベルの音をたてて入った店内は昼間だと言うのにどこか暗く、ルミナは踏みとどまる。
「ルミナ、大丈夫。上を見て」
「上?うわぁ……!綺麗!」
言われたままに上を見上げれば天井には今までに見た事がない星空が浮かんでいた。
このお店はその日によって天井の景色が変わる。
ある時は星空、ある時は夕空、たまに架空の生物と言われているドラゴンが空を飛ぶような姿が映し出されていたりもする。
これも魔法具ではあるのだが非売品となっており、この光景を楽しめるのはこのお店だけ。
「やぁ、いらっしゃい。また来たんだね」
「今日は彼女にここを紹介したくて」
「どうぞゆっくり楽しんで。商品をしっかり見たい時は言ってください」
「うん、ありがとう」
リヴァイは城下街にくるたび、このお店に訪れているため店主とは顔見知りである。
気安いやり取りが行われる中、ルミナは既に手を外し、店内に並べられている商品に釘付けである。
ルミナが今まで魔法具で見たことがあるのは保護魔法を付加できる宝飾品ばかりだったがこのお店に並んでいるのは名前をつけると動き出すぬいぐるみや、色を自在に変えれる羽ペンなどと見たことがないものばかりだ。
「リヴァイ、私ずっとここにいられるわ」
「言うと思った。僕も初めて来た時そう思ったよ」
ルミナは大真面目に言ったのだがリヴァイはくすくすと笑い、他にも行きたいところがあるからまた来ようと諭され渋々外へと出る。
城下街に並ぶ露店、チョコレート専門店。
リヴァイがルミナを連れていくところはどこでもルミナを楽しませ、あっという間に時間が過ぎる。
「ルミナ、歩き疲れてない?」
「そろそろ、休みたいかも……」
「じゃあルミナが好きそうな所があるんだ!行こう!」
リヴァイが連れてきたお店は白と赤で統一され中は女性ばかりだった。リヴァイはもともと美丈夫のため視線を集めるが女性ばかりの中に男性一人ということもあってなおさら注目されている。
視線を痛いほど感じたルミナは居心地が悪く小声でリヴァイに問いかける。
「ここ、以前にも来たことあるの?」
「僕は初めてだよ。でも人気らしくてマリアに聞いたんだ 」
「マリアに?」
「ルミナに喜んで欲しいもん」
ふにゃりと笑うリヴァイに周りの女性たちは悶絶したがルミナにとっては日常のためありがとうと伝え、パンケーキが運ばれるのを今か今かとまった。
「かわいい!」
注文したパンケーキが運ばれた際の第一声がそれだった。
パンケーキは様々な花で彩られ、今までに見た事がないものだった。
「花に味が付いていて全部食べられるんだって。隣国のセレンティア王国で今流行りらしいんだけど僕の家でも作れないんだ」
リヴァイの家となると王城となり、一流の料理人ばかりが集う場所である。その場でも作れないものと聞いてルミナはますます食べるのが楽しみとなったがはたと気づいた。
ルミナはまだいいとしてもリヴァイは王子である。
毒見が必要なのではと気づいたルミナは慌てて周りを見渡す。
「ルミナ、大丈夫。このまま食べよう」
「え、でも……」
「今日は魔法師団長からプレゼントを貰っているから」
その一言でルミナは理解した。
魔法師団長はクリスには劣るものの現在のこの国で二番目に強い魔力の持ち主で、使用出来る魔法も多い。
数多くある魔法の中に毒を摂取しても解毒する魔法がある。普段であれば王族が参加する夜会などに王族のみが適用される魔法だが今日はその魔法を使っているということだ。
リヴァイの言葉で安心したルミナは早速パンケーキへと口をつけ、甘いチョコやバニラの味をもつ花を楽しむ。
「ルミナ、その花僕も食べてみたい。ちょうだい」
そう言うとリヴァイはぱくりと口を開ける。
マナーとしては一発で怒られる行動にルミナは戸惑ったが、いつまでもリヴァイを待たせる訳にも行かずフォークの上に咲く小さな花をリヴァイの口へ運び、食べられるのを待った。
「ん、美味しいね」
「ね!色んな味があって楽しいわ」
それからも二人は気になる花を交換しあい、笑顔で微笑みあっていた。
その光景に甘さを感じていたのは本人たちではなく周りにいた客人と今日の護衛を任されている侍女である。
初めての食べ物を堪能し二人はカフェをでて、ひっそりと付き添っていた騎士に時間を聞く。
「そろそろ帰らないとダメかしら」
「そうだね、最後に取っておきの場所があるんだ。一緒に来てくれる?」
「もちろん!」
ルミナが笑顔で答えるとリヴァイは手を引きながら、城下街から離れる。
「リヴァイ、どこ行くの?」
「着くまで秘密、安心して魔物が出てくる北の森までは行かないから」
城下街を離れれば、人は減っていき並ぶのは民家ばかりだ。
ルミナは不安を覚えながらもリヴァイへと着いていく。
「ここだよ」
着いたのは一面にチューリップが植えられている花畑だった。
「わぁ……!」
「ルミナ、あそこのガゼボに行こう」
リヴァイが指を指したガゼボは坂の上にあったがルミナは迷うことなくこくりと頷き、リヴァイにエスコートされながら坂を上る。
たどり着いたガゼボではチューリップが綺麗に並んでいるのが見渡せた。
「凄い……こんな場所があったんだ……」
「見つけたのは偶然なんだけどね、夕日が綺麗なんだ。それを見たら帰ろう?」
「うん!リヴァイ今日は連れてきてくれてありがとう!」
リヴァイは椅子へと座るよう勧めたがルミナはたったまま眺めていたいと座るのを断り、今日のことを思い返す。
初めての場所でこんなにも楽しめたのはリヴァイがいたからというのはもちろんなのだが行く先々の場所で優しい笑顔に出迎えられたからこそだと移り変わる空を眺めながら思った。
「ねぇ、リヴァイ」
「うん?」
「私、この国が好きよ。とても好き。国は民がいてこそって何度も教わっていたけど、ちゃんと分かってなかったみたい。私はこの国の人達に笑顔で過ごしてほしい。だから、ね」
ルミナはゆっくりと振り返り、意思の強いエメラルドの瞳がリヴァイを見つめる。
夕日に照らされたルミナのの髪はキラキラと光をまとい、やわらかなワンピースが風に舞う。
リヴァイはその姿に息を飲んだ。
「リヴァイが王としてこの国を導いていくのを私にも手伝わせてね」
風によって乱れたバターブロンドの髪を軽く整えるとルミナはふわりと笑い、もう一度口を開いた。
「リヴァイの隣にいたいの」
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