1話 幼い2人の日常

 肩まであるさらさらのバターブロンド髪をはばたかせ、少女は王城の回廊をぱたぱたと走り、視界に自身の髪より薄い金色、プラチナブロンドが視界に入るとその人物に飛びつく。

 

「わっ」

 

 ルミナを追いかけてきたメイドのマリアはお嬢様! と慌てたがリヴァイは慣れたものでルミナをしっかりと抱きとめ、同じ高さにあるエメラルド色の瞳を覗き込む。

 

「おはよう、ルミナ。今日もげんきだね」

「おはよう! リヴァイ!」

 

 ぎゅうっと抱きついたルミナだったがマリアの手で引き剥がされ、ルミナは頬をふくらませる。

 

 まだ五歳の二人、さらには婚約者同士でもあるのだから抱きつくことは特に問題ないのだが、この距離感が普通と感じられても困るため、マリアは心を鬼にして引き剥がした。

 

「お嬢様、本日は淑女として過ごすと言っておりませんでしたか?」

「あ、そうだった!」

「ルミナも勉強が始まったの?」

「うん! リヴァイといっしょにいるためにはお勉強いっぱいしないといけないんだって! だからね! 見て見て!」

 

 マリアと向き合っていたルミナはくるりと振り返ると淡く微笑み、空気を変える。

 

「リヴァイ殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 そう言いながらルミナはドレスのスカートを摘みカーテシーをした。カーテシーは貴族として生きていくために必ず必要な所作であり、第一印象を左右する所作でもある。

 

 幼いと言っても公爵家令嬢。

 

 ルミナは勉強が始まる前から母にカーテシーを教わり、初めての顔合わせの時にもカーテシーはしていたし、その後も何度かルミナのカーテシーをリヴァイが見ることはあった。

 

 だが目の前で行われたカーテシーは今までと明らかに違うものだった。


 しっかりとした家庭教師から教わり、何度も繰り返したカーテシーはふわりと揺らぐスカートに揃えられた手、頭の角度。


 全てが洗練されており、リヴァイはぼうっと見惚れた。

 

「……リヴァイ?」

 

 しんっとした空気にいたたまれなくなり、ルミナがリヴァイの名を呼ぶとリヴァイは我に返った。

 

「え、あっ、すごくきれいなカーテシーだったよルミナ」

「ほんとう!? うれしい! これからも頑張るわ」

 

 満面の笑みで喜ぶルミナにリヴァイは焦りを感じた。

 このままでは置いてかれるかもしれない、と。

 既に5歳で学ぶ教育を終え6歳の勉強へと入っているリヴァイだが、何故か自身が負けてるような感覚に陥り、アクアマリン色の瞳に闘志を燃やす。

 

「それではお手をどうぞ」

 

 まずは自身も立派な紳士になろうとこの日初めて、リヴァイはルミナをエスコートするために手を差し出し、その光景を護衛に着いていた騎士や侍女たちは温かく見守った。

 

 お茶会の席が用意されていた庭園につくとルミナは花に近づき、香りを満喫する。

 

「ルミナは花が好きだよね」

「うん! だいすき! 星もすきよ!」

 

 先程までの大人びた行動が消え去り、瞳をキラキラさせながら好きなものを語るご機嫌なお姫様に、リヴァイはクスクスと笑いながら椅子を引き、ルミナが座ると二人のお茶会が始まった。

 

 このお茶会は婚約者の仲を深めるためにと毎週行われているものだ。

 

 初めはリヴァイが好きなものばかり並んでいたテーブルは現在ルミナが好きなものの方が増えている。 

 

 チョコレートにマカロンと甘いスイーツを小さな頬で堪能したルミナはリヴァイをじっと見つめ、その視線に気づいたリヴァイがどうしたの? と首を傾げる。

 

「リヴァイはもう、まほうを使えるの?」

「少しならね」

「いいなぁー……」

 

 勉強が始まると聞いたルミナは魔法を使えるようになる! と家庭教師が来る日を心待ちにしていたのだが、魔法を使えるのは王族を除いて10歳からだということを教えられ、不貞腐れていた。

 

 魔力は生まれながらに持っているものだが魔法を使うためには理論と魔法陣を覚えることが必要であり、しっかりとコントロールをしなければ暴走を起こし、周りに被害を与えてしまうためフルール国では基本的に10歳の年齢を超えなければ使用を許可されていない。

 

 王族のみが特例なのは幼い頃から命を狙われることが多いため、5歳になると自身を守るために教えられるからだ。

 

「あと5年もまほうが使えないなんて……」

「ルミナは勉強したらすぐに使えるようになるから大丈夫」

 

 ぷくうっと頬をふくらませたルミナを面白く感じながら、リヴァイはルミナの頭を優しく撫でた。


 撫でる手の温かさと優しさにルミナは頬を緩ませ、本当?と確認する。そんなルミナにリヴァイはもちろんと柔らかい笑みを向けた。

 

 婚約者と言うよりは兄妹という言葉の方がぴったりな二人の光景に、周りの者たちは自然と癒された。


「だから魔法のまえにりっぱな紳士と淑女になろうね」

「うん! がんばるわ!」


 まだまだ幼く、何もかもが足りていない二人。

 だが足並みだけはぴったりと合わさっており、数年後が楽しみだとこの場にいる誰もが思うのであった。

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