第3話 無気力エルフと古の村


 「私の名前は、ラピスラズリ。ラピスラズリ=エンデル。」

私の名前を聞いた少女は驚いた顔をした。普通の自己紹介だった気がするが、何か不味かっただろうか。何か不快感を与えてしまっているのかもしれないと反省する。と、思いがけないことを言われた。

「お姉ちゃんさんは、お貴族の人…方ですか?」

…何か誤解をさせてしまったらしい。変な言葉使いをさせてしまった。まず、私は里長の娘だが、爵位は持ち合わせていない。それどころか、娘という責務すらまともに果たせていない…。少し鬱々としてきそうだが、今は考えないことにした。

「私は貴族じゃないよ。人間社会じゃ、確か苗字を持つことが珍しいのでしょう。安心して、私は貴族じゃないよ。だからそんなに気負う必要はないよ。」

私は少し罪悪感を持ちながらも少女に弁明した。私は気になったので少女に名前を聞いた。

「私の名前は、ミナ。お姉ちゃん。これからよろしくね!」

ミナは私に名前を教える。初対面の印象は最悪だったがなんとかなったのだろうか。私はどうやらマイナス思考に考えがいってしまう癖があるらしく、このように初対面から関係がスタートするこの世界会話において最弱の部類にいるのだ。どうすればこの癖を治せるのだろうか…。


〜その頃の父〜


「…ああ、なんてことだ。あんなに何もできない無気力な私の娘に向かって、なんてことを言ってしまったんだ。あの子は優しい子だから私の苦渋の決断に対して何も言い返さずに里を出ていってしまった。どうすれば〜〜!!!。」

父は父で悩んでいた。

 私は無意識に里長として接していたのかもしれない。里にとって有害なものとして勝手に認識してしまっていた。

ラピスは私とミアの大事な大事な一人娘だ。ミアの分身といってもいい。

艶やかな唇に、血色の良い肌。大きくて穏やかな目をしていて、髪は腰にまで伸びている。あんなに無気力なのに髪だけは一人前に解かしている。

 絶世の美少女。それが里の噂。

いつも家に居るので里の民はその噂を聞きつけてこっそりラピスを見ようとする。

ラピスは1日に一度だけ、習慣的に外の母の墓に行き、手を合わせる。一度も会ったことがないのにだ。知らない、思い入れのない人にここまでのことができる人はそうそう滅多にいないと思う。これが気まぐれなら、誰しもやったことがあるだろう。しかし、彼女は生まれて、言葉が話せるようになった頃から…195年ほど前から毎日だ。

この子は素晴らしい心の持ち主だと思った。

その時に運良く見れた若者が、また他の人に噂を伝番していき、噂はこの里の常識となった。

そして、縁談の話もよく吹っ掛けられた。

だが私の一存で断り続けた。大きくなりすぎた期待にあの子が添えるのか、とか、噂を聞いていないラピスを不快にしてはしまわないだろうか、とか。独りよがりにラピスを心配して…私はあの子のことを何もわかっていなかった。

「シルビ。ラピスを見つけ出せ。」

「はっ」

私の執事のシルビは偵察魔法の使い手だ。そして穏便も持ち合わせている。私の数少ない腹心だ。里長。それは表立っての形、本当は…

「リグレア・グランド=エルデル殿下の御心のままに。」

 私は500年前に滅んだエルフの大国家、リグレア公国の最後の王だった。そしてリグレア公国の復活を切に願う者だ。


ーー私は、幼い頃から人との共存を望んできた。そのために色々なことをしたし、頑張って来た。

だが現実とは非情で、残酷だ。私は意味のわからない事を口実に、人間の国家に戦争を吹っ掛けられた。

最初は私たちから攻撃をすることはなかった。しかしそのうち被害が相当数になり、攻撃に打って出た。

それは簡単なようで、私の中ではとても難しいことだった。この決定は、私の今までの人生を真っ向から否定するには十分すぎる事であり、この選択は苦渋の決断だった。

後から知ったが、私たちの国、リグレア公国を滅亡まで追いやったのは、シン帝国、アウス連邦国、そして神聖フリーデン王国だった。その国たちは、お互いに亜人種差別化条約という今では考えられないような条約を結び、お互いに物資を分け合ったらしい。

そして、その目的は、この広大な土地と、魔導書庫、そしてエルフの奴隷だという。ふざけた話だ。私たちはモノではない。人だ。

そうやって激化した戦争は収束を迎える。総勢3万名を抱える我が軍の精鋭部隊、その隊長エルガが謀反を起こした。

我が軍は総勢6万。そのうち半分を失ったのだ。しかも精鋭部隊。

私は国を譲ることでしか民を守れなかった。

いや、民すらほとんど守れていない。国家解体後、各地に散らばった同胞を探す旅をして、皆をこの里に連れて帰った。

私は身分がバレないようにした。

怖かったのだろう。不甲斐ない自分の前世王時代を知られるのが。

そして私はそのうちの運命の相手と言えるミア、と出会った。

そこからは、里の立て直しや経済面などで時間をかけていた。ミアの持病が悪化していることも知らずに。

私が気づいた時にはもう既に、歩くことができなくなっていた。

私のせいでこうなったのだと、責任をすべて追い、その上でミアの世話を全てした。

そしてミアが旅立つその3日前に彼女は生まれた。彼女ミアは私を一人にしないために、最後の力を振り絞って、産んでくれたんだ。ああ、もっと大切にするべきだったな。私の可愛い可愛い、娘を。

私の後悔は、大きく、影を落とした。

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