第2話 オウトウセヨ シンリョク

 この街――宵街は太陽があまり高く昇らない。

 蒼空から差し込む光、西の海岸から吹く塩気のある風。中天前の涼し気な中を、荷物を抱えて屋根から屋根へ、壁から壁へ飛び移り、駆けていく。それが俺『ハチ』の運び屋〈トランスポーター〉としての仕事だ。


 ささやかとはいえ、魔法も機械もある街だが、街の住人すべてが、それらを駆使できるわけではない。だから俺たちのような様々な仕事が重宝されている、という訳だ。

「こんちわー、白狼運送〈シリウストランスポーター〉ですー」

 目的地は街の中央通りから、少し路地を入った所にある白い壁が特徴的な建物。到着し、声をかけつつ玄関のドアをノックをする。

 はーい、と柔らかな返事が中から聞こえ、カラランと軽やかなドアベルと共に玄関が開かれた。

「あらあら、今日はハチくんだったのね」

 ドアを開けたのは壮年の女性だった。短くふわりと整えられたグレイヘアーに、丸眼鏡、そして白衣を纏った彼女は、この街で唯一の医者である。

「ご無沙汰してます、トキさん。んじゃ、これが今回の荷物っすね」

 玄関で小包を渡す。見知った相手には口調が崩れがちだが、そこはまぁ、ご愛嬌ということで。

「ありがとうねぇ、諸々在庫の薬が切れてたからちょうど良かったわ。ついでに寄って行きますか? ちょうど患者さんが帰られた所なんですよ」

「あー…… すいません、今日はまだもう一件あって」

 ご好意を無下にするようで申し訳ないが、次の一件はトキさんの家兼診療所のあるとは反対方向にあるため急がなくては。

 そんな事を思いつつ、穏やかな会話をしているとチリリ、と耳元のピアスから音が鳴った。応答せよ、と言わんばかりにチリリチリリと鳴る。

「あ、ちょっとすいません……」

 そう言いつつトキさんに背を向け、玄関から数歩遠ざかってピアスに触れる。

『アーアー。応答セヨ応答セヨ、応答されたし深緑殿〜?』

「なんだよ、今仕事中なんだけど」

 良く知っている相手からの声が耳に届いた。このピアス、実はこの街に数個しかない特注品。音に関する魔法がかけられている魔法製のインカム、といったところの物だ。会話もできるし、拾う音、周波数を弄ることでラジオも聞ける。

「え、ストレンジャー? 今? 家で? おいおい、なんのじょうだ……マジ?」

 通話相手から買ってきてほしいモノやら持ってきてほしいモノがある様で、それらを常備しているメモに取る。

「OK、とりあえずわからんけどわかった。今日はあと一件だから、終わったらでいいか?」と、返事をして通話相手が了承したのを聞き届けてから通話を終了する。

「あらあら、ソレで連絡を寄越すのはクマちゃんね」

「あ、すいません……話の途中に」

「いいのよ全然。若人たちの邪魔するのは良くないわ〜」

 とニコニコしているトキさんだったが、途中で何か思い出したように「そうだ、ちょっと待ってて」と部屋に戻っていく。

「はいこれ、クマちゃんにいつものヤツと……こっちはオ・マ・ケ」

 戻ってきたトキさんの手には口のおられた白い紙袋と、小さめのピクニックバスケットがあった。

「やった、サンドイッチだ」

 そっと蓋を開けると、丁寧にラップとペーパーで包まれたサンドイッチが、鮮やかな断面で中から顔を出した。

「ちょうど作りすぎちゃったのよ。お昼にでもしてちょうだい」

 俺はお礼を言いつつ、背負っていたバッグに潰さぬよう、紙袋とバスケットを詰める。

「トキさん、病気診れるだけじゃなくて、料理も出来るからすげーっす」

「褒めても、もう何も出ないわよ〜?」

 そう言ってお互い笑った。

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