コンテスト用ダイジェスト
旅の途中・中間地点
「ねえねえ! 街で聞いたんだけど、この街にサーカスが来てるんだって!」
「サーカス?」
きらきらとした目で身を乗り出すハルに、ゼノンは胡乱げな声を上げた。
旅の途中。立ち寄ったモルミスの街は、随分と賑わっていた。祭りでもやっているのかと思っていたが、どうやらサーカスの一団が来ている影響らしい。
「サーカスったって、ハルは軽業の類は自分でできるじゃないか。人の見て楽しいか?」
「人を楽しませる技と実戦用の技なんか、全然違うよ! それにサーカスには動物とか、変わった見世物とかあるしさ~。楽しいよ!」
はしゃいだ様子を見せるハルと対照的に眉をひそめるゼノンを、ゴードンが意外そうに見比べる。
「ゼノンは祭りの類は好きだと思っていたんだがな。サーカスは苦手なのか?」
「祭りは好きだよ。人が楽しそうにしているのを見るのは好きだしな。けどサーカスは……真っ当なところばかりじゃないから」
顔を歪めたゼノンに、何かを察したのだろう。ゴードンはハルの肩を叩いた。
「そうか、まぁ好みはあるよな。よし、俺と二人で見に行くか!」
「二人? ミリアは?」
「ミリアは魔具を見に行きたいって言ってただろ。ゼノンと行ってきたらどうだ?」
「え? あ、そっそうね!」
心なしか焦ったような顔で、ミリアが窺うようにゼノンを見た。
その表情を疑問に思うこともなく、ゼノンはあっさりと頷く。
「荷物持ちか? 構わないぞ」
ぱっとミリアの顔が輝く。だが。
「エレンも行くか?」
悪気なく話を振ったゼノンに、ゴードンが頭を押さえた。
ミリアは何かを訴えるようにエレンを睨みつけている。
「いや。私は街の地形を見てくる」
「そうか?」
ミリアがほっとしたように息を吐いた。
それを目の端で捉えて、エレンがそっと目を伏せる。
一行はそれぞれ宿の前で別れ、別行動を取った。
*~*~*
賑やかな街中を、人の間を縫うようにしてエレンは一人歩く。目的もなく彷徨っているように見えるが、神経を張り巡らせ、異変があればすぐに対応できるようにしている。
街の地形をきちんと把握しておかなけければ、有事の際の行動に支障が出る。どこに何があるか。人の流れはどうなっているか。そういったものを、つぶさに観察している。目線から不審がられないように、エレンはローブのフードを深く被っていた。それはそれで不審人物のようではある。
そう、不審人物にしか見えない。全身にローブを纏い、フードを目深に被っていて男なのか女なのかもわからない。表情も窺い知れない。
だというのに。
「――――?」
くん、とローブの裾を何かに引かれたエレンは、立ち止まって目線を落とした。
植木にでも引っかかったのかと思いきや、目線の先には小さな子どもがいた。
その小さな手が白くなるほどの強い力で、エレンのローブを握りしめている。
「――何か用か」
およそ子どもに問いかけるのには相応しくない声色で、エレンが問う。
屈んで目線を合わせることもしない大人相手に、それでも子どもは手を離さなかった。
エレンの目が、ついと細められた。
*~*~*
「ゼノン。ゼノンってば!」
「……ん? ああ、なんだ?」
「なんだじゃないわよ、もう。ぼうっとしちゃって」
「悪い」
苦笑したゼノンに、ミリアは頬を膨らませた。
ミリアも素直とは言い難いが、感情はよく顔に出る方だ。
彼女もこうであったなら、もう少し分かり合えるのに。
今この場にはいない無表情が、ゼノンの脳裏に過ぎった。
「いい魔具があって良かったな」
「そうね。前の街はイマイチだったけど、ここは種類が豊富で良かったわ」
「サーカスのおかげか、行商人もだいぶ来てるな。せっかくだし、他にも色々見ていくか?」
「いいの?」
「荷物持ちなんだろ? ついでだから、買い物はなるべく済ませておけよ」
さっき拗ねたのが嘘のように、ミリアは頬を染めて喜んだ。
女は買い物が好きだな、とゼノンは苦笑した。
彼はあまり色恋沙汰に聡い方ではなかった。
「――――……」
「ゼノン?」
色恋沙汰には疎いが、争いごとには聡い。
自分に向けられたものではないが、殺気を感じ取ってゼノンは足を止めた。
「ミリア、悪い。ここで待っててくれ」
「え? ちょっと、どうしたのよ」
「何かあったみたいだから、見てくる。暫く戻らなかったら、先に宿に帰っててくれ」
「ちょっと、ゼノン!」
荷物をミリアに渡し、ゼノンは路地裏へ駆け出す。
少し行けば、すぐに男たちの怒声が聞こえた。そして複数の足音。ばたばと乱暴な足音に混ざって、軽い音がある。
――誰か、追われている?
足音の軽さから察するに、女性か子ども。ゼノンは視線を鋭くした。
角から人が飛び出してくる気配に、剣に手をかけながらゼノンは身構えた。
「……っ!」
「え……っ、エレン!?」
角から飛び出して来たのはエレンだった。
息を切らせている彼女は、何かを背負っていた。
ローブで包まれたそれは、よく見ると子どもの形をしていた。
事情を尋ねたかったが、すぐそこに足音が迫っている。
「詳しい話は後だ。追われてるのか?」
「ああ」
「倒していい相手か?」
「問題ない」
「わかった!」
短い問答だけ交わして、ゼノンは足音の方へ駆け出した。
「な、なんだお前……っ、ぐわあ!」
「は? おい、どっから、がはっ!」
「てめぇ! ごふっ」
エレンたちを追っていたのは、三人の男だった。念のため殺すことはせず、昏倒させて縛り上げる。
「俺がやったの以外無傷だな。自分の身は守れるって言ってたけど、エレンは反撃しなかったのか?」
「人間相手に戦闘行為は避けたい。万が一のことがあっては困る」
エレンが回復や防衛しか行わないのは役割を忠実に演じているだけであって、本人の能力は非常に高いとのことだった。自分の身も守れるというから、エレンが一人で行動することを別段気にしていなかった。
てっきり戦闘も問題ないのだとばかり思っていたが、確かに命は奪えないという話も聞いている。単独では人間を相手にできないのだとしたら、今後は一人で行動させることを控えた方が良いのかもしれない、とゼノンは考えを改めた。
「それで? なんだったんだこいつら?」
「彼らはサーカスの人間だ。追われていたのは私ではない。この子だ」
エレンの陰からおずおずと姿を現した小さな子どもは、怯えた目でゼノンを見上げた。
そんな様子に気づいているのかいないのか、エレンが子どもに被せていたローブを取った。
現れた子どもの顔には、ところどころ鱗のようなものがあった。そして裸足の足はとても人間のものとは思えず、爬虫類のような形をしており、長い爪が生えていた。
「その子は……魚人族、か?」
「ハーフだそうだ」
「なんでこんなところに……」
ゼノンの視線から逃れるように、子どもはエレンの後ろに隠れた。
魚人族は数が激減していて、閉鎖的な集落で暮らしている。人のいるところには滅多に出てこない。それが、こんな人の多い街に、子ども一人で。
「サーカスの見世物として捕まっていたらしい。偶然檻の鍵が外れて、逃げ出して来たそうだ」
「そうか……」
ゼノンは眉間に皺を寄せて、手を握りしめた。
だからサーカスは好きではない。人を楽しませるために習得した技術を披露するのはいい。しかし、サーカスの中には、見世物小屋としての側面を持っているものがある。
あんなもの。自分たちの技術では、人を楽しませられないと公言しているようなものなのに。
「怖かったな」
屈み込んで目線を合わせ、ゼノンは子どもに微笑んだ。
子どもはみるみる目に涙を溜めて、泣きながらゼノンの胸に飛び込んだ。
ゼノンはその小さな体を抱き締めて、宥めながら頭を撫でてやる。
それを見下ろすエレンは、心なしかほっとしているように見えた。
ここまでこの子どもを守ったのはエレンのはずだが、無表情な彼女相手に甘えることはできなかったのだろう。だというのに、よくここまで付いてきたものだ。
そこまで考えて、ふとゼノンは疑問に思った。
エレンは子どもを背負っていた。つまり彼女は強制されたのではなく、自発的に子どもを追手から守っていたのだ。
何故。
「この子どもは……世界の運命とやらに、関係あるのか?」
「……? ない」
「ならどうして、助けたんだ?」
「助けを求められたから」
「この子を助けることは、運命に介入することにはならないのか」
「今、ゼノンが助けている。私が関わらなくても助かった」
「俺が手を貸したのは、エレンがこの子を助けたからだ。俺が来るとわかっていて助けたんじゃないだろう」
ゼノンの言葉に、エレンは考え込んでいた。
自分の行動に、合理的な理由を探しているのだろう。
すぐに出てこないということは、その理由は見つかったとしても後付けた。
エレンは、子ども助けたいと思って助けたのだ。自らの意志によって。
感情が無いのだと思っていた。人間とは違う生き物なのだと。
そうではない。やはり彼女は人間で、殺したはずの感情は、彼女の中に確かにある。
それがわかった時。ゼノンの目には、エレンの姿が鮮やかに映った。
「とりあえず、この子はミリアに預けておこう。俺はサーカスの方に行く。エレンも来てもらえるか」
「わかった」
ゼノンがミリアと別れた場所に行くと、だいぶ時間は経っていたが、ミリアはまだそこで待っていた。
ゼノンが簡潔に事情を説明すると、ミリアは頭を抱えた。
「厄介なことに首をつっこんだわね……。まぁいいわ。私もこういうことは気分が悪いもの。この子は責任を持って預かっておくから、安心して」
子どもの目線に合わせて屈んだミリアは優しく微笑むと、子どもに向かって杖を振った。
「ちょっとごめんね」
ミリアが魔法をかけると、子どもの姿が普通の人間の子どもと変わらない見目になった。
エレンが目を瞬かせると、ゼノンが子どもにも聞こえるように説明を加える。
「ミリアは幻影魔法が使えるんだ。体そのものが変化したんじゃなく、人の目には違う姿に見える。これなら他のサーカスの人間にも見つからないし、安全だろう」
「長くはもたないけどね。それじゃ、私はこの子と宿で待機してるわ。サーカスの方にはハルとゴードンもいるし、大丈夫でしょう」
「ああ。よろしく頼む」
「任せて」
ゼノンに返事をした後、ミリアは複雑な表情でエレンを見た。
「あなたにも、子どもを助けるような正義感があったのね。見直したわ」
「正義感では」
「いいから! 人が褒めてるんだから、素直に受け取っておきなさい!」
ふん、と鼻を鳴らして、ミリアは子どもの手を引きながら宿の方へ去っていった。
「素直じゃないのはどっちなんだか」
苦笑するゼノンに、エレンが首を傾げる。
ミリアの真意をエレンに汲み取れというのは無理だろう。
けれどエレンはエレンで、ミリアの天邪鬼に反発することもないから、これはこれでうまくいっているのかもしれない。
「さて、サーカスの方に行くか」
頷いたエレンと共に、ゼノンは厳しい顔でサーカスの興行地へと急いだ。
*~*~*
「あっ、ゼノン! エレン! どうしたの?」
「………………」
サーカスの興行地へ辿り着いたゼノンは、絶句していた。
テントは半壊しており、周囲は大騒ぎで、観客のほとんどは避難している。
その中心地には、あっけらかんと武器を握るハルと、頭を抱えたゴードンがいた。
「これは……いったい、何が?」
「聞いてよゼノン! こいつらひどいんだよ!」
身を乗り出して力説するハル曰く。
ショーに出てきた動物の様子がおかしいため、訝しんだハルがサーカスの舞台裏に潜入した。そこで、動物に危険な薬物を用いて、無理やり芸をさせていたことが判明した。
動物好きなハルはこれに激怒し、暴れ回ったのだという。
「使われていた薬は国で禁じられているものだったし、興行主には人身売買の疑いもあるらしい。憲兵も来ているから、じきに騒ぎは収まるだろう」
「そうか……」
冷静なゴードンの説明に、ゼノンは深く息を吐いた。どうやら自分の出番はなさそうだ。
「良かったなエレン。これなら、あの子も故郷に帰してもらえそうだ」
「……そうか」
ほっとしたように零したエレンが、小さく微笑んだように見えて。
ゼノンは、エレンから目が離せなかった。
この時胸に湧いた感情を、何と呼ぼう。
運命は、ゆっくりとその歯車を回し出した。
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