第2話 調律者のエレン

 メルドル王国を出て、勇者一行は隣国へ向かう馬車に乗っていた。

 ほろの中で車座くるまざになった皆を見渡して、ゼノンが手を叩いた。


「エレンは俺たちのことをよく知らないからな。改めて、自己紹介をしよう。俺はゼノン。このパーティーのリーダーだ。王は勇者なんて呼んでたが、ま、あれは便宜上みたいなもんでさ。魔王に挑むパーティーのリーダーがそう呼ばれてるってだけ。まだ何も成し遂げちゃいないんだから変な感じだけど、魔王を討伐して、本物の勇者になりたいと思ってる。よろしくな」


 朗らかに笑ったゼノンは、いかにも快活な青年だった。赤みがかった短い髪に、意思の強そうな大きな目。体は十分に鍛えられており、長剣を一本持っていた。


「なら次は俺だな。戦士のゴードンだ。基本はゼノンと組んでの前衛で、盾役に回る。ゼノンとはギルドにいた頃から何度か組んでるから、連携は慣れている。安心してもらっていい」


 そう言って胸を叩いたゴードンは、鋼のような屈強な体をしていた。エレンなどは大きく見上げなければならないほど体格差がある。しかし声色も視線も穏やかで、弱い者と接するのに慣れている風だった。

 ゴードンはその体格に見合った幅広の剣と、大振りな盾を持っていた。


「あたしは盗賊のハル。潜入や暗殺が得意で、斥候とかやるよ。毒や薬の知識があるから、調子悪かったら言って。簡単なのなら作れるから」


 にっと笑ったハルは、小柄で細身だったが弱々しさは微塵も感じず、エネルギーに溢れていた。銀の髪と瞳は闇夜では目立ちそうだが、彼女によく似合っていた。

 外見からはよくわからないが、あちこちに暗器を仕込んでいた。


「ほら、ミリア」


 不満げな顔で黙っていたミリアをハルが肘で小突く。渋々といった様子で、ミリアが口を開いた。


「……魔法使いの、ミリアよ」


 刺々しい声で告げたミリアは、長い桃色の髪を緩く編んでいた。十人が十人可愛いと評すだろう見目は女性らしく、笑えば大層愛らしいだろう。しかし、今は思い切り眉をひそめて、不機嫌ですと全身で語っている。

 

「それだけぇ?」

「っ言っておくけど、私はあなたのこと認めてないから! 突然出てきていきなりパーティーに加入なんて!」

「つまり、実力があるってわかれば問題ないってことでしょ? ならすぐわかるって。魔王城に行くなら、戦闘は避けられないんだし」


 ね、と話を振ったハルに、エレンは淡々と返す。


「ミリアは私の実力が見たいのか?」

「……まぁ、そうね。少なくとも、それがわかれば、パーティーメンバーに相応しいかどうかはわかるし」

「私は回復役としてここにいる。私が力を発揮する時は、あなたたちが傷を負った時だ。その機会はできるだけない方が良いのだと思っていた。ミリアは違うのか?」


 問われたミリアはかっと顔を赤くした。感情のない声が、それが嫌味でも皮肉でもなく、ただの疑問であることを示していた。だからこそ、ミリアは感情を逆撫でされた。


「そんなこと言ってないでしょ! 誰も怪我なんかしない方がいいに決まってるわよ! そうじゃなくて、他のことは何もできないのかって聞いてるの。誰かが怪我をするまで、ずっと隠れて震えて、守ってもらうつもりなの!?」

「私を守る必要はない。それであなたたちが傷を負ったら本末転倒だ。自分の身は自分で守れる」

「ってことは、戦闘能力はあるのか?」


 口を挟んだゼノンに、エレンは頷いた。

 

「大抵の事態には対処できる。だが、最初に告げたように、私は世界に影響を与えるような行動は取れない」

「それは具体的に、どんな行動を指すんだ?」

「基本的に殺生はできない。命を奪うことは、運命を狂わせる要因になる」

「魔物は殺せないってことか?」


 エレンは少し考えるように口元に手をやった。


「状況による。例えば、パーティーが魔物の群れに襲われた時、私が身を守るためにやむなく殺したとする。その殺した魔物は、私が殺さなくともパーティーの誰かが殺していた可能性が高い。そういう、運命に大きく影響しない範囲ならおそらく問題ない。だが、強大な敵が現れて、それを皆で倒さなければならないとする。その時、私が殺すことはできない。その敵を打ち倒すのが勇者パーティーの運命なら、私がいなければ倒せなかったという状況は運命に反する」

「……おそらく、と言ったな。線引は君がしているんじゃないのか?」

「私ではない。私はあくまで調律を行うための道具で、全ては世界の意思に寄る。運命の旋律を読み取って、それがなるべく正しく奏でられるようにする。そのための判断基準はある程度持っているが、正否を完璧に把握しているわけじゃない」

「ややこしいな」


 がりがりと、ゼノンは頭をかいた。それに対し、ゴードンが空気を変えるようにパンと音を立てて膝を叩いた。


「まぁ、いいじゃないか! やることは変わらない。エレンは自分の役割を果たす。俺たちも、自分たちの役割を果たす。それで問題ないだろう」

「そうだな。俺たちはこれから旅の仲間だ。仲良くやろう」


 笑顔でそう括ったゼノンに、ゴードンとハルが笑顔で返す。エレンは相変わらずの無表情で、ミリアはそんなエレンを見て、ふんと鼻を鳴らした。

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