第1話 勇者パーティーへの加入

「勇者よ。今日呼び出したのは他でもない、お主のパーティーメンバーについてじゃ」


 王城の謁見の間。

 たっぷりとした口ひげを蓄えた老齢の王は、玉座からそう告げた。

 目線の先には、勇者一行。

 勇者ゼノン、戦士ゴードン、魔法使いミリア、盗賊ハル。

 通常の冒険パーティーにはいる役職が一人、不足している。


「回復役が見つかったんですか?」


 厳しい声色でゼノンが問う。

 このパーティーメンバーは、王が選定した。そして回復役も、当然いた。

 それが、魔王討伐の旅に出る直前になって失踪した。

 この世界は魔王に脅かされている。あちこちに魔王配下の魔物が跋扈ばっこしており、人間の世界をのっとろうとしている。

 早急に魔王を討伐し、世界に平和を取り戻さなければならない。

 そこで各国から勇者を中心とする冒険者パーティーが派遣されることになった。

 この国、メルドル王国も大国としての義務を果たすべく、勇者パーティーを用意した。

 それが出発前から躓いているとなれば、問い詰めたくもなる。いったいどんな基準で選んだのか、と。

 勇者一行の疑心を含んだ視線に、王は咳払いをして、一人の人物を紹介した。

 

「紹介しよう。新しい回復役……調律者の、エレンだ」


 王の言葉と共に現れたのは、全身にローブを纏った人物だった。フードを目深に被っていて、男なのか女なのかもわからない。自身の背丈より長い杖を持っており、それが辛うじて術者であるということだけは示していた。

 そんな様子に、勇者一行は顔をしかめる。代表して、ゼノンが口を開いた。


「調律者、なんて役職は聞いたことがない。それに、これから仲間になろうというのに、顔も見せないとはどういうことだ」


 ゼノンの言葉に反応を見せたローブの人物は、今気がついたかのようにフードに手をかけた。


「すまない、失念していた。これでいいか」


 フードの下から現れた容貌に、ゼノンは思わず息を呑んだ。

 声色は低く落ち着いた大人の声だったが、その顔はまだ少女と言っていいほどあどけなかった。

 美しい金の髪は肩の位置で切り揃えられ、さらりと揺れた。澄んだ空のような青い瞳は大きく丸く、見ていると吸い込まれそうだった。

 肌は透きとおるほど白く、日に焼けたことなどないのではないかと思えた。


「改めて、エレンだ。よろしく頼む」

「あ……ああ」


 呆けたまま、ゼノンが返答する。

 その様子をどう取ったのか、きっと目を吊り上げたミリアが、エレンを見据える。


「私たちは、それぞれがギルドで最高ランクの認定を受け、その中から国が選んだ実力者のはずよ。でもこんな子、今まで見たこともないわ。本当に役に立つの?」

「彼女は少々特殊な立場にある。ワシも言い伝えには聞いておったが、実際に目にするのは初めてでな。しかし、実力は申し分ないはずじゃ」


 取り繕うように言った王に、説明しろ、という視線が集まる。

 王は一つ息を吐いて、語り始めた。


「この世にはいくつもの世界が存在する。我々の生きるこの世界は、その無数の世界の内の一つでしかない。それらの世界を管理しているのが、調律者という存在だ」

「管理……?」

「多くのものがそうであるように、世界もまた、長く在れば劣化する。劣化した世界の運命は狂い、そのままでは滅んでしまう。世界が滅びの危機に瀕した時、調律者は現れる。そして世界を正しい形へ調律する。すると世界は元の姿を取り戻し、また暫くの間存在することができる」

「それって……彼女が世界を救うってことか?」


 なら勇者など要らないではないか、とゼノンが驚きの表情でエレンを見る。それに対し、エレンは明確に首を振った。


「調律者は世界に深く関与しない。世界を動かすのはあくまでその世界に根を下ろす存在たちだ」

「なら君は何を?」

「あなたたちが世界を救う手助けを。それが正しい運命だから」

「運命……」

「本来の道筋なら、回復役も含めたパーティーで、問題なく魔王を討ち倒すはずだった。しかし世界が歪み、綻びが生じた。それが回復役の離脱だ。これは本来起こらない運命だった。その穴埋めを私がする。それ以上の手出しはしない。それをすれば世界が歪む」


 ゼノンたちは戸惑ったように顔を見合わせた。

 エレンの言うことはすぐには飲み込めなかった。

 彼女の言い分はどうにも上の立場からものを言われているようで、これから全力で魔王討伐のために頑張ろうというパーティーに対し、必要以上のことはしないと、一線を引かれたようだった。

 少なくとも仲間たちの第一印象は良くない。

 しかし当のエレンは涼しい顔で、疑いの視線を全く気にしている様子はなかった。


「彼女の身元はワシが保証する。勇者ゼノンよ。エレンを連れて、魔王討伐へ向かってくれ」

「……わかりました」


 王直々の依頼とあれば、受けないわけにはいかない。

 勇者一行はパーティーメンバーにエレンを加え、魔王討伐に向かうのだった。

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