繋がれるもの

『女性警察官殺害の犯人逮捕。部屋には冷凍庫に、別の遺体。』

マスコミは、こぞって記事を上げた。

 

『神木 命』には、行方不明届も出されていない。

司法解剖が終われば、火葬場で焼かれ遺骨の状態で保管され、一年後には

無縁仏として霊園に納骨されてしまう。

生きているうちに、保護出来たら。

きっと、秋保警部補が望んでいた未来を思い描かずにはいられない。


『神木 命』が、荼毘に付された翌日。 


取り調べの途中、相原が急に質問してきた。

「そういえば、僕の『花』は復活しましたか? 綺麗な顔に戻ったでしょ?

 早く会いたいなあ。」

「彼なら、荼毘に付されて遺骨として眠っている。君には、二度と会わせない。」

「は? 荼毘って、花を燃やしたのか!? 僕の花に、勝手に触れたのか!?

 許さないぞ!」

「そもそも、『神木 命』君は誰のものでもない。

 彼は、『花』じゃない、人だ。

 君の、モノでもない。

 人として扱わない人間と、誰が一緒に居たいと思う? 誰も思わない。

 君は、人を三人も殺した極悪人だ。

 そんな人物を、ミコト君が受け入れる訳がない。

 君は、誰よりも『神木 命』という人物を汚したんだ。

 許されないぞ。」

相原は、また独り言を繰り返す。

「僕の花。綺麗な花。それを、もやした。 灰になった…。」

見開いたままの目が、充血していく。

そうして、涙が落ちていった。

「君だって、自分がミコト君を殺したと分かっていたんだよね? 

 自分が、殺したと。」

相原が、ゆっくりと頭を机に擦り付け、叫びながら頭を叩きつける。

暫く泣き叫んだあと、ゆっくり顔を上げた。

「僕が、ミコトの首を絞めました。あの女を刺した。

 菊池も、川に突き落としました。」

そう証言して、検察に引き渡した後も自分の罪を認め続けた。

検察に身柄を引き渡せば、自分にはもう聴取する権限はない。

それでも、知りたかった。

相原を担当する検事に、なぜ罪を認めたのか、教えてもらった。

「ミコト、あれから僕に応えてくれない。

 あの女を殺すって言った時から、耳鳴りが始まったんです。

 けど、あの女を殺して、菊池を殺して。

 貴方達が、僕を捕まえに来た時から耳鳴りが止まったんです。

 僕は、飽きられた。

 僕はもう、ミコトに見てもらえていない。

 ミコトが大好きな、だけだったのにな。」

相原の目が、また虚ろに戻り、それからは全てに答えたという。

相原にしてみれば、愛する人への愛情表現を、殺人という形で

表現しただけかもしれない。

しかし、それは、許されない。

相原は、犯罪者。

罪を償う以外に、生きる道はない。


**************


あの事件から、二年ほどが経った。

相原は、終身刑を言い渡され服役中。

事件の事で、同室仲間からからかわれ、プラスチック製の先の丸い箸を

突き刺してこめかみから顎の先まで傷をつけた。

「僕は、ずっと愛しているよ。」

そう叫んでいたという。

警察病院から退院してからも、日々の生活はこなすものの、

何かを呟きながら空を見つめているという。


あれから、二つの奇跡が起こった。


一つ目、『神木 命』の母親が見つかった。

マスコミには、『ミコト』という名と身体的特徴の情報だけ知らせ、

写真だけは絶対に譲らなかった。

あの傷を世に広めることなど、本人や家族にとって辛い現実を思い知るだけだ。

ある日、母親と名乗る女性が名乗り出た。

身体的特徴と名前を聞いて、もしかしてと思い立ったらしい。

その女性は、夫の暴力に耐えられず家を出たが、息子の事が心配で

すぐ戻ったものの行方不明になっており、ずっと探していたという事だった。

行方不明届も出しているという。

では、何故該当しなかったのか。

父親は、友人に騙され多額の借金を背負っていた。

その頃は、まだ夫婦仲も保たれており妻と子供を守る為、一時的に離婚届を

提出した。

戸籍上、『命』は妻の苗字となっており『神木 命』は存在していないのだ。

苗字が変わっていることは、彼も理解していたという。

そうして妻子と離れて生活していたが、遂に借金取りから逃げられなくなった

夫が部屋に匿うよう暴力で押さえつけるようになった。

母親は現実を放棄し、父親は息子を部屋から追い出した。

しかし、その後も『神木 命』と彼は名乗り続けた。

その父親は、妻が帰った数日後、『すまない』と書置きを残して首を吊った。

何とも言えない家族の最後。

それでも、母親が、

「息子を見つけられて、良かった」

と、涙ぐむ姿には少しだけ救われた。


二つ目


加納が、警察官を辞めた。

加納は、あの事件以来、上の空になった。

なのに、瞳は輝いて前よりも綺麗になった。

こういう場合、理由は一つ。

だから、自分から切り出した。

「莉子ちゃん、好きな奴が出来たなら。その人に、好きって言ったらどう?」

「へ? 松木管理官らしくない口調?」

「本当に支えたい人が、別に居るだろ?

 莉子ちゃん。今まで、ありがとう。

 俺は、莉子ちゃんの幸せを願っているよ。

 俺は、もう、大丈夫だよ。」

見つめる先には、大好きな姉を失いながら、義兄に着いて来てくれた義妹。

潤んだ瞳のまま、にっこりと笑顔になった。

その日から、彼女の猛攻撃が始まった。

所轄署への異動願いを提出し、車番を降りた。

あの事件の後、顔を合わせ、色々話すことが多くなり、意気投合したらしい。

所轄署に異動になり、二人が妙に仲が良いと噂になり始めた頃。

「秋保巡査長。お疲れ様です。」

「加納巡査長。どうしました?」

「秋保巡査長。今日の勤務が終わったら、私と付き合って下さい。」

「付き合うって、また飯?」

「いえ、私と結婚して下さい。」

「はい、喜んで。宜しくお願いします。」

と、逆プロポーズを成功させた。

所轄署では、阿鼻叫喚だったらしい。

その翌月、加納はあっさり警察を辞めた。

今、お腹に利人君との新しい命がいる。

これから、自分はおじさんになる。

この情報を聞きつけた、雪野さんの暴れっぷりは、凄まじいものだった。

宥めつつも、何故か顔がニヤけた。


莉子ちゃんの出産予定日を間近に控えた夜。

夢を見た。

ベランダへ続く窓を開け放ち、語りかける。

「美月。そろそろ莉子ちゃんが、赤ちゃんを産むよ。凄いな。

 美月と幸さんと、利人君と莉子ちゃんの血が繋がっていくんだよ。」

『裕也。落ち着いて。』

「落ち着けるわけ、ないじゃないか。」

『裕也の血を、残せないんだよ。』

やっと、姿を見せてくれたね。

「美月。会いたかった。」

大きなリビングを覆うガラス窓を、全開にしていただけあった。

窓の先には、大きな月。

そして、大好きな人。

『私の言葉、聞いてる? 残せないよ?』

「利人君と莉子ちゃんが、繋ぐ。 それで、良いじゃない?」

『本当に、裕也は優しすぎる。』

それでいい。

それが良いと、決めたから。

美月が自分の手を上から優しく包み込む。

見つめ合い、ほほ笑み合った。

『だいすきよ』

その言葉のあと、目覚ましが鳴った。

ゆっくりと瞼を上げて、目覚ましを止める。

「大好きだよ。美月。」

久々に、目覚めの良い朝だった。

 

「にいさ…松木署長、お疲れ様です。」

「お疲れ様。お互い、慣れないね。」

「本当に、慣れないです。」

目の前には、利人君がいる。

スーツに身を包んだ彼は、逞しく見える。

一階級昇進した自分は、今は所轄署長。

利人君は、一課の刑事になり、もうすぐ父親になる。

それぞれの持ち場へ別れようとした時、同時にスマホが鳴り響いた。

ついに、莉子ちゃんの陣痛が始まったらしい。

二人して、あたふたする。


『『あなたたち、落ち着きなさい! まずは、持ち場に連絡!

 そして、ダッシュ!』』


「「はいっ!」」

聞こえない筈の声が聞こえた。

大声で返事をした後、利人君と二人で顔を見合わせた。

まだ、二人とも居てくれたんだね。

新しい命を、必ず連れて来るから。

「玄関で落ち合おう。」

利人君の背中を叩いて促すと、頷いて刑事部へ走っていった。

二人とも、見守ってくれてありがとう。

そして、さよなら。また会う日まで。

二人の意思は、自分たちが引き継ぐから。

だから、今はゆっくり休んで。

 

生まれたのは、元気な女の子。

名前は『幸月(さつき)』

この子が、色々なものを繋いでいく。

例え、何かが途切れても、繋がっていく。

これからが、楽しみだ。

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雪中花 ゆーすでん @yuusuden

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