機動捜査隊
一旦捜査本部へ戻ろうかとも思ったが、刑事部の方が気になって
向かうことにした。
刑事部の入り口に立つと、無線機が多数置かれている机や周辺地図が
張り付けられている壁が目に入った。
中に居た一人が、自分に気づいて『お疲れ様です』と声を掛けてくれたので、
入室の許可を取って中に入った。
部屋の奥には、先程の会議室で秋保巡査長を連れ出した人物がいた。
こちらに気が付き、一礼して近づいてくる。
機動捜査隊長 崎山 啓吾警部。
先程の雪野課長とは打って変わり、すらっとした長身だが、鍛えられている
のが分かる逆三角形の体格。
雪野課長よりも、幾分若かく見える。
「先程は、お騒がせし失礼致しました。秋保は、先程帰しました。
今後、部下の管理を徹底させて頂きます。」
私達の前に立つなり頭を下げてくる。
「頭を上げてください。あの行為は、警察官としては許されない行為だが、
遺族としては否定しきれないところだよ。
話は変わるが、明日以降秋保巡査長と話が出来るよう手配してもらえない
だろうか。」
「それは、構いません。明日からは内勤勤務にさせました。
いつでもお声がけください。秋保には、私から話しておきます。」
「ありがとう。
ところで、忙しいところ申し訳ないが、秋保警部補と秋保巡査長の事を
少し聞かせてもらえないだろうか。」
構いませんと答えながら、応接セットがある場所へ移動し三人で座る。
「聞きたいことというのは?」
「崎山隊長から見た秋保警部補とはどんな人物だったのか。
署内での評判はどうでした?」
「そうですね。人が良くて、周囲に気遣いが出来る人物だったと思います。
自分の意見ですけれど、先を予測する能力も高いと思います。
他の奴らのサポートとかも、直ぐに出来るから信頼されていました。
世話焼きの部分もあったかな、利人の様子もよく見に来ていて。
彼ら、本当に仲が良かった。」
「例えば?」
「そうですねぇ」と崎山隊長がおもむろに昔話を始める。
***************
あれは、利人が機動捜査隊に配属されてすぐの頃、引継ぎが終わった直後に
秋保警部補がやって来た。
「失礼します。お疲れ様です。」
「お疲れ様。秋保巡査なら、今居ないよ。
何かあった? て、何その荷物。」
「ちょっとした差し入れを。失礼します。」
顔をクシャッとさせて笑う秋保警部補の手にはそれはそれは、
大きな四角い物体が乗っていた。
刑事部の真ん中にある打ち合わせ用のテーブルまでそれを運んでいくと、
包みをほどいて大きな真四角のタッパー二つの蓋を開けていく。
中には、一口サイズのサンドイッチがびっしりと詰められていた。
タマゴやら、ハムやら、ツナやら、種類も豊富で見るだけで腹が鳴る。
只今、午前十時。丁度、小腹が空く時間。
刑事部全体が、サンドイッチに釘付けになっている。
「捜査隊の皆様に弟をこれから宜しくお願いしますというご挨拶と、
刑事課の皆さんに事件解決お疲れ様ですと言う意味を込めまして
作ってみました。宜しければ、どうぞ…」
言い終わる前に、テーブル前に集結していた捜査員達が一斉に手を伸ばす。
これがまた、美味いサンドイッチだった。
次々に誰かの腹の中に消えていく。
ものの二、三分でタッパーの中が空になった。
小腹を満たした捜査員達が、幸せそうな顔で秋保警部補に『ごちそうさま』
と挨拶している。
秋保警部補も『お粗末様でした。』なんて言いながらタッパーを片づけていた時、
弟がお使いから帰ってきた。
「戻りました。って、あれ? 姉ちゃん!」
「秋保警部補でしょ、秋保巡査。」
「どうしたの? って、あれ? 何か、美味そうな匂い?」
「あぁ。皆さんに、サンドイッチを作ってきたの。」
「サンドイッチ? どこ? 姉ちゃんのサンドイッチ。どこ?」
「すまん、秋保。俺らで全部喰ったわ。」
姉のサンドイッチを探し回る後輩に、隊員の一人がしてやったりの顔で
意地悪そうに言って見せる。
周りの刑事課の捜査員達も『ごちそうさま』と声を掛けている。
皆、この後輩の分が無くなることは分かっていたのだ。
「俺の分は? どこですか? うあ~!!」
デスクの傍らで、膝から崩れ落ちる利人。
「俺の…姉ちゃんの…サンドイッチ…。」
床に蹲り、『ぐすっ』と鼻をすする音まで聞こえてくる。
ドン引きするくらいの落ち込み方に、流石にやりすぎたという空気が辺りに漂う。
しかし、ここで救世主の声が響いた。
「こら、もう、恥ずかしい事しないの。
皆さんで食べきっちゃうだろうと思って、あんたの分は、ちゃんと別にあるから。
ほら、立ちなさい。」
姉が、蹲る弟を立たせると小さめの紙袋を手渡している。
弟の顔が、急に笑顔になる。
「姉ちゃん。中身、見ていい?」
「いや、昼まで待ちなさいよ。」
聞く耳を持たずに紙袋から中身を取り出すと、紙容器に先程のサンドイッチや
空揚げ、サラダなどがぎっしりと詰められている。
「うまそう。今、食べていい?」
「だから、お昼に食べなさいって。
それじゃ、私は行くね。仕事すんだよ。
皆さん、お騒がせしました。失礼します。」
そういうと、会議用のテーブルに残っていたタッパーを素早く片づけて、
颯爽と刑事課を去っていった。
あとには、弁当を大事そうに紙袋へ入れるニコニコ顔の弟が残された。
しかし、先程意地悪を言った先輩が紙袋を見ようものなら警戒する犬の如く
睨み返していた。
差し入れは、その後も度々届けられた。
おにぎりだった事もあったが、やはりいつも弟の分は弁当として別に
準備されていた。
その弁当が届くたびに弟は笑顔になった。
「準備が大変だろうって言いながら、俺達も秋保警部補の差し入れを
楽しみにしていたんです。
もう、食べられないんだな。」
崎山隊長が会議用テーブルを見つめながら呟いている。
声は穏やかだが、膝の上で握られた拳が震えている。
「崎山隊長、秋保警部補が何か調べていると聞いたことは?」
「あまり、聞いたことはないですね。
でも、うちの隊員達が時折街中で見かけてました。
周りに迷惑を掛けない程度に動いていたんじゃないでしょうか。
吉田課長の目もあったでしょうし。」
崎山隊長の机から内線が響く。
「すみません」と言いながら、受話器を耳に当て対応している。
「本部からですが、ご両親と連絡が取れて、これから秋保警部補の部屋を
見せてもらえる事になったと。
松木管理官も行きますかと確認してきていますが。」
「分かった、行くと伝えてください。
ありがとう。行こう、加納。」
「はい、お邪魔しました。」
急いで廊下を進み、本部へ戻る道すがら加納が呟く。
「秋保警部補って、秋保巡査長のお母さんなんでしょうか?
普通、そこまでします?」
その疑問には答えず、コートを着る。
住所を確認し、加納が運転する車で部屋へ向かった。
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