第26話 5年後の未来(1)

 あれからあっと言う間に時間は流れ、5年の月日が流れた。



 見上げる空には薄い雲がかかり、優しい春風が頬をなでる4月下旬。


 町から離れた森の中にある教会には、小鳥のさえずりが聞こえている。古びたパイプオルガンに、陽射しをうけて何色もの光を放つステンドグラス。ノスタルジックな佇まいの教会での結婚式が今始まろうとしていた。


「先輩、絵本に出てくるお姫様みたい」


 目をキラキラ輝かせながら写メを撮りまくっているのは、元後輩のユキちゃん。私が退社した後もしっかり経理課の看板娘として頑張っているようだ。


 参列者の中には他にも懐かしい面々が顔を揃えてくれていた。


 キレイな白髪を結い上げ、シックなドレス姿のマリーさんをダンディな男性がエスコートしている。


 話によると、彼はマリーさんが通っていたカフェのオーナーのアランさん。年齢は65歳とマリーさんの10歳年下。彼は亡きご主人を想いカフェに通い続けるマリーさんの姿に、いつしか恋心を抱いたのだのだという。


 再婚なんて考えられなかったマリーさんも、猛烈なアランのアタックと、すべてを見透かすような彼の青い瞳に落ちてしまったのだという。いくつになっても女性らしさを忘れない彼女らしい恋姿である。


 そして黒いスポーツカーで颯爽と現れたのは、レオンさんと彩さん。ふたりの左手には、お揃いのマリッジリングが光っている。


 ふたりは彩さんの離婚が成立してから半年後に再婚。見てられないくらいイチャイチャしてるんだからって、かおりんさんがボヤいていた。ん?でも何やら言い争っているご様子。


「ねぇまだかおりのこと怒ってるの?もう子供じゃないのよ」


「いや他にも男なんて山程いるだろ。なんでよりによってアイツなんだよ。話しにならねぇ〜」


 あはは。そうそう。レオンさんが許せないのは、かおりんさんが連れてきた彼氏のこと。実は私が実家に戻ってから1年程経ったある日タカヤさんはレオン宅を訪ねた。彼は色々悩んだ挙句レンタル彼氏の世界を辞め、持ち味の体力を活かして引越し業者に就職。ケジメとして愛美さんに直接謝罪がしたいと、レオンさんのもとを訪ねたらしい。レオンさんは愛美は引越してこっちにはいないと伝えると、タカヤさんは帰ったらしい。


 その時、部屋の奥からこっそりとのぞいていたかおりんさんは、短髪でびしっとスーツ姿を着こなすタカヤさんにひと目惚れ。レオンさんの娘であることを隠して彼に近づき、お付き合いを始めたらしいのだ。彼女の行動力には感服する。


 付き合って3か月程たった頃、タカヤさんはかおりんさんに一度ご両親に挨拶をしておきたいと話した。それから1週間後の初対面の日料亭の個室で待っていたのは、もちろんレオンさんと彩さん。


「なんでレオン先輩が……」


「ん?なんでタカヤお前がここに?」


「かおり、ちょっと説明しなさい」

 

 タカヤさんの後ろでペロッと舌をだすかおりんさんの顔は想像できるかも。そして、今の状況につながるわけである。いろんな事情を見てきたレオンさんの心配もわかるけどね。タカヤさんとかおりんさんの未来も楽しみだねぇ〜。人は変われるって私は信じてる。


「おい、待てって」


 おっとこちらでは、元気に走り回る女の子を追いかける光樹と遼真。その姿はまるでマンガから飛び出した王子様コンビ。まさかこんなイケメンと私が結婚するなんて、天国の母さんも想像しなかったよね。


「しずく、パパと追いかけごっこ?楽しそうだねぇ」


「うわぁ〜ママかわいい〜」


「マジで可愛い睦。3人で写真撮ろうぜ。ミッキーよろしく頼んます」


「はいはい」


 微笑みながら光樹はスマホで私達の写真を撮ってくれた。


「いつかしずくもママみたいになれるさ。それまでは俺たちのお姫様だ。ほら捕まえた!」


 しずくを抱きあげる遼真の横顔は、いつにもまして素敵なダンナ様。


 私が会社を退社して実家に戻り、父さんと八百屋をやり始めて1年程たった時だった。2週間ぶりに会えた私と遼真は、いつものファミレスで夕食をすませ車に乗り込んだ。すると、突然の遼真からの告白。


「睦、実は俺レンタル彼氏辞めてきた」


「えっ?何があったの?」


 私は戸惑い遼真の顔を見つめる。冗談なの?って突っ込めない真剣な表情。すると、私を真っ直ぐに見つめる。


「俺も睦と一緒に八百屋やりたい。ずっと一緒にいたい。だから、俺と結婚してください!」


「ねぇ遼真?コレってプロポーズ?」


「あ、やべ。勢いでつい本音出ちまった」


 特別な日でもないデートの帰り。私達らしいといえば、そうなのかもしれない。なんでもない日が突然特別な日になった。


「遼真がいてくれたら、私何もこわくない。こんな私でよかったらずっとそばに居させてください」


 そして私達は結婚して籍をいれ、めでたく夫婦となった。八百屋の仕事も順調に形になり、3人でできることを模索。なかなか町まで買い物に来れない高齢者や、事情を抱えたお家への配達も始めることにした。これがなかなかの人気となり、忙しい毎日が始まったのだ。

 

 半年後私に小さな命が宿った。それがこのヤンチャ姫のしずくである。目元は、遼真にそっくり。嘘みたいに幸せなことが続いた。本当は母さんにもしずくを抱っこして欲しかったな。


「ねぇ、今年の結婚記念日は久々お店休んでデートしようよ」


 これが遼真がみんなと一緒に計画してくれたサプライズ結婚式の始まりだったのだ。

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