第25話 守るべき居場所
自宅で母さんの遺品整理をしながら、父さんと2匹の猫と一緒に1週間ゆっくり過ごした。母さんとの思い出話に花を咲かせ、こうして父さんとふたりでお酒を飲んだのは、初めてだったのかもしれない。
お店を継ぐ件についても、お店の経営状況についてもきちんと話をした。父さんは全く帳簿には無頓着だったらしく、母さんが残してくれた綺麗に整理された資料に助けられた。もしかすると母さんは、私がここに帰ってくることを予期していたのではないかと思えるほど、丁寧にまとめられていた。
「父さん。お店の伝票や書類は、必ずここにまとめておいてね。後は、私が向こうで帳簿まとめてくるから……」
「なんだかお前、母さんみたいだな」
父さんは、時々寂しそうに私を見て笑う。だからこそ、私が今はしっかりしなきゃ!
思わず握りしめたスマホにメールの着信。
─睦、ちゃんと食べてるか?
明後日から仕事これるかな?
無理する必要はないから、連絡してくれ。
いっつも優しい光樹からのメールだった。
─お気遣いありがとう。
明後日から出勤します。
それと、今後のことで光樹に大切な話があるから、時間作ってくれる?
大事な戦友には、私の意志をキチンと伝えたいと思った。
─もちろん。
久々ふたりでメシいくか?
俺も聞きたいことあったし。
あ〜彼氏が怒んないならw
─大丈夫です〜。
そんな器の小さい彼じゃないからw
じゃ会社でね。
短いやり取りをすませ、再び帰る準備を初める。ずっと放置していた私の部屋に、再び帰ってくることになるとは。人生何が起こるかわからないもんですな。
遼真とは、変わらず仲良く交際を続けている。会えない時間をテレビ通話やメールで埋めて、寂しさを紛らわしていた。
荷物をまとめて、玄関で靴を履いていると、背後に父さんの気配が。お店を継ぐ云々の前に、父さんをひとりにすることが心配になってきたよ。
「じゃあ、私帰るね。困ったことあったら、遠慮なく電話して。いちよ娘なんで。会社にも説明して、また詳細決まったら連絡するね」
「うん。わかった。睦、ありがとう」
そんな顔されたらスッキリ帰れないじゃん私。でも、前に進まなきゃ。前に。私はクラゲを乗せて、車のアクセルを踏んだ。
いつものアパートに戻り、シャワーを浴びベッドに横たわると、疲れの波が一度に押し寄せ深い深い眠りについた。
翌日カーテンから漏れる優しい陽射しに目を細め、目が覚めた。
「ううっ、重たいぃ……」
ま、まさか母さんの霊が……とよく見れば、私のお腹の上に鎮座するクラゲがジロリと睨んでいる。それもそのはず、目覚めると時間はお昼の12時を過ぎていた。
「うわっ、もうこんな時間!クラゲごめんね〜お腹空いたよね」
お皿に猫ごはんを入れてお水を入れ替えると、待っておったぞ!とばかりに、クラゲはカリカリとごはんを頬張った。
あっ!遼真からのメールも3通来ていた。
23:15 ─睦、帰ってきてるの?
0:47 ─睦、どうかしたの?
9:20 ─連絡待ってるね。
私は急いで遼真にメールを送るため、スマホをたたきまくる。
─ごめんね遼真。
昨日、帰ってから寝落ちしてたー。
お昼すぎまで(泣)
怒ってない?
─無事でよかった。
怒るわけないじゃん。
今日の夜、遊び行ってもいい?
─もちろん、待ってる。
遼真を待つ時間は、とてつもなく長く感じられた。毎日のように電話越しに話していたのに、彼のすべてが愛しくてたまらなかった。
そして次の日、久々に会社に出勤すると周りの社員さん達も気を遣って言葉をかけてくれた。休んだぶんの仕事の穴もみんなでカバーしてくれている。うん。私がいなくなってももう大丈夫。少し寂しいけど、私にしかできないことを見つけてしまったから。
その日光樹は、お得意様のところに行って直帰予定となっていたため、夜はいつもの居酒屋で約束したのだった。
約束の20時少し前にお店に到着すると、手をあげて、光樹がニコッと笑っている。
「おう睦、おかえり」
「お疲れさま光樹。この度は、いろいろとお世話になりました。葬儀まで参列してくれて本当にありがとう」
私は、ペコリと頭を下げて心からお礼を伝えた。
「いえいえ。頭がパニックでフリーズした時の睦の取り扱いには慣れてるからな。でも、疲れただろ。おじさん大丈夫か?」
「あ……そのことなんだけど」
そう言って私は、今後実家に戻って八百屋の手伝いをする決断をしたことを伝えた。光樹は、しばらく黙り込んだ。そんなに甘くないって一喝されることも覚悟の上だった。
「うん。よく決断したなぁ〜すげぇじゃん」
そう言って大きな手のひらで私の頭を撫でている光樹。
「あ〜久々俺飲もうかな。いいかな?いや、飲むぞ」
「べ、別にいいけど。珍しいね」
そんなに強くもないのに。注文した生ビールを勢いよく喉に流し込む。
「そりゃ飲まなきゃだろ。気持ちが複雑過ぎてさ。俺、今どんな顔してる?」
ま、待ってよ。そんな近くに顔寄せないでよ。イヤでもあの夜のこと思い出しちゃうでしょ!綺麗な光樹の頬は、ほのかに赤く色づいていた。
「もうお酒臭いってば。あんまり急いで飲むと酔っちゃうよ」
そのまま2杯目の生ビールを注文すると、私の目をじっと見つめてきた。
「なぁ睦。葬儀に来てたお前の彼氏ってどっかで会ったことあるな〜って思ってて。もしかして、クリスマスに中堂と一緒にいた男か?いい男だったから記憶に残ってて」
さ、さすが。記憶力のいい光樹殿。私は観念して、遼真の仕事がレンタル彼氏であること、そこからの彼とのいきさつを話した。最初は、怪訝そうな顔つきで話を聞いていたが、話をするうちに彼の良さも伝わったのか、柔らかい顔つきに戻った。
「ま、要するに、睦がそいつに惚れてるってのはイヤでもわかったよ。でも、お前を泣かせたら許さねぇ」
そう言って、ゲラゲラと笑っていた。
「彼のことはいいとして、会社にも退社の意向を伝えようと思うから、後頼んだよ〜光樹」
すると彼は、とても優しい目をして私を抱き寄せると耳元でささやいた。
「睦、幸せになれよ」
私はその言葉に背中を押され、私は次の日退社の意向を会社に伝え、来月には退社することになった。
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今回は、第25話を読んで頂きありがとうございます。
PV数少なくはありますが、読んでくれるあなたがいてくれたおかげでここまでこれました。
あと数話で完結です。
睦達の未来をのぞいて、温かく見守っていただければ嬉しいです。
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