第24話 睦の決断
「睦、ちょっといいか?」
葬儀の準備をしていると、父さんが声をかけてきた。祭壇に置く写真はこれでいいか?と見せてくれたのは、ついこないだお正月に4人で撮ったときのものだった。
飲みすぎて顔を真っ赤にして肩を組む父さんと遼真。足元に来てたクラゲを撫でながら微笑む私。その隣で、向日葵みたいに陽気に笑う母さんがいた。
「うん、この写真にしよう」
「なぁ、睦。情けないかもしれんが、しばらくはお店を休もぅと思うとる。本当は、あと3年くらいしたら、お店はたたもうかと、母さんとも話してたんよ」
喪失感を抱え、疲れきった父さんは、背中を丸め私に背を向けたまま、そう話してくれた。私は、静かに頷くことしかできなかった。
お通夜、葬式を含め、たくさんの近所の方々が、突然の母さんの死を悼み参列してくれた。中には常連のお客さん達も多く、私達残された家族に労いの言葉をかけ、涙する人も少なくなかった。遼真、そして光樹と課長も、共に参列してくれていた。
火葬場から骨壷を抱き帰る頃には、人ってこんなに小さくなってしまうのかと、少し冷静になれている自分がいた。
「みなさん、本当にお忙しい中御足労いただき、ありがとうございました」
みんなに挨拶をしながら、葬儀場の外に出る。その瞬間、日差しの眩しさに目の前が暗くなり、体中の力が抜けていくのを感じた。どうやら、思ったより疲労がたまっていたみたい。しばらくして意識が戻ったときには、隣に遼真がいて、心配そうにこっちを見ていた。
「大丈夫?もう少し横になってる?狭くてごめんな。落ち着くまで俺の車に連れてきた。食事してないんだろ?親戚のおばちゃんらも心配してたよ」
「ありがと……」
起きあがろうとするけれど、うまく体に力が入らない。
「情けないとこ見せちゃったね。父さんもああ見えて、心身ともにかなり疲れてる。昨日ね、しばらくお店休むって言ってた。そろそろお店をたたむ話も出てたみたい」
「えっ……。あの店を。オヤジさんにとっては、思い出溢れる場所だろ?」
「うん、きっとだからだよ。思い出がありすぎて、ひとりであの場所に立つのが辛いんだと思う」
車の中から、父さんの背中を見ながら、そんなことを考えていた。幼い頃から、ふたりを見てきたからわかる。ふたり二人三脚で山も谷も乗り越えてきたからこその答えだと。
しかしそんな中、ひとつの考えが私の脳裏に浮かんだ。これまで可能性のひとつとして、漠然と考えていた未来予想図。私にしかできないこと。あのお店は、ふたりにとって人生そのもののはず。私はふらつく体を動かし、車から飛び出した。
駆け寄ってきた私に驚いた父さんの顔。
「お〜睦、もう大丈夫なのか。無理させたな。こっちは落ち着いたから、家でゆっくりするか。母さんも早く家でゆっくりしたいだろうしな」
「待って、父さん。私、今伝えたくて。ずっと自分の中でモヤモヤしてたけど、この気持ちがはっきりしなくて。葬儀が終わった今、やっとその気持ちがわかった」
こういうことは絶対勢いがなきゃ言えない。
「父さん。私に、、ふたりが守ってきてくれたお店を続けさせてくれないかな?もちろん簡単じゃないことも、経験不足なのもわかってる。でも、私にしかできないでしょ。葬儀に来てくれたたくさんの近所の人の顔見てて思ったよ。あのお店がなくなったら困る人達、たくさんいるんだって」
「いやだからって、お前が犠牲になることはない。お前にだって向こうで築いてきたものがあるやろ。それを無駄にしちゃいかん」
「父さん、私がお店継ぐのいや?」
「ち、違う!お前に負担をかけたくなくてだな……」
「てことは……私がやってもイイってことじゃない?」
「はぁ……そういう強引なところは、母さんソックリだな。もしお前が本気なら、スパルタで俺が教えてやろうじゃないか。経理は得意だろうけど、商売はそう簡単じゃないぞ」
そう言うと父さんは久しぶりに笑顔になった。春はもうそこまで来ている。私なりに前を向いて歩いていくしかないと、そう思った。そんな私の背中を見守る遼真は、少し寂しげに笑っていた。
お店のレジ横に1枚の写真が飾られている。そこには、当時の新しいお店の前で満面の笑顔を浮かべる両親が写っていた。今は埃をかぶり、だいぶ色褪せてしまってるけれど、私は子供の頃から、この写真が大好きだった。
家に戻り、しばらく放置されていたお店に足を向けた。シャッターは降りたまま。まるであの日から、時間ごとフリーズされていたかのように、無機質で冷たい空気が淀んでいる。一緒に来てくれた遼真が重い口を開いた。
「睦が自分で決めたことだもんな。ちょっと相談くらいしてほしかったけどさ。でも、このお店を守りたくなる気持ちは、俺にだってわかる」
私は振り返り、彼の腕を掴んだ。
「ごめん……遼真」
「高速で3時間なんて、そんなに離れてないよ。って強がっとくか。遠距離恋愛と呼ぶには、近すぎるしね〜」
確かに最近はいつも一緒に過ごすのが当たり前になってたから、遼真と離れるのは辛い。でも、今私がやらなきゃいけないことを、見失うわけにはいかない。強い決意が、今の私を突き動かしていた。
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