第17話 甘い時間
「リョウくん、そんなとこにいたら風邪ひいちゃうよ」
振り向く彼の肩にのった雪をはらいながら、私は声をかけた。彼は黙ったまま私をギュッと抱きしめた。
「や〜っと見つけた、リョウくん」
その言葉をきいて、不思議そうな顔で私をのぞき込む。
「俺のこと探してくれてたの?」
「うん。会いたくて、マンションに行ったら、かおりんさんが出てきてビックリしたよ」
私はさっきの出来事を思い出し、クスッと笑ってしまった。
「てことは、レオン家クリスマスパーティに突入したってこと?そりゃビックリするよね。俺も、こないだまで、彩さんが今離婚協議中なんて知らなかったもん」
「あの3人が家族って最強だね。ねぇ、リョウくん。このままじゃふたりとも凍っちゃいそうだから、うちでココアでも飲まない?」
リョウくんの手はとても冷たくて、しばらく私のことを待っててくれたんだと思うと、愛しくてたまらなかった。私は、リョウくんの返事を待たずに、その手を繋いで部屋に急いだ。
「あ。少し片付けるから待ってて……」
部屋に入り、私がライトのスイッチに手をかけようとした時、その手をリョウくんが邪魔をする。
「やだ。離したくない」
明かりの消えたままの部屋で、私たちはキスをした。お互いの気持ちをぶつけあうみたいに、何度も、何度も。どうしょうもないほど、彼が愛しくてしかたなかった。
「睦……」
私たちは求めあうまま冷えきった部屋の片隅でより深みへ絡み合おうとしていた、その時だった。
「にゃお〜ん、にゃん」
甘い空気に急ブレーキをかけたのは、モフモフ王子のクラゲだった。私の足にスリスリと絡みつき離れない。タチの悪い元カレ状態かよ〜。さすがのリョウくんも笑いだしてしまった。
「こりゃ参りました。たいした用心棒だねぇクラゲは」
そう言ってリョウくんが、クラゲを抱き上げようとしたけれど、知らんぷりをしてすり抜けて行ってしまった。もぅ〜あのモフモフ野郎、覚えてろよ!
「俺、第一印象最悪じゃん。でも、このまま雰囲気に飲まれて、睦ちゃんとあんなことや、こんなことしようとしてたかも、本当ごめんなさい」
「や、やめてよ。私も同罪だもん。クラゲ来なかったら、あんなことやこんなこと許してたし」
私たちは目を合わせるなり笑ってしまった。子供みたいな笑顔も可愛くてたまらない。すると、リョウくんが突然神妙な面持ちで、私をじっと見ている。
「俺のこと探してくれてたってことはさ、あのお昼デートしてた人は彼氏さんじゃないってことだよね?」
「彼は同僚の光樹。私のこと好きだって告白してくれたんだけど、他に好きな人がいるって話してきました。だから……友達です」
それを聞いて、リョウくんはホッとした表情で床にへたり込んでしまった。
「まじか。よかったー。マジあせった。こないだのハイエナの一件で、睦ちゃんを危険なことに巻き込んじゃって。近くにいてもいいのか、離れるべきなのか、俺なりに悩んだりして。でも、何も伝えずに諦めるなんてしたら、後悔しそうで。だから、決意を固めて、ここで睦ちゃんを待ってたんだ」
リョウくんは、スクっと立ちあがり、こっちを見ている。澄んだ瞳が綺麗すぎて、思わず鼓動が早くなる。
「睦さん、俺と真剣に付き合ってください」
「ふぇ?」
突然のリョウくんの告白に、思ってもみないような声が出てしまった。見惚れてる場合じゃないぞ私〜。
「ちょ、ちょっと待って!そりゃ私もリョウくんが好きだけどさ。だけど、レンタル彼氏の本彼女をやっていけるのかってなると、悩むとこなんだよ。私だって、嫉妬はするし。そんな自分が嫌になりそーだし」
リョウくんの気持ちが震えるほど嬉しいのに、口から溢れるのは彼女になる自信がない理由ばかりだった。出会ったとき、リョウくんがレンタル彼氏をやってるから彼女は作れないって言ってたことも、覚えていた。
「そうだよね。でも俺、睦ちゃんが他の男の人といるところを見て、すっごいショックでさ。もし、俺たちふたり同じ気持ちなら、先のことはこれから考えるってどうかな?だめ?」
私はリョウくんのまっすぐな気持ちが嬉しかった。そんな気持ち聞いちゃったら、我慢できるわけないじゃん。こんなに好きなのに。
「だめじゃないよ」
私は、ありがとうの代わりに、ありったけの愛を込めて彼にキスをした。
その後、私たちは、お互いの体温を感じながら、何度も名前を呼び合い、指先に触れて、唇に触れて、彼とひとつになった。そして、そのまま抱き合い深い眠りについた。
朝、目が覚めると、肌が触れ合う距離に彼がいて。カーテンから漏れる一筋の陽射しが
、キラキラと眩しかった。
リョウくんの寝息、長い睫毛、整った横顔。しなやかな筋肉。すべてが愛おしかった。少しだけ、今だけ、私がひとりじめしちゃってもいいかな。ニヤけてしまいそうな気持ちを抑えて、そっと髪に触れる。
「んーー。そんなに見つめられたら、起きにくいんだけど」
恥ずかしすぎて耳まで真っ赤になりながら、私は言い訳を探した。
「もぅー起きてたの?早く声かけてよ〜」
リョウくんは、背中を向けた私を強く抱きしめた。
「ねぇ睦ちゃん。俺たちが幸せでいられるように、頭ワリィけど考えてみる」
「うん、もちろんだよ。ふたりで考えよう。ねぇリョウくん、今日おやすみ?」
にこっと笑って、うなずくリョウくん。私たちは、やっと見つけた甘い時間のなかで一日を過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます