第16話 あなたに会いたくて

「あ、雪」


 空から舞い降りてきた雪は、手のひらで静かに溶け、私の心を濡らした。


 光樹に買ってもらった、モフりんの抱き枕は私の大切な宝物となった。帰ったら、クラゲにも見せてあげなきゃ。


「光樹は、何か欲しいものある?」


 気がつけば、周りは次第に暗くなり、イルミネーションが、今夜は主役とばかりに街を彩っていた。


「欲しいものは……もうもらったよ。睦が笑ってればそれでいい」


 王子様すぎるコメントに、私は思わずこのまま光樹の胸に飛び込んでしまいたかった。それなのに。


「どうしたの?睦。気分でも悪い?」


 心配そうにのぞき込む光樹に、これ以上嘘はつけなかった。私は、素直な今の自分の気持ちを伝えようとこころに決めた。


「少し話せる?」


 私の言葉に、光樹は足をとめた。


「光樹、私ね……」


 見上げた光樹の横顔はどこか寂しげで、いつもよりも男らしく見えた。


「わかってるよ睦。今日は一緒に過ごしてくれて、ありがとう。なんとなくだけど、今の睦に必要なのが俺じゃないことは感じてたよ」


 そう言って、あの時みたいに、優しく私の頭を撫でる。冷たい涙が、私の頬を伝っていた。


「ごめんなさい。光樹は、友達として大切な存在だけど、私の中に忘れられない人がいて。この歳で片思いなんてしてる場合じゃないんだけどね」


「うん。話してくれてありがとう。でも、早いとこ幸せになんないと、俺がさらいに行くからな。俺諦めわるいからな〜」


 あー。私なにやってんのよ。見なさいよ!こんなイケメン、そうそういないわよ。おまけに、こんなに優しくて、穏やかで。


 それでも私は、心の中でずっと大きくなるリョウくんの存在を隠すことはできなかった。たとえ実らない恋だとしても、彼を愛おしく思う気持ちを抑えられない。


 リョウくんに会いたい。


 私達は、賑やかな街を出て車を走らせ、私のアパートに到着した。その頃には、雪はさらに激しさをましていた。


 光樹の車を見送り、ふとスマホを見ると、リョウくんから1通のメールが届いていた。


─メリークリスマス、睦ちゃん。

 素敵なクリスマスを過ごしてね。


 私は、このままクリスマスを過ごすのがはがゆかった。それに、今すぐリョウくんの顔が見たかった。会いたくてたまらなかった。


 私は、そのまま自分の車に乗り込み、リョウくんのマンションに車を走らせた。寒さを感じないほど、感情のままに。


 外から見ると、リョウくんのマンションの部屋の明かりがついているのが見える。急に緊張してきちゃった。な、なに話そう。私は悴む手でインターホンを押した。


「は〜い。どなた様ですかな?」


 すると可愛らしい声でドアから顔を出したのは、カフェでリョウくんと一緒にいた、ツインテールのかおりんさんだったのだ。ちょっと気まずくなり、あわてて言葉を探す。


「はい、はーい。睦ちゃん、どうしたの?リョウならまだ帰ってないよ」


 その後ろから、エプロン姿のレオンさんと彩さんの姿。ん?てことは、男性一人と女性二人。私の思考キャパ超えてるんですけど。


「あ、ごめんなさい。私、お邪魔しちゃった」


 思わず後ずさりする私の顔を見て、レオンさんが、ニヤリと笑った。


「ちょっと睦ちゃん。よからぬ想像やめなさい。こっちの小娘は、俺と彩の子供。離婚してるけど、時々こうやって会ってるんだよ」


 え!レオンさんと、彩さんの子供が、このツインテールかわい子ちゃんのかおりんさんってこと!


「ということは、彩さんって元奥様だったんですか?」


「レオン、あなた話してなかったの?私は再婚してるけど、現在離婚協議中。海外出張ばかりの忙しい人で、すでに向こうにパートナーがいるらしくてね。ついつい、いい距離感のレオンと飲み友達みたいな関係が続いちゃって」


 彩さんの言葉を遮るように、レオンさんが話しだした。


「俺達、飲み友達だったの?彩、今日は聖なる夜だよ?たまには素直になれよ〜」


「はいはい。パパもママもそこまで。彼女、口開いたままだよ。ん?あなたは、リョウたんの友達なの?」


 リョウくんの名前を聞いて、私は我にかえった。


「リョウたん、最近元気なくてさ。さっきもメールしたけど、返信こないし。一緒にケーキ食べようと思ってたのにぃ。何か伝えておきましょうか?」


「いえ、大丈夫です。また連絡してみます」


 私はそう言うと、マンションをあとにした。駐車場に到着する手前あたりで、颯爽と近づく足音が聞こえ振り向くと、レオンさんの姿があった。


「睦ちゃん、こないだはタカヤの件、怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳なかった。リョウも同じことで、睦ちゃんの近くにいていいのか悩んでるみたいだったから、気になってたんだ」


「いえ、そんな私は大丈夫ですよ。自分でやるって言い出したんだし。私の中でもケジメつけたかったし」


「このことで、ふたりの仲が悪くなったらって心配でさ。リョウ、ああ見えて根が真面目だからな。てか、どこいったんだろうな」


 エプロンもそのままで、急いで追いかけて来てくれたレオンさんに感謝しかなかった。


「私もいきなりここに来ちゃったから。お邪魔しちゃってごめんなさい。家族でクリスマス楽しんでね、レオンさん」


 スマホを見ると、時刻は23時45分。もうクリスマスは終わってしまう。なんだか、すべての魔法が溶けてしまう、そんな気がして思わず力がぬけた。


 車に乗り込み、リョウくんと初めて会ったカフェを横目に車を走らせる。お留守番を頑張ったクラゲへのご褒美を近くのコンビニで買い、アパートに到着。


 するとそこには、雪の中で私の部屋を見上げる、リョウくんの姿があった。


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今回は、第16話を読んでいただきありがとうございます。


いくつになっても恋心は大切にしたいものですね〜。






 

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