第15話 クリスマスの悪戯

 あのタカヤの一件以来、俺は睦ちゃんとの距離に戸惑っていた。それもそのはず、俺と出会わなければ、こんな危険なことに巻き込むこともなかったのだ。


 あの日、恐怖で小刻みに震える睦ちゃんを思い出すたび、連絡するのをためらい、今日もまたスマホを閉じるのだった。

 

 気がつけば、すっかり街はクリスマスカラーに彩られキラキラムード。この時期もレンタル彼氏に休みはない。お客さまの笑顔のために、俺はこの仕事を選んだのだから。てか、こんな気持ちのときは忙しいほうが助かったりしてね。



 あれからリョウくんからの連絡はなかった。イベント続きのこの時期だし、レンタル彼氏の仕事は忙しいのかもって思うしかないか。あの時、怪我をしてまで守ってくれたお礼も伝えたかったけど、モヤモヤした気持ちのまま、クリスマスを迎えてしまった。


 そんな矢先、光樹からメールが届いた。


─クリスマスはまだ空いてる?


 ずっと待たせてばかりだったのに、私をいつも見ててくれた光樹。正直、まだ落ち着いて自分の気持ちと向き合うことなんて出来てないけれど。せっかく一緒に過ごしたいと言ってくれるんだもん。


 私を守ってくれたリョウくんのことを思うと心がチクッと痛むけど、私は彼の癒し友達。それ以上にはなれない関係。歩みよっちゃいけないんだよね。


 ズルい女だと思われてもいい。誰かに甘えたかった。頭のてっぺんから、足のつま先まで、心ごと全部包み込んでもらえるみたいな、そんなチョコレートみたいに甘い優しさが欲しかった。


─今週の土曜日なんてどう?


 この一文を送信するのに、一日悩んだ。ぐちゃぐちゃの気持ちのまま動くのって、すごく勇気が必要だけど。動かなきゃ、沈んでしまいそうだったから。


─了解。朝10時に姫をお迎えにいくよ。


─それなら、王子。白馬でお迎えよろしくねw


 そんなやりとりからあっという間に時間は過ぎ、デートの日当日。彩さんに習った大人メイクをベースにして、今日は女の子らしく黒のタートルネックのセーターに、ロングスカート。鏡にうつる私は、うまく笑えているだろうか。


「お待たせしました、姫。寒くない?」


 お迎えに来てくれた光樹は、いつにもましてイケメン度があがってて。改めて、私なんかにはもったいない男だと、思わざるを得なかった。


「デートできると思ってなかったからさ。プレゼントは、一緒に選びにいこう。1年頑張った睦へのプレゼント」


 そう言って、軽やかに車は走りだし、私達のクリスマスデートは始まった。


「何か欲しいものはないの、睦」


「うーん。特にはないけど」


 人混みの中をふたりでウロウロしながら、街の中を歩いていると、聞いたことのある声が耳に流れ込んできた。


「いやいや、そんなにくっつかなくてもよくない?」


「え〜だってぇ、周りのカップルはみんなあんなにくっついてるじゃない。ねぇ、リョウは何が欲しい?」


 お店を出たところにいたのは、リョウくんと、光樹の元カノ中堂なかどうさんだったのだ。なんとなく気まずくなり、ゆっくりとその場を離れようと……。


「あら?どこかでお見かけしたふたりだと思ったら、光樹さんと天野さんじゃないですか。おふたりでデート中ですか?」


 中堂さんが、にこりと微笑みながらこっちを覗き込む。お人形さんみたいに可愛いクリクリの瞳。寒気を感じるのは、私の気のせいだろうか。おまけに、リョウくんと久々に会うのがこの状況って……神様はほんとに意地悪なんだから!


「あ、うん。クリスマスだからね。中堂さんも彼とデート?」


 光樹は、慌てることもなく答える。


「ええ、もちろん。イケメンの彼氏だから、みんな振り向いちゃって困っちゃうのよ。ねーリョウ」


 そう言うと、白々しく通りを見ていたリョウくんの腕を引っ張り、こっちに引き寄せる。私とリョウくんは、初対面のフリをして、軽く会釈したのだった。


「早くあっちのお店もまわろうカナちゃん。お邪魔してすみません、失礼しました」


 そう言って、リョウくんは中堂さんの手をとり歩き出したのだった。その背中を見送りながら、また心がチクリと痛んだ。


「ふぅ。まさかこんなところで会うとはな。驚いたね〜。かっこいい彼氏つかまえてんじゃんねぇ」


 光樹は笑いながら、私の顔をのぞき込んだ。私は慌てて、返す言葉を探した。


「あ〜なんか緊張した。修羅場になるのかと思っちゃった。もったいないなぁ、あんなに可愛い彼女、なかなかいないですよ光樹さん」


 まだ中堂さんの態度を見れば、光樹に心残りがあるのは、手にとるようにわかった。


「だから、もう終わってるって話しただろ。俺は睦しか見えてないから。もうあのナントカっていう猫のぬいぐるみ買ってやんないぞ。本来ならもっとクリスマスらしいものをプレゼントしたかったけど。ま、睦らしいもんな」


「え!本当に?モフりんのだき枕買ってくれるの?神だな〜光樹」


 こんな時、無条件に優しさをくれる光樹に、感謝しかなかった。今、リョウくんはどんな気持ちなんだろう。そっと振り返ってみたけれど、すでにそこには、ふたりの姿はなかった。



 気がつけば、俺はしばらくカナちゃんの手を引っ張ったまま歩いていた。俺自身があの場所に留まる自信がなかったからだ。彼は、睦ちゃんの彼氏なのだろうか?いつもよりやけに色っぽい睦ちゃんだったな。やっぱり俺じゃだめだよな。


「ん?どしたの、リョウ。やっと手を繋いでくれたのね。私、すごく嬉しい。光樹のやつ、あんな田舎臭い女のどこがいいのよ。どうかしてるわ」


「カナちゃん、さっきの男性は知り合いなの?」


「もちろんよ。彼は私の元カレの光樹。別れるときに言ってたのよ、他に好きな人ができたって。まさか、同僚のあの子だなんて心外だわ」


「そっか」


 睦ちゃんの魅力に気がつく男は俺だけじゃないってことか。そりゃそうだよな。アイツなら、睦ちゃんの笑顔を守ってくれるかな。そんな思いが、心に重くのしかかった。


「ねえ、どうしたのリョウ?顔色悪くない?気を悪くしたのならごめんなさいね。今は、リョウだけを愛してるから安心して」


 いやいや、カナちゃん完全に誤解してるんだけど。


「いえ、俺はレンタル彼氏なので大丈夫ですよ。お気になさらず」


 見上げた空には、いつの間にか、真っ白い雪が舞っていた。






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