第14話 それぞれの傷跡

「俺もなめられたもんだな」


 タカヤは、私の両手を掴み、強引に壁に押しつけた。


「離して……よ」


 どうしよう。男の人ってこんなに力が強いなんて。恐怖心がふくらみ、強気な気持ちが今にもなえてしまいそう。


「まぁ別にテメェになんか興味ねぇんだよ。おとなしくしてれば、すぐ気持ちよくしてやるから」


 タカヤの荒くなった息が、私の顔にあたる。身動きのとれなくなった私は、ギュッと目を閉じて、祈るしかなかった。


「おい。てめぇ、何してんだよ」


 次の瞬間、部屋から飛び出してきたリョウくんが、すかさずタカヤの胸ぐらに掴みかかった。タカヤは、突然のリョウの存在に驚き、私の両手を離した。


「誰だよ、愛美の男か?」


 タカヤは迷いもなく、リョウくんに殴りかかった。鈍い音が静かな部屋に響く。思わずバランスを崩し壁にぶつかったリョウくん、タカヤの顔を睨みつけ、今にも飛びかかりそうな勢いだ。


「ふたりともやめて」


 私は、力の抜けた声でふたりに声をかけるのが精一杯だった。どうしよう、ケンカなんて見たことないし、慌てふためくばかり。


 その時……ピカッと部屋の明かりがついた。眩しすぎて、一瞬視界が真っ白になった。


「はい、ふたりともそこまで」


 その声を聞いて、タカヤに突然緊張が走る。これまでマウントをとったような口ぶりだったタカヤの目があきらかに泳いでいる。


「あ、あれ。レオンさんじゃないっすか。愛美さんって、レオンさんの知り合いとかですか?いや、俺知らなくて……。まだ手出してないですから」


 そう言い残して、逃げるように玄関の方へむかうタカヤ。それが許されるはずはなく、レオンさんに行き手を阻まれ、ふたりは睨み合う形となった。


「お前、社長になんて報告するんだ?お客さんとられたとでも言うのか?お前がお客さまに、嫌がる女の子に何したか、全部話せるんだな!」


 レオンさんのひと言で、私とのやりとりがバレていることに気がついたようだった。


「なんだよ。みんな同じようなことやってんだろ。このクソ野郎がっ」


 そう言うと、レオンさんに対して殴りかかるタカヤ。しかし簡単にかわされ、腕をひねりあげられてしまった。


「下の駐車場に、お前んとこの社長達来てるから、後はよく話すんだな。わかってるだろうけど、愛美ちゃんとの話は全部筒抜けだ」


「おい、愛美。俺を騙してたのか?」


 すがるような目で、私のことを見るタカヤ。男としてのプライドすら失ってしまったのだろうか。すると、レオンさんが静かに話し始めた。


「全部、お前んとこの社長に頼まれたんだよ。ハイエナに落ちぶれて、お客さまに迷惑かけてる社員がいるって。それでもアイツは、性根は腐ってねぇって信じたいから、試してほしいってお願いされて。今回、愛美さんに頼んだんだよ。その結末がこれだ!」


 タカヤは、冷たい床に膝をつき動かなくなってしまった。


「お前も男なら、ここから先は自分で落とし前つけろ。女とやりたいだけなのか?金の為か?本当に大事なもん、見失ってるんじゃないのか!」


「なんなんだよ。もうおしまいだよ。こんなこと先輩にバレたら、俺殺されちまうよ……そうだ。全部なかったことにしちまえばいいんだよ。全部。ぜ〜んぶ」


 タカヤはそう吐き捨てると、ポケットに隠し持っていたナイフを取り出した。ナイフの鈍い光に、緊張がはしる。そして、何かブツブツつぶやきながら、私を睨みつけたかと思うと、ナイフを振り回しながら、走りだした。逃げなきゃいけないのに、怖くて体が動かない。次の瞬間。


「いいかげんにしろよ、てめぇ」


 フローリングの床にぽたぽたと落ちる血の跡。私をかばって間に入ったリョウくんの腕をかすり、ナイフは床に転がった。


「お前がしゃしゃり出てくるからだろーが。あの女の顔に傷でも残してやろうと思ったのによー」


 リョウくんは、血の流れる腕でタカヤの肩を掴み、睨みつけた。


「大事なもん、全力で守るのが男だろーが。お前は、自分自身以外に大事なもんねーのかよ。しっかりしろよ」


 その時、玄関のドアが勢い良く開いた。


「ほらタカヤ、お迎えだ。社長がお呼びだ。今回の件、さすがにうちの可愛い子にケガさせられた手前、穏便にはすませられんぞ。覚悟しとけよ」


 タカヤは、うなだれるように迎えに来た同じ会社の先輩に抱えられ、部屋を出ていった。何より、リョウくんのケガが心配だったけど、運良くかすり傷ですんだ。


 その後のレオンさんからの情報だと、タカヤを含め、3名のハイエナが見つかったらしい。最初は、先輩に言われてイヤイヤ始めたらしいけれど、容易く大金が手に入る甘い蜜を知ったらなかなかやめられなくなり、深みにハマったのだろう。


 リョウくんのこともあったので、傷害事件にするかどうかレオンさんもかなり悩んでいたけれど、初犯ということで、今後は社長さんに厳しく指導を任せるということになったらしい。


 あの日から1週間ほど過ぎ、レオンさんとリョウくんのところに、タカヤとその社長さんのふたりで謝罪に来て、床に手をつき土下座したらしい。タカヤは、頭は丸坊主。顔は、イケメンの欠片もないほど、ボコられ腫れまくっていたらしい。それでも、被害にあった女の子達の心の傷に比べたら、たいしたことないよね。


 それが正しいやり方なのかは、私にはわからないけれど、今後の育成の為にも、今回は厳しく指導していくって話らしい。確かに、解雇するだけなら、簡単だもんね。


 リョウくんの傷も1週間程度で包帯もとれて、安心はしたけれど、うっすら残る傷跡が痛々しかった。


──—―—―—―—―—―—―—―—―—―


この度は、第14話を読んでいただき、ありがとうございます。


更新まで間があいてしまいましたが、最後まで頑張ってみようと思います。

おつきあいいただければ嬉しいです。


 




 


 

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