第13話 狩りの時
タカヤと私は、次は大人のデートをしようと約束し、居酒屋さんで待ち合わせをした。大人の女を強調できるように、黒を基調としたワンピースをチョイス。ボルドーのアイシャドウで、色気をプラス。ウィッグのロングヘアーをヘアアイロンで巻き髪にセットした。
「あれ。今日はいつもより、より色っぽいね」
いつものようにタカヤは獲物を狙うような目で私なめるように見ている。きつめの香水は何度会っても、慣れることはない。お酒の弱い私がタカヤをお持ち帰りするのは、本当に命がけのミッションだ。
「あ~久しぶりにお酒飲んじゃった。なんだかフワフワする」
わざと少しよろける感じで、タカヤの腕にからみつく。少し潤んだ瞳で見上げると、完全にカモを見るように私を見つめるタカヤ。
「この後はどうする?愛美」
「今日は飲み過ぎちゃったし、そろそろ家に帰ろうかと思ってる。また行こうね」
あれれ?どうしたんだろう。歩きたいのに、立っていることすら難しくなってゆく。バッグを持つ手に力が入らなくなってきた。
「そんな冷たいこというなよ。夜はこれからだよ愛美。家まで送っていくから、安心して」
「本当にもぅ大丈夫だから」
「じゃあせめてお家まで送らせてよ」
私はバレないように、スマホを通話状態にして、用心のためにレコーダーも仕掛けた。タカヤの言葉、一言一句漏らすわけにはいかないのだ。
俺は、通話状態になった睦ちゃんとのスマホを強く握りしめ、耳をすます。
時折、ガサッと雑音は入るが、ふたりの会話が否が応でもよくきこえる。ふたりは一緒にタクシーに乗り込んだようだ。
─ん〜もぅやめてタカヤ。どこ触ってんの?
―俺も男なんだもん。こんな愛美見ちゃったら、我慢できないよ。
あ〜もぅ聞いていられない。思わず、タバコの本数も増えてしまう。これが全て計画だとわかっているのに、睦ちゃんの甘ったるい声が、もしかして本当は、喜んでいるのではないかと疑う自分がいる。
「なんだよ、湿気た面しやがって。お前がそんなでどぅするんだよ。守ってやんだろ、睦ちゃんを」
隣で一緒にいたレオン先輩にドヤされ、我にかえる。しかし、最近、というかタカヤとのデートするようになってから、睦ちゃんはより女っぷりをあげていた。俺のみたことのない睦ちゃん。やっと仲良くなれたと思っていたのに、紛れもない嫉妬心が俺の思考をゆがませる。
もしかして、トラップのつもりが、再びタカヤに惚れちまったってことはないんだろうか。今頃、ふたりは肩を寄せ合い、熱いキスとかしてるんじゃないだろうか。良からぬ想像だけが、頭をよぎる。
─ねぇ、これから愛美の家で楽しくやらない?
─何するの?ふたりで。
─それは、到着してからのお楽しみでしょ。
─タカヤ、オオカミさんになったりしない?私、ちゃんと契約は守りたいからさ。
─俺はいつも紳士だから、ご心配なく。
─運転手さん、花畑町のミルキーマンションまでお願いします。
よし。ふたりはマンションに向かってくる。俺達は、隠れてふたりを待つため、部屋に戻った。今はそんなこと考えてる場合じゃない!一緒にハイエナのしっぽをつかまえるって、睦ちゃんと約束したんだ。俺は、ゆっくりと深呼吸して、気合をいれた。ヤツがくる。
タクシーがマンションに到着すると、私はタカヤに支えてもらい部屋に向かう。今日は、一緒にお酒を飲んだのも1度目。このまま、部屋まで送ったら帰って行くのかもしれない。そんな甘い思いすらよぎっていた。
「ありがとう、タカヤ。今日はとっても楽しかった。また今度ね」
そう言って微笑みかけた時、タカヤは私を引き寄せ唇を奪った。油断したことを後悔したが、いきなり突き飛ばす訳にもいかない。
「愛美、ベッドまで連れて行ってあげるよ」
「だ〜め。これ以上契約破っちゃだめ」
困った表情でタカヤを見つめかえす私。
「じゃあ。おれと契約しちゃえばいいじゃん。初めてだし今日は1万でいいよ。愛美のこと、朝まで満足させてあげようか?」
「それって契約以前にダメなやつじゃないの?」
リョウくんもレオンさんも一緒にこの会話を聞いてくれているはず。怖がっちゃダメ。思わず拒絶しそうになる気持ちを押し殺して、冷静をよそおった。
「早くここあけて愛美?俺、我慢の限界なんだけど」
「もうやめて。紳士なんじゃなかったの?うそつき」
「いいから。ほら鍵だしなってば。いい子だから」
「やめて、やめてってば」
タカヤは、私から鍵を無理やり奪い、部屋に私を引っ張りこんだ。暗くて冷たい部屋に、ふたりの声が響く。
「あーなんだよ契約決裂かよ。残念だなぁ〜。愛美とならうまくやっていけると思ってたのになぁ。なんだよ、いい部屋すんでんじゃん」
「これ以上おかしなことしたら、タカヤのレンタル彼氏の事務所に連絡するわよ!」
「え?なに?証拠とかあんの?愛美のほうから誘ってきたんじゃないの?それにいやらしい写真とか会社に送っちゃおうかな〜。仕事しづらくなるねぇ〜。このマンションにもばら撒いちまうか。写真はこれからゆっくり撮るんだけどね」
タカヤは勝ち誇ったように、私のことを見下ろし、再び私の唇を強引に奪った。
あ〜もぅ見てらんねぇ。俺は隣の部屋から飛び出そうと、ドアに手をかけ、思わずドンと音をたててしまった。レオン先輩は俺に制止するよう指示しているが、もう我慢の限界だった。
「ん?何の音だよ」
そういうとタカヤは隣の部屋に向かって歩き出す。
「こっちに来ちゃだめだよクラゲ。お利口にしてて」
「あ~可愛い猫ちゃんかぁ。飼い主の危機を感じたのかなぁ。手も足も出ないだろうけどな」
そういうと高笑いをしながら、再び私の腕をつかんだ。首から鎖骨にかけ舌をはわせ、汚らしい目つきで私の頭を撫でる。無意識に涙がこぼれた。一度でもこんな男を好きになってしまったことへの後悔と、タカヤへの侮蔑の念。
「離してよ。あんたなんか最低の男よ。汚らしい、近づかないで」
私は思い切り掴まれた手を振りほどいて、玄関のドアに手をかけた。背後に見たこともないほど冷酷な目をしたタカヤが迫っていた。
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この度は第13話を読んでいただき、誠にありがとうございます。
ゆっくりしか更新できておりませんが、読んでいただけると嬉しいです。
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