第12話 兎のダンスにご注意を

 次の日の夜、私は約束のカフェに到着。13年ぶりに写真で見たアイツは、より外見に磨きをかけ、大人になり色っぽさまで兼ね備えているようだった。


 私はカフェに入り、席をくるりと見渡す。すると、こちらに手をあげて、深々とお辞儀をするアイツの姿があった。契約の時に、事前に写メを送っていたので、こちらに気がついたようだ。


「初めまして、レンタル彼氏のタカヤです。今回はご指名頂いただき、ありがとうございます」


「そうなんです。そちらのHP見てたら、すっごく素敵なタカヤさんを見つけてしまって。本当に、その……デートとかしていただけるんですか?」


 私は少し恥ずかしそうにアイツに微笑んだ。ちゃんと笑えているだろうか。そんな一抹の不安はすぐに消し飛んだ。


「いやぁ〜光栄です。こんなに素敵な方に指名していただけるなんて、男冥利に尽きますよ。早川さんでしたよね?」


「できたら、愛美って、下の名前で呼んでくれませんか?初めて会うのに、こんなお願いとかダメですかね」


 む〜我ながら気持ち悪いぐらいの甘えん坊さんではないか。


「わかりました。仰せのままに。話し方はこのまま敬語がいいですか?それとも……」


 私はそっとテーブルの上のアイツの手に触れ、照れくさそうにつぶやく。


「敬語なんてイヤです。もっと近い距離がいいので、タメ語でいいよ、タカヤさん」


 ん?気がつけば、自分の中に女優モードがあることを知った私。でも、調子に乗ったら勘づかれる可能性が。そんなことを考えていたら、アイツの顔がぐっと近くにあった。


「愛美、どうしたの?」


 水を得た魚のように、アイツは私を手の平で転がそうとしている。転がってやろうじゃないの〜。必ずそのシッポ掴んでやるんだから!


「うふ。勇気出して契約してみて良かった。タカヤさん、これからもよろしくね」


「やだなぁ。タカヤでいいよ。俺も愛美と出会えてよかった。じゃあ、最初だし、ざっとレンタル彼氏の契約について、もう一度確認するね」


 そう言うと、アイツはレンタル彼氏について説明を始めた。もちろん、リョウくんが言っていた内容のことである。


「もしも好きになっちゃったら、契約違反なんですね」


 少し寂しげに、アイツを見つめる。


「大丈夫だよ愛美。その時はまた考えよう」


 なんて事言うんだコイツ。こうやって、のらりくらりと女の子をその気にさせていくんだな!さすがにプロ。3時間はあっと言う間に過ぎた。とりあえず今後は、週2回、夜に4時間程度のデートをすることにした。ま、支払いはレオンさん持ちだしいっかー。


「うちまで送ろうか?」


「今日は大丈夫。このデートの余韻を楽しみながら帰るから」


 アイツは一回目からかなり距離を詰めてくる。


「ねぇ愛美。俺らって、会うの初めて?なんかそんな感じしなくて。不思議だわ」


 あったり前じゃバカ!思わずアイツを見つめる目に殺意がこもりそうで慌てて目を伏せた。


「そうやっていつも女の子に言ってるんでしょ〜。今度はどこ行こっか?すごく感じのいいカフェ知ってるからそこ行こ」


 こうして第1回目のデートは終わった。すぐにリョウくんに電話して報告。すごく心配していたけど、今は計画をキチンと進めたいからと、会いに行くのは辞めにした。


 家に戻り、ウィッグを外し、服を着替えて、メイクを落とす。足に擦り寄るクラゲを強制的に抱っこして、お腹にモフらせていただく。疲れがピークに達していたのか、溶けるようにベッドに倒れ込んだ。


 次の朝、いつものように仕事に向かう。


「おはよう、光樹」


「あ。おはよう、睦。ねぇ、昨日夜にデートしてた?まさかね」


 光樹は、ふふっと笑って、仕事を始めようとしていた。私はどうしてそんなこと言うのか、心中穏やかではない。


「どーしたの、光樹?なんか変だよ」


「実はさ。昨日珍しくひとりでドライブしてた時に、あるカフェに睦のお姉ちゃんみたいな子が入っていくのを見つけたんだよ。栗色のロングヘアーでさ。ニットワンピース着ててたっけな〜」


「やだな〜光樹。私、ひとりっ子だし」


 ヤバっ。まさか、光樹に見られていたなんて。変装してみても、あの程度ならバレるに決まってるよね。


「その娘可愛かった?」


 光樹は、あごに手をあて、しばし考え込む。むむ?何考えてんだろ?


「もしかして睦、妬いてんのか?心配すんな、俺はおまえしか見てないから」


「光樹、声大きい!」


「てか、睦。顔真っ赤だぞ。耳まで」


 そう言うと、私のぶんのコーヒーをデスクにコトリと置いて、去っていった。


 さり気なくサラリとなんてこと言うのよ。私だっていちよ女の子なんですからね。そりゃ、ドキドキするんだってば。


 光樹のいない隣の席なんて、考えたことなかったもんな。そんなことをじんわりと考えてしまった。


 それから私は計画通り、2回目、3回目とデートを重ね、私とタカヤの距離はより近くなった。これはもちろんフェイクのデート。一度だってあの笑顔にドキリとすることはなかった。イケメンとて、やはり中身ありきってことだよね〜と噛みしめる。


 それでも、アイツはきっと勘違いしているはず。俺の手の中でカモがバタバタしてるって。ほらほら、大いに勘違いしなさいよ、ハイエナ野郎!


 そんな心をうちに秘め、私はタカヤの隣で今日もコーヒーを飲んでいた。帰り際に耳元でアイツが囁いた。


「今度のデートはお酒飲みにいかない?」


「私、すぐ酔っちゃうから、タカヤに迷惑かけちゃうかもよ」


 私は、準備していたセリフをアイツに返した。これまで被害に会った女の子達の大半が、アルコールを飲んだ後だと聞いていたからだ。


 次のデート、アイツは仕掛けてくる。そう思うと、高揚感で体が熱くなった。


────────────────────


今回は第12話を読んでいただき、ありがとうございます。


この作品も気がついたら、100PVこえてて、すごく嬉しいです。皆さんに感謝!








 

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