第11話 桃色トラップ

 それから私たち3人は、タカヤという狡猾なハイエナを追い込むために夜遅くまで、話し合った。まずは私がタカヤに客として接触し、女としてカモになると認識させる必要がある。


 本当はすごく怖い。でも、心の奥はとても静かで、強い何かが私のことを突き動かしていた。


 心配するリョウくんの提案で、できれば私であることはバレないほうがいいだろうと言うことで、レオンさんの知り合いの彩さんに、ウィッグを借り、メイクを教えていただいて、わずかながら変装することになった。


 いつもと違うメイク方法を教えてもらい、ちょっぴり色っぽく艶っぽく見えるように魔法をかけてもらう。栗色のロングヘアーを被り、カラコンもつけて、変身完了である。とりあえず衣装は、Vネックのニットワンピースをチョイス。


 少し時間をかけることにはなるけれど、まずは客としてアイツと何度かデートを重ね、ハイエナのしっぽを出させなければ!


「勢いよく引き受けちゃったけど、私なんかにできるかな〜」


 思わず本音がポロリと出てしまった。メイクをしてくれてた彩さんがクスリと笑っている。


「うーん。あなたなかなかメイク映えするじゃない。私にできる魔法は教えてあげたからね、後は家で練習しなさい。メイク道具もこのまま貸してあげるから。たまに、巻き髪にしても色っぽいわよ」


 そう言って、鏡を見るように私に向けてくれた。そこに映るのは、これまで出会ったことのない私の姿。思わず背筋が伸びる。後で自撮りしたことは、ここだけの秘密ね。


 つい嬉しくなり、隣の部屋にいるリョウくんにこの姿を見せたくなった私。


「見て、リョウくん。私でも少しは色っぽく見えるかな?」


 振り向いたリョウくんは、頭からつま先まで見て、なんだか照れくさそうにソッポを向いてしまった。


「ねぇ、本当に睦ちゃんがやるの?俺はまだ反対なんだけど。なんか、他の方法もあるんじゃないかなー」


 反抗期の子供みたいなこと言うんだから。


「リョウくん、私が決めたんだ。過去と決別して、前に進むチャンスだと思うの。見守ってくれない?」


 リョウくんは、しばらく黙っていたけれど、俯いたまま、静かに頷いた。


「そのかわり、絶対にムチャすんなよ」


 そんなふうに心配されちゃったら、抱きつきたくなっちゃうよ。そんな気持ちを抑え、私はリョウくんの頭を優しく撫でた。柔らかい髪が指に触れる。


 ふいをつかれ、驚いた表情で私をみあげるリョウくんは、そのまま私を引き寄せる、はずだった。私はそのままバランスを崩し、リョウくんに覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。


「ごめん。痛くなかった?」


「俺こそ、つい魔がさしちゃった。てか、睦ちゃんのやわらかいのが当たっておりまして」


「もぅやだ。ごめんなさい」


 その物音に驚き、あわてて隣の部屋から彩さんがのぞきに来て、咳払いをひとつ。


「心配してきたら、何よこのありさま。続きは私が帰ってからにしてよ〜」


「あ、いえ、これは事故で」✕2


 私たちは合わせたように同じ言葉を口にしていた。情けないやら、おかしいやら。


「別に言い訳なんていらないでしょ。男と女ですもの、惹かれ合ったり、すったもんだするもんでしょ。後はごゆっくり〜」


 そう言って、彩さんはメイク道具を置いて、帰ってしまった。思わずふたりきりになってしまった私たちに、静かな時間が流れる。


「では、改めて……」


 リョウくんは、私の両肩に手を置いて優しい眼差しで私を見ている。少しずつ近づくふたりの距離。私が目を閉じようとしたそのとき。


「たっだいまぁ〜」


 姿をあらわしたのは、もちろんレオンさん。慌ててリョウくんは、喋りだした。


「うん。なかなかいいメイクに仕上がったんじゃないかな〜。ほら、先輩。見てくださいよ!睦ちゃんいい感じッスよね〜」


「あらら、本当。そりゃリョウもキスしたくなっちゃうよなぁ〜」


「な、何言ってんすか先輩」


 わかりやすいくらい動揺するリョウくんを見て、笑うレオンさん。どこまで見られていたのやら。


「明日だろ、ふたりで会うの」


 そう。明日の20時にハイエナのタカヤと初めて会うことになっているのだ。


「はい。明日の夜に、早川 愛美まなみという偽名で予約を入れてます」


「タカヤの所属してるレンタル彼氏の組織の社長にも話は通してる。睦ちゃん、大丈夫か?なんかあったら、すぐ連絡しろよ」


 レオンさんは、少し心配そうに私の顔をのぞき込んだ。私は精一杯の笑顔で頷く。


 不安がないなんて嘘になる。本当は怖い、逃げ出したい。でも、昔の私みたいに、アイツに傷つけられてる女の子がいるのなら、見てみぬふりはできない。


 私は、また報告するとふたりに告げ、彩さんから借りたメイク道具を持って、家に帰ることにした。


 家に帰り、寝ようとしていたときに光樹からメールが届いた。


 ─睦、起きてる?


 ─寝ようとしてたとこ。


 ─最近忙しそうだね。


 ─うん。ごめんね。しばらくバタバタしてるかも。


 ─そっか。クリスマスデート誘いたくて。


 ─うん、一緒にケーキ食べよう。ごめん、光樹。また連絡するね。おやすみなさい。


 そうやって一方的にメールを終わらせてしまった。光樹の思いを、中途半端に弄ぶつもりはない。ちゃんと、自分の気持ちとも向き合いたい。そのためにも、まずはハイエナ退治を終わらせなければ。少しだけ待っててね、光樹。


 明るく空を照らす満月の夜。過去への決別を近い、私は眠りについた。


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今回は第11話を読んでいただき、ありがとうございます。


更新ゆっくりではありますが、また読んでいただけると嬉しいです。

 




 



 


 

 

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