第4話 友情という名の壁

 いつものお店に到着。月曜日ということもあり、店内は割と静かではあったが、おご馳走のいい香りが鼻をくすぐる、というより胃袋を刺激しまくる。


「睦、こっち」


 奥のテーブルで、光樹が手をあげていた。いつも私の方が遅れて到着しちゃうんだよね。


「おつかれ。遅くなってごめんね。新人の恵里ちゃんの仕事手伝ってたら、本人はデートで帰っちゃうし、結局私ひとりで残業なんだもん。20時待ち合わせでよかったよ」


 色気より食い気が勝る私にとって、ディナーは何より癒やしの時間なのだ。


「本当に睦さんは、お人好しなんですから。頼られる先輩って聞こえはいいけど、都合のいい使われかたすんなよ〜こっちが心配するわ」


 居酒屋でごはんとはいえ、明日も仕事なのでアルコールは抜き。これまで何度ここで愚痴を言い合ったり、慰めあったりしてきたのだろう。頼りになる同期ってホント大切だわ。


「でもさ、私なんかとごはん食べてていいの?彼女に怒られても知らないよ〜」


 私は光樹の悩みを聞き出そうと、彼女というワードを直球でぶつけてみる。


「あ〜それね。受付の彼女とは、2週間前に別れは告げたんだけどね」


「え?そうなの?1年くらい付き合ってたんじゃなかった?たしか、あの子って部長のお孫さん!ピチピチの25歳。お目々クリクリの美人さんだったし」


 突然の光樹からの報告に、私は面食らった。でも、それ以上のことはいい大人なんだし、特に突っ込んで聞かないけど。なんだか歯切れの悪い態度の光樹が気になってしかたなかった。


「ま。私の焼き鳥も食べていいから、元気だしな〜。仕方ないなぁ、厚焼き卵も半分だけつけてあげるよ」


「いや、その焼き鳥は俺のだろ。卵焼きもいつも半分こだろーが」


 30歳にもなって食べ物で言い合ってるなんて、なんとも滑稽である。でも、こんな時間がなんか落ち着くんだよねぇ。その後、いつもの仕事の愚痴やら、最近おすすめの映画の話とか。お互いの近況報告で盛り上がった。同じ職場で仕事はしてるけど、なかなかゆっくり話す機会もないので、こういう時間は貴重なのだ。同期の壁を超えて、友達になれたのは光樹くらいだった。


「なぁ睦。ちょっとだけ公園歩いて帰んない?」


「うん、いいよ。話したいことあったんじゃないの?」


 光樹は軽くうなずきながら、笑ってお店の暖簾をくぐった。約束通り今夜の食事は光樹のおごり。とおりにでると、秋らしい乾いた風が吹いていた。公園まで5分程度の道のり、珍しく沈黙の時間がすぎた。何か考えごとでもしているのだろうか、黙り込んでいる光樹の背中を指で軽くつついてみた。


「ねぇ、何か考えごとしてるの?そんなに黙り込んじゃって」


 光樹は遠くを見つめながらつぶやく。


「睦は今、彼氏いないの?」


「光樹くん、それは愚問ですな。もう彼氏なんて何年いないかな〜。キスのしかたすら忘れちゃったよ」


「じゃあ、俺で練習でもしとくか?」


 そう言って私の両ほほを両手で包み、ふざけて遊んでいる……はずだった。


 それは瞬きをするほど、一瞬の出来事だった。見上げると街灯の光が眩しくて、光樹の顔はよく見えない。大きな影が近づいてきて、光樹の唇が私の唇に触れた。


「睦、キスするときは目は閉じて」 


 私は驚いて、立ち尽くしたままだった。脳が起動し、状況を理解するまで少しかかる。


「こら、ふざけすぎ……」


 再び見上げた光樹の顔は、少し頬が赤くて、真剣な眼差しで私を見ていた。


「ごめん。もぅ我慢できそうにない」


 光樹は、私を引き寄せ両手で抱きしめた。

あたたかい温もりと、光樹の鼓動がきこえる。まるで夢を見ているかのような、現実味のない時間が過ぎる。


 我にかえると、ここは公園内。道行く人達の視線が痛いことに気づく。


「どうしたの?らしくない」


「やっぱ俺、睦のこと好きみたいだわ」


 唐突な告白に再び思考回路が停止する。いつも一緒にいたし、いなくなったら寂しい存在。でも、そんなふうに男の人として意識することはなかった。私にはもったいない程、完璧な人。


「いきなり何言ってんだこいつって感じだよな。許可もなくキスしたのは、申し訳ない。こんなかっこ悪いキスしたの初めてだ。今顔見れねーわ」


 そう言うともっと強く抱きしめてくる。


「光樹。そんなにキツくしたら窒息しちゃうけど。リスみたいに逃げ出したりしないから、一度この手を離しなさい」


「あ。ごめん、つい」


 バツが悪そうに手を広げる光樹。いつもの凛々しい横顔は影をひそめ、子供みたいにそっぽを向いている。いや、こんなの見たら可愛すぎるんだけど。どうしたらいいの私。


「そろそろ帰る?」


 どおしたらいいのか困ってるのは私も同じだった。そりゃ光樹のこと好きだけど、男としてって言われると、突然すぎてわからない。


 私は、見た目も普通だし、ハイスペック男子の取扱説明書を持ってない。見たこともない!


「そんなにイヤだった?」


「そうじゃなくて。こんな状況に慣れてないから、対応策が見つからなくて。光樹、話したいことって、もしかしてこのことだったの?」


 光樹はうなずきながら、私の頭をなでる。もぅズルすぎるぞ、反則なんだが。


「睦。ゆっくりでいいから、本気で俺との未来を考えてみない?前向きに」


「わかった。少し時間ちょうだい。今日は脳が疲れたからもう帰る」


 その夜、猫のクラゲを抱きしめて眠った。目を閉じると、さっきまでの記憶が蘇ってくる。久しぶりに冷蔵庫の缶ビールを喉に流しこむ。光樹のあたたかい体温がなかなか消えなくて、長い夜を過ごすことになった。


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第4話を読んでいただき、ありがとうございます。

下手な描写ではありますが、読んでくださった方に少しでもドキドキが伝われば嬉しいです。


 



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