第二十三話 尾行1人目――

 建国祭を思いっきり楽しむ為に、それを邪魔しそうな輩をあらかじめぶっ潰すことを決意した俺たちは、《幻術》と《幻影ファントム》を互いにかけ合って姿気配をほぼ完璧に隠蔽すると、屋根の上に飛び乗った。そして、スラム街周辺を中心に、怪しそうな人を探し出す。

 と、言っても……


「流石にスラム街にいる奴は、皆ヤバそうな人に見えるなぁ……」


 都市の吐き溜めとも言えるスラム街には、「俺、10人は殺ってますわ」とでも言いそうな人がゴロゴロ居た。だが、見た目だけで「はい、こいつ犯罪者~!」なんて言うのは、もはや異常者のそれと同じだ。流石に、確信できる証拠を見るまでは、手を出すつもりは無い。

 それに、スラム街って犯罪者が多い関係上、普通に貧民として暮らしている奴もそいつらを撃退する為に、ゴロツキみたいな感じになっているっぽいし。

 そんなことを思いながら、屋根をひょいひょ~いと跳んでいく。


「ん~これはもう二手に分かれて、怪しそうな人を手当たり次第に尾行していくのが手っ取り早いですかね。後はスラム街に限り、流石に軽犯罪は大目に見ましょう。多分、全員それぐらいはやってますし」


「だなぁ……」


 全員軽犯罪はやってるって何だよ……と日本の常識を持つ俺は思ってしまうが、この世界の治安を鑑みれば納得は出来るので、口には出さない。

 まあ、そんなことはさておき、早速尾行していくとしますか。

 ん? ストーカー?

 そんなものは知らん!

 俺は毎度の如く日本の常識を一部ペイッすると、良さげな人を探す。


「……お、あの人とか良さそう」


 まず俺が見つけたのは、腕に龍の入れ墨がある、スキンヘッドの厳つい男だ。

 身長はパッと見ただけでも2メートルはあり、その溢れんばかりの筋肉と威圧感は、周りよりも一段抜けていた。

 俺はそっと地面に下り立つと、5メートル程の距離間をキープしながら、尾行を始めた。


「ふむ……」


 まず男が向かったのは、スラム街にひっそりと存在していた店だ。商品は、豆や木の実といった食料品だ。


「よし……全部よこせ」


 男は低い声でそう言うと、下げていた拳をすっと上げる。

 まさか、殴って奪う気か!?

 俺の脳裏にはまさしく、厳つめの店主が、それ以上に厳つい男に顔面パンチを頂く光景だった。

 流石に止め――いや、でもこれは普通って言うし、店主の方もそれらを合法的では無い方法で入手した可能性も、ここでなら普通にある――

 そんな葛藤をしている間にも男の拳は動き、とうとう店主の胸元に迫っていた。

 そして、次の瞬間――


 チャリンチャリン


「はい、毎度あり」


 硬貨が擦れ合う音と、店主さんの上機嫌な声が聞こえて来た。

 店主さんは硬貨を受け取ると、手早く籠ごと豆と木の実を男に手渡す。


「……へ?」


 なんか思ってたんと違う。

 俺は、思わず間抜けな声を出してしまった。

 幸いにも、《幻術》のお陰で、彼らには聞こえなかったようだが……


「ま、まあいい。誰だって飯は食うだろ」


 よろめきかけた俺は、何とか態勢を立て直すと、男の尾行を再開した。

 さて、彼はあれを持ってどこへ行くのか。


「……ん? ここは――」


 暫く歩き、到着したのは何てことないボロ屋だった。だが、中から人の気配を感じる。

 すると、男は警戒することなく、ずかずかとその中に入った。

 直後――


 ドン


「きゃあ!」


 何かが倒れる音――そして、子供の悲鳴。

 まさか――と、今度は中に隠れていた子供があの厳つい男に蹴飛ばされる光景が目に浮かんだ。

 俺は地を蹴ると、そのボロ屋に跳び込んだ。

 すると、見えて来たのは――


「痛ててて……」


「大丈夫か?」


 入って直ぐの所で転んだ少女と、そんな彼女に手を差し伸べる男の姿だった。

 奥を見てみると、少女と同じぐらいの子供が他にも3人居た。


「ほら、今日の食料だ」


 そう言って、男は武骨な笑みを浮かべると、さっき買った食料を子供たちに分け与える。

 子供たちはぱっと笑みを浮かべると、嬉しそうに食料を手に取った。


「……すまん。疑って」


 そんな光景を見て、俺は思わずそう呟いた。

 どうやらこの男は――見かけによらず、とんでもない善人だった。

 流石にこの光景を見たら、誰だって微笑ましいなって思うだろう。


「……せめてものお詫びをしよう」


 俺はポツリと呟くと、リュックサックの中から干し肉が入った革袋を取り出した。

 その後、羊皮紙にペンで”これは詫びです”と書くと、それを革袋と一緒にそっとボロ屋の中に置いてきた。

 自己満足でしか無いだろうが……まあ、喜んでくれるだろう。


「さて、一発目は盛大に外してしまったが、次は当てないとな」


 さっきの男は、よくよく考えてみれば犯罪者じゃ無い要素が普通にあった。

 それは――目立っていることだ。

 ガチの犯罪者なら、少なくとも目立った行動はしないハズ。

 だから、次は怯えの意味ではない、コソコソした感じの人を見つけて、尾行してみるとしよう。


「……さて、フェリスの方は大丈夫かな?」


 俺は不安げに天を見やると、そう呟いた。

 あれほど努力したフェリスなら、レベル80に到達したフェリスなら――大丈夫。

 そう、頭では理解しているのだが、それでもやっぱり、心配してしまうのだ。

 自分の方が提案したことなのに何言ってんのと誰かが聞けば思うだろうな……


「まあ、俺はやることやるか。これで成果ゼロで、フェリスが大量とかだったら、流石にしょげるぞ……」


 釣りの結果を思い出し、げんなりとしながらも、俺は次の人を探し始めた。

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