第六話 強引な解決策

 俺は迷宮内部を見渡しながら、先へと歩き続ける。

 警戒しているのは勿論罠だ。

 この階層に出てくる魔物に殺されることは無いし、構造変化も直接的な殺傷能力は無く、精々1回引っかかるごとに15分ぐらい時間をロスするだけだ。

 ただ、罠は別。

 引っかかったら最後、今のレベルではそこから回避するなんて離れ業は出来ず、そこそこのダメージを受ける。

 何だかんだで今の所、打撲はあっても流血沙汰にはなっていないから、そうなるのは正直なところ避けたい。


「……あ、罠だな」


 周囲を見渡していた俺はふと、地面の石畳――その1つに目が行く。

 ちょっと分かりにくいが、それは周囲にある石畳よりも僅かに出っ張っていた。

 あのタイプの罠は、矢が飛んでくるか落とし穴がパッカーンするかの2択だったかな。


「フェリス。あの僅かに出っ張った石畳を踏んだら罠が作動するから、絶対に踏むなよ」


 その場で立ち止まった俺は、その石畳を指差しながら、フェリスにそう忠告する。

 フェリスは、じっと俺が指差す方向を見つめた後、何かに気が付いたようにはっとなると、「分かりました」と納得したように頷いた。

 どうやら、罠に気付いてくれたようだ。


「ああ。それじゃ行くか」


 そうして、俺たちは再び歩き出すと、罠のある石畳を避けて、先へと向かう。

 ん~いいね。ここの罠は、ゲームで最初に攻略する迷宮ということもあってか、判りやすい。

 フェリスの眼を鍛えさせるのに丁度いいな。


「……あ」


 現に、後ろではフェリスが俺に教えてもらわなくても、その後にあったもう1つの罠を回避していた。

 いい感じいい感じ。

 この迷宮における罠は石畳のスイッチの他にもう1つあるし、それも出現次第教えないと。

 僅かに頬を緩ませながら、そう思った瞬間――


 カチッ


 と、足元から音が聞こえた。

 直後、地面が消えた――否、地面に半径1メートル程の穴が開いた。


「うお!?」


 そして、謎の浮遊感を感じると同時に、穴の奥底へと引き込まれる――が、反射神経で、穴の淵に手を伸ばし――掴んだ。


「ふぅ」


 意外と何とかなるものだな――と思ったのも束の間。


 パキッ


 そんな音と同時に、俺が掴んでいた部分が割れてしまった。

 あ、これはアカンやつ……


「レオスさん!」


 数拍遅れながらも動き出したフェリスが、その高いステータスを生かして即座に俺の体を抱きかかえる。そして、《漆黒翼》で飛翔し、穴の中から抜け出した。


「ないす~フェリス」


 無事救出された俺は、フェリスに抱きかかえられた状態でさっき自分が落ちた穴の方を見ながら、ほっと安堵の息を吐いた。


「う~びっくりしました」


 耳元から、そんな声が聞こえてくる。


「だね。取りあえず、下ろしてくれ」


「……!? は、はい! す、直ぐに下ろしましゅ!」


 背後でフェリスが息を呑んだかと思えば、途端にわたわたと慌てながら、俺を地面に下ろした。ふと、フェリスの顔を見てみると、それはもう熟れたリンゴのように真っ赤だった。

 初心で可愛いなあと思いながら、俺は自然と手を伸ばし、落ち着かせるようにフェリスの頭を優しく撫でた。


「……落ち着いて、フェリス」


「は、はい。分かりました……」


 俺の言葉に、フェリスは俯くと、消え入りそうな声でそう言った。

 まあ、落ち着いてくれた……かな?


「さて、取り合えずさっきはありがとな」


「は、はい! あ、怪我は無いですか……?」


「ああ。大丈夫だ」


 フェリスの言葉に、俺はコクリと頷く。

 すると、フェリスは「良かった……」と安堵の息を吐くと、言葉を続ける。


「あの、あそこに罠なんてありましたか? 見た限りでは、罠っぽい石畳なんて無かったような気がしますけど……」


「ああ。それは思った」


 そう。例え考え事をしていたとしても、俺が罠を見つけられないなんてことはまずない。あんな分かりやすい罠なら尚更だ。

 なら何故見つけることが出来ず、結果引っかかってしまったのかと言うと、単純にその石畳が出っ張っていなかったからだ。

 出っ張っていないのに、何故か罠が発動した。

 理由は分からないが、恐らくそれもここがゲームではなく現実であることの弊害だろう。


「うーん。あの判別法が通用しない場合もあるとなると、一気にめんどくなってくるな……」


 あくまでも俺はゲームに準拠した部分しか詳しくない。故に、本当の罠判別の技術は皆無。

 しかも、ここは迷宮なので、魔物も当然襲ってくるし、構造変化の周期も数えなければならない。

 なら、ここは――


「……フェリス。前を歩いてくれ。そして何かこう、上手いこと罠を正面からぶち破ってくれ」


 レベル80のフェリスに頼るのが最適解!

 俺はすっごい曖昧で雑で力業な頼みをフェリスにする。


「は、はぁ……わ、分かりました……」


 流石のフェリスも、これには困惑を隠せないようだ。

 まあ、俺ってどちらかと言えば結構細かく言うタイプだからね。

 そんな俺がここまでいい加減なことを言ったら、こうなるのも無理はない。


「では、行きますね」


 そう言って、フェリスは俺の前に立つと、リュックサックから双大剣を取り出す。

 な、何をするつもりなんだ……と思うのも束の間、フェリスは両手に1本ずつ大剣を持つと――勢いよく振り下ろした。


 ガアアァァン!!!!


 迷宮内に響く大音響。そして、立ち上る砂埃。

 反響する音を感じながら軽く耳を塞ぐ俺は、前方を見る。

 やがて、砂埃が消えた場所には――瓦礫で埋め尽くされたが広がっていた。


 ガタガタガタ――


 迷宮内部が損壊したことで、直ぐに修復が始まるが、流石にここまで破壊されたら、修復には多少の時間を有するだろう。

 そして、その間なら罠どころか魔物も現れない為、一応安全に進める。

 ただ、何だろう。これじゃない感が凄い。

 あと、他の冒険者に見られたら終わってたよ?

 ああ、少ししたら、上では”迷宮で異常事態だ~!”って騒ぎになっているだろうね。


「……うん。ありがとう。ただ、以降は石畳を魔法で軽く押す感じで判別してくれ。《闇矢ダークアロー》なら、威力弱いし一度に沢山撃てて楽だぞ」


 ようやく現状フェリスにしか出来ない穏便な解決法を思いついた俺は、「あ、やらかした……」って感じの顔をしているフェリスに朗らかな笑みを浮かべながらそう言った。

 それに対し、フェリスは「分かりました……」と恥ずかし気に言ったのであった。

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