第四話 2分の1は案外外れる

 あの後更にもう1回戦闘があり、俺のレベルは13になった。

 成長の指輪無しだと、やっぱレベル上がるの遅いな。

 まあ、付けたら付けたで一気にヌルゲーと化して、折角の迷宮探索が面白くなくなるから、不満は無いけど。

 それに、既に4回転職したお陰で、ステータス値の上昇率は1.4倍になってるし。

 だから、俺だけでも意外と何とかなる。

 そうして第一階層に入ってから100メートル程歩いたところで、十字路の分かれ道に立った。


「分かれ道ですね」


「だな。さて、どっちかな……?」


 地図はしっかり覚えているのだが、ここで逸ってはいけない。

 知っての通り、ここは反転の迷宮。一定時間――3分ごとに、迷宮内部の構造が反転するのだ。

 その為、ここですべきことは今迷宮がどの向きでいるのかを確認すること。

 で、ゲームの時は壁や床の微妙な違いから判断していたのだが、現実となった今では俺以外にも多くの人が迷宮に足を踏み入れている都合上、その判別方法は使えない。

 てことで、正攻法で行くとしよう。間違った道であれば、100メートルも歩かない内に構造的な問題で直ぐに分かるし。


「ふーむ。正面は違うから、右か左……か」


 確率にして2分の1。

 ここでビシッと当てるのが男だろ!

 俺はぐっと気合を入れると、左右の通路を交互に見やる。


「……よし。右行くか」


 理由は直感。そっちが正しい道だと思ったのだ。

 行くべき道を決めた俺は、即座にそれを行動に移す。

 そうして歩いていると、直ぐにまた魔物と遭遇した。

 現れたのは、燃え盛る炎のように紅い7匹のスライムだった。

 ファイアスライムっていうスライムの亜種で、レベルは9から11。

 炎を纏わせた体で突進してくる魔物で、延焼ダメージが面倒な奴だ。

《操糸》で繰り出す糸は火に弱いから、余計に面倒に思えてくる。

 折角”操糸術師”になったんだから、《操糸》を思う存分楽しみたいんだよ。転職の際にこれをピンポイントで持ち越せる確率はそんな高くないんだし。


「……ま、やるか」


 頭の中で愚痴を言いつつ、俺は慣れた様子で両手に持つ片手剣を振るい、ファイアスライムを両断していった。

 こいつらは突進しか出来ないから、リーチが短すぎる。故に、ちゃんとこいつらの動きを見ていれば、1ダメージも喰らうことは無い。

 そうしてサクッと7匹のファイアスライムを両断した俺は、フェリスが神速で魔石を回収する様子を一瞥すると、直ぐに歩き出した。


「ん~……なーんかヤな予感がするなぁ……」


 まだ構造上の違いはハッキリとしていないが、雰囲気的にこっちは違う気がする。

 だが、明確な根拠が無い以上、引き返す気にはなれない。

 そうして俺はやがて見えて来た曲がり角を曲がり――


「……あ、違った」


 直ぐに引き返すことを決意した。

 すると、俺の声を聞きとったフェリスが、不思議そうに首を傾げる。


「え? 行き止まりではなさそうですけど……」


「ああ。そうだな。ただ、あそこに見える分かれ道を右に行ったら行き止まり。そのまままっすぐ行って、曲がっても行き止まりだ。行っても、宝どころか罠も無い。強いて言うなら魔物がいるかも……か」


 そんなフェリスに、俺はなるべく分かりやすく説明をする。


「そこまで細かく覚えているなんて、凄いですね」


「まー覚えたからな」


 フェリスからの掛け値なしの称賛の言葉に、俺は照れ隠しとばかりに後ろ髪を掻く。

 そして、そのまま視線を逸らすと、「さっきの場所に戻るぞ」と言って話題を逸らした。


「……よし。戻って来た」


 さっきの分かれ道に戻ってきた俺は、そのまままっすぐ行って、さっきと反対の道に入る。

 表面上は、さっき行き止まりだった道と変わらない。

 変わらず出現した魔物を主に《操糸》を駆使して殲滅していった。

 そんな感じで歩き続け、レベルが14になったところで俺はさっきと同じような曲がり角を曲がった。


「あれ? さっきと同じように見えますが……」


 曲がった先に見えてきた光景は、先ほど行き止まりだと判断した時に見た光景とほぼ同じだった。

 そう。だ。

 よくよく見てみると、微妙に分かれ道がある場所が手前側だったり、奥にある曲がり角がより奥にあるのが分かる。

 違うということをあらかじめ知っていないと、気づくのはちょっと厳しいかな~ぐらいの差だけどね。

 そのことをフェリスに説明すると、奥をじっと見つめた後、「言われてみれば……」と言葉を漏らした。

 本当に違いに気付いているのかは、フェリスのみぞ知る!……なんてね。

 頭の中でそんな事を思いつつも、俺はフェリスと共に先へ向かって歩き出した。

 そして、手前にある分かれ道の所で立ち止まる。


「どうかしたのですか?」


「ああ。ここで一旦構造変化の周期を把握しておこうかと思ってな」


 どうしたのかと不思議そうに問いかけるフェリスに、俺はそう答えた。

 3分ごとに迷宮の構造が左右反転する都合上、ここで構造変化する瞬間を見て、頭の中で数えながら行かないと、十字路などに出た時は流石に混乱するからね。

 ゲームの時のような判別法は、現実世界となった今ではあてにならない訳だし。

 そんなことを思っていると、突然分かれ道が右側から左側に変わった。

 どうやらたった今、構造が左右反転したようだ。

 じゃ、これを頭の中で数えつつ、先へ進むとしますか。

 普通の人じゃキツいだろうが、オンライン対戦で相手が使ったスキルのクールタイムまでしっかりカウントするほど徹底していた俺にかかれば、こんなの朝飯前……程ではないが、まあそこそこ余裕を持って出来る。

 こうして構造変化のタイミングも把握した俺は、余裕をもって先へと向かうのであった。

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