第二話 迷宮前の広場にて

 南門からスリエの外に出て、更に歩くこと約20分。

 小さな丘を登ったところで、俺はふと立ち止まると「おっ」と声を漏らす。


「着いたか」


 そう口にする俺の前方には、古びた石造りの遺跡のようなものがあった。

 倒れている石柱とか、実にそれっぽい。雰囲気というものを感じる。


「あれが反転の迷宮なんですね……」


 フェリスも、興味深そうにその光景を見つめていた。


「早速行こう」


「分かりました」


 頷き合った俺たちは、丘を下って迷宮の入り口にある前の広場へと辿り着く。

 広場には多くの冒険者がおり、楽しそうに談笑する者、荷造りをする者、冒険者同士で大☆乱☆闘する者まで様々だ。

 ん?なんか余計なのが混ざってたって?

 いやいや、気のせいだよ。

 とまあ、そんなことはさておき、入る前に一度荷物の確認をしておかないと。

 特に食料。

 ゲームの時とは違い、ここ現実では迷宮攻略における食料は死活問題だからね。腹が減っては戦は出来ぬというし、これは特に念入りに確認しないとな。


「フェリス。荷物の最終確認をするよ」


「分かりました。レオスさん」


 フェリスはコクリと頷くと、背負っていた縦長のリュックサックを下ろす。そして、紐を引いて口を開けると、中に入れてある2振りの大剣の様子をチラ見した。

 その後、腰につけてある小さなポーチも開くと、携帯食や回復薬に不備がないかを確認する。


「……はい。こっちは大丈夫です」


 一通り確認を終えたフェリスは、荷物を纏めながらそう言った。


「分かった。なら、次はこっちだな」


 そう言って、俺は背負っているリュックサックを下ろすと、紐を引いて口を開け、中に入っている物を確認する。


「携帯食、折り畳み式テント、予備の着替え、各種回復薬に革袋数枚……うん。大丈夫だな」


 ヤバい迷宮ならともかく、ここはゲームで最初に挑戦する反転の迷宮だ。

 余程油断しない限りは、この装備でも全然問題ない――いや、むしろ過剰と言ってもいいだろう。

 まあ、備えあれば患いなしって言うし、命がかかっている限りはちゃんと準備しなくちゃな。


「よいっしょっと。それじゃ、行くか」


「そうですね。行きましょう」


 荷物の確認を終え、準備万端となった俺たちは、いざ!迷宮へ行かん!……とばかりに1歩踏み出し――


「おいおい。2人だけとか舐め腐ってるなぁ」


「お、でもいい女連れてるじゃん」


「こんな奴より、俺たちと行った方が安全だぜ」


 面倒なのに巻き込まれてしまった。

 いつもならここは軽くあしらうのだが、残念なことに俺には少々荷が重い。

 という訳で、ここはフェリスに任せるとしよう。

 フェリス。頼む――と言おうと思ったが、既にフェリスは行動に移していた。


「あっ」


「がっ」


「おえっ」


「あっ」


「がっ」


「おえっ」


 フェリスの見事な6連撃が彼らの喉元に炸裂し、彼らは苦しそうに膝をついた。


「んーお見事」


 パチパチと手を叩いて、俺はフェリスの技を称える。

 すると、フェリスは少し照れ臭そうに頬を赤らめた。


「れ、レオスさんに比べればまだまだですよ……」


「まあ、助かったよ。ありがとう。今の俺ではちとキツいからな」


 謙遜するフェリスに、俺は素直に感謝すると、崩れ落ちた彼らを尻目に、迷宮の入口へと向かう。

 迷宮の入り口には簡易的な受付があり、数人の受付嬢がそこにはいた。

 俺たちはその1人の前に立つ。


「こんにちは。迷宮に入られますか? でしたら、冒険者カードの提示をお願いします」


「ああ、分かった」


 俺とフェリスは冒険者カードを取り出すと、受付嬢に提示する。

 反転の迷宮は世間一般的にはそこそこ危険な迷宮であるが故に、入ることが出来るのはDランク冒険者以上だと定められているのだ。

 確かに、Dランク未満の冒険者では、第一階層の魔物相手でも割と苦戦し、道順を確認する余裕すらないだろうからね。妥当な判断だ。


「……はい。確認しました。あと、地図は持ってますか? 第一、第二階層の地図でしたらこちらでお買い求めいただけます。第一階層の地図は1枚で小銀貨6枚。第二階層の地図は銀貨2枚。つい1か月ほど前に更新された最新版の物ですよ」


 そう言って、受付嬢は羊皮紙に書かれた地図を見せる。

 うーむ。他の冒険者ならいざ知らず、既にゲームで完全攻略を果たしている俺には不要かな。

 しかもこれ、見た感じまだ不完全な地図っぽいし……


「いや、大丈夫だ。地図はもう既に持っている」


 そう言って、俺は受付嬢の宣伝を断る。

 すると、受付嬢は素直に引き、「では、お気をつけて」と言って頭を下げた。


「よし。それじゃ行くか。初めての迷宮探索だ」


「はい。頑張ります!」


 フェリスはぐっと拳を握りしめ、気合十分といった様子。

 別にそこまで気合を入れなくてもいいんだけどなぁ……とは思うが、それを口に出すのは無粋だな。

 代わりにふっと笑みを浮かべると、くるりと姿勢を迷宮の方に向ける。


「ああ。やるぞ」


 そして、僅かに弾んだ声でそう返すと、1歩2歩と歩き始め、地下へと続く薄気味悪い階段を下り始めた。

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