第三十七話 次の事件の予兆
ダーク・クリムゾン視点
レオスとフェリスが去ってから数分後のこと――
俺たちは酒場の席に腰掛けると、いつものように酒を注文する。
「いや~めっちゃ緊張した~」
そう言って、ゼイルはテーブルに顔を埋める。
それもそのはず、ついさっきまで俺たちは領主館にて、領主と話していたのだ。
内容は勿論、反転の迷宮について。
初めての攻略者である俺たちから、反転の迷宮がどんな感じだったのかを聞きたいということで呼ばれたのだ。
何で1か月経った今、呼ばれたのかと言うと、つい最近まで領主様は王都に出かけていて、ここにいなかったからだ。
反転の迷宮攻略直後に領主館に呼ばれた時に会ったのは、領主代理を務めている家宰のレームス様だったからね。
「まあ、話しやすい人で良かったわね。お堅い貴族って感じの人だったら、今頃胃に穴が開いてたと思う」
そう言って、レイナは笑う。
それは確かにそうだ。
領主様はかなり優しい方で、俺たちが緊張しないように気遣ってくださった。
ただそれでも、緊張するものはするんだよ……
「うう……私の事、怒ってないかな……?」
「大丈夫よ。笑って流してくれたでしょ?」
消え入りそうな声で、小さくなりながら口にしたラウラの言葉に、レイナは背中を優しく撫でながら励ますように言った。
ああ、そう言えばラウラは領主館に入って早々やらかしたんだよな……
ラウラは領主邸の廊下を歩いていた時に、緊張のせいで転んでしまったんだ。そして、その拍子にポーチの中にあった回復薬の瓶が割れ、レッドカーペットを汚してしまったのだ。
流石にヤバいと思ったが、領主様は笑って許してくれた。
領主様が寛大で良かった。もし、領主様が俗に言う悪徳貴族の類いだったら、一発で奴隷にされていたのかもしれない。
「はぁ……にしても、次は何が起こるんだろうか……」
誰にも聞こえない声で、俺はボソリと呟いた。
反転の迷宮を攻略してからもう1か月経つ。そろそろ”記憶”の中にある出来事の1つが起きてもおかしくはない。
そして、次に起こることは………くっ 思い浮かばない。
この記憶は完全なものではないようで、今のように上手く思い出せないことが多々あるんだ。
でも……何か事件が起こるような感じがする。
このスリエの存続を懸けるような、大きな出来事が――
「ダーク・クリムゾ~ン。なにボーっとしてるの? ほら、酒が来たよ」
「あ、ああ。ごめん」
レイナが俺の目の前で手を振り、声をかけてくれたことで、我に返った俺は、テーブルの上に置かれた酒を手に取ると一息つく。
そして――
「「「「かんぱ~い」」」」
同時にジョッキをぶつけ、乾杯した。
◇ ◇ ◇
レオス視点
昼食を食べ終えた俺たちは、再び森に向かっていた。
いつものように門をくぐって外に出て、森へと向かう。
「明日か明後日頃にはレベル80になるだろう。80になれば、常時再生という常に体力が少しずつ回復するスキルが手に入る。それ、レベルを上げれば割と凶悪なものになるんだよな」
「そうなんですね~。確かに常に回復してくれるのは、結構ありがたいかも」
「だな。まあ、最初の内は本当に微々たるものだから、お守り程度でしかないけど」
そんな風に楽しく雑談をしながら、俺とニナは森の前に広がる平原を歩いている。
やがて、そろそろ森に入るというところで、何か違和感を感じた。
「あれ? 何か森の雰囲気がいつもと違うような……?」
本当に小さい、微々たる変化なんだろうが、確かに何かが違うような感覚がある。
だが、フェリスは気づいていないようで、首を横に傾げた。
「そうですか? 特に変わっていないように見えるんですけど……」
「そうなのか? ……まあ、気のせいかな?」
毎日動き回っているせいで、疲れでも溜まっていたのだろうか。
そうして気のせいだと思いつつも、どこから不安感が拭えぬまま、俺は森の中へと足を踏み入れた。
ザッザッザッザ
森に入った俺たちは、浅い部分に出てくる魔物を無視しながら、森の奥の方へと向かって走っていた。
フェリスも、縦長のリュックサックの中に入れてあった双大剣を2本取り出し、両手にそれぞれ1本ずつ持つと、俺の横を走っている。
にしてもこの雰囲気。何かが……
だが、俺が何か言うよりも前に、フェリスが口を開いた。
「レオスさんの言う通り、確かに何かおかしいですね。何と言うか……本当に微々たるものなのですが……空気が重い……って感じですかね?」
表現方法に困ったのか、フェリスは歯切れを悪くしながらそう言った。
その言葉に、俺は「ああ」と小さく頷くと、その場で立ち止まる。
「確かにそうだな。にしても、何が原因で――」
ふとそこで、俺はリバースのシナリオを思い出した。
そういや、主人公たちが反転の迷宮を攻略してからもう1か月も経ったんだったな。
てことは、そろそろ次のイベントが来てもおかしくはない。
そして、次のイベントというのは――
「……魔物の大量発生、スタンピードか」
「え!? スタンピード!?」
ボソリと呟いた俺の言葉に、フェリスはぎょっと目を見開くと、俺の方を見た。
俺は言葉を続ける。
「そうだ。恐らくこれ、スタンピードの前兆だ」
「えっと……ああ、でも確かに、スタンピードが起こる直前の森では、空気中の魔素濃度が急激に濃くなるから、空気が重くなるって聞いたことがある……」
フェリスの言葉に、「え、そうなの?」と言おうとしてしまったが、何とか押し留めると、別の言葉を口にする。
「ああ。それについて、少し心当たりのある場所があるから、ついて来てくれ」
「は、はい。分かりました」
こうして俺は、心当たりのある場所――スタンピードの発生地点へと向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます