第三十五話 魔王――始動

 大陸最北端には常に吹雪で荒れる雪山が連なっており、人族は誰も寄り付かない。

 だが、そこには嘗て人族によって居場所を追われた魔人族の生き残りが、地下洞窟を活用して、細々と暮らしていた。

 そんな雪山の一角に、漆黒で塗りつぶされたかのような黒い城があった。

 そこは、彼ら魔人族にとって最後の希望とも言える魔王アムールが暮らしている。

 そんな城――魔王城の地下にある巨大な空間の中で、2本の雄々しい角を額に生やした褐色肌の男――アムールは1人佇んでいた。

 彼の目線の先にあるのは、超巨大な魔法陣。

 これは、彼が20年かけてようやく完成したもの。

 ようやく完成した魔法陣を前にして、アムールは悲し気に俯くと、口を開く。


「やっと、完成したか。これで、何があろうと憎き人族どもを1人残らず滅ぼせる」


 その言葉には、凄まじいほどの重みがあり、聞けば誰もが気圧されてしまうだろう。

 それもそのはず、彼は和平交渉の場で人族に騙されて妻を殺され、そのまま不意を突かれるようにして本国に攻め入られ、大陸の果てへと追いやられたのだ。

 込められた恨みや憎しみは、相当なものになっている。

 ふと、彼は思い立ったかのように胸元へ手を入れると、中からチェーンの切れたペンダントを取り出した。

 そこには、幸せそうに笑みを浮かべるアムールと、魔人族の女性――リーティアの姿が絵画として納められていた。

 彼はそのペンダントを優しく包み込むようにして握り、瞼を閉ざすと口を開く。


「貴女は望んでいないのだろうが、それでも私はやるよ。先代がしたことを思えば、この仕打ちも無理はないのだろうが、それでも許すことは出来ないのだ。全てを終わらせたら、会いに行く。それまで待っててくれ」


 そう言って、アムールは懐にペンダントを仕舞うと、踵を返して歩き始めた。


「さて、人族に絶望を与えるべく、まずは――スリエを崩壊させるとしよう」


 アムールの言葉は、部屋中を反響して響き渡った。


 ◇ ◇ ◇


 1か月後――

 俺は木の枝に腰かけながら、前方で繰り広げられる戦いを観戦していた。


「グルアアアア」


 亀のような甲羅にドラゴンの頭がついたような魔物――アースドラゴンは顎を開くと、そこから人の頭ほどの大きさを持つ岩を8個、上空めがけて連射する。


「はっ はっ はあっ!」


 対するフェリスは、背中に生えた漆黒の翼――《漆黒翼》を展開して空を縦横無尽に飛びながら、それらを全て避けきった。

 そして、攻撃により生じたアースドラゴンの隙を見逃さず、一気に急降下して接近すると、尾に気をつけながら、弱点である頭を双大剣で斬りつける。


「くっ まだ斃れない……」


 だが、流石は防護に優れた龍種と言うべきか、それでも倒れることは無かった。

 フェリスは《闇矢ダークアロー》を乱れ撃ちしながら、急速に上へ上昇すると、体勢を立て直す。


「グガアアアア!!!」


 直後、アースドラゴンが咆哮を上げたかと思えば、今度は地面が隆起して、鞭のような形状になりなると、上空にいるフェリスめがけてかなりの速さで襲い掛かる。


「ぐっ」


 だが、それを寸でのところで、双大剣をクロスすることで防護すると、刃を立て、土の鞭を斬り刻みながら再び下へと急降下する。

 そして、双大剣の先を下に突き立てると、重力による加速も合いまった一撃が、アースドラゴンの脳天に入った。


「グガアアアアア!!!」


 最期の咆哮と共に、アースドラゴンの頭がぐったりと地面に斃れ伏し、勝負が決まった。


「は、はふぅ~ 疲れた~」


 ふらふらと地面に下り立ったフェリスは、心底疲れたような表情で息を吐く。

 それもそのはず、何せフェリスは1時間近くこいつと交戦していたのだ。

 ステータスは僅かにアースドラゴンの方が上だが、手札の強さと技量を含めればほんの僅かにフェリスの方が上……といった感じだ。そして、アースドラゴンは防護に優れた魔物――つまり、めちゃくちゃしぶとい。

 時間がかかった要因はその2つだろう。


「お疲れ、フェリス。俺が伝えたアースドラゴンの攻撃パターンをしっかり覚えていたな」


「はい。私、頑張りました」


 労いの言葉に、フェリスは嬉しそうに頬を緩めながら言った。


「それで、改善点は……やはり、回避の動作に無駄が多いな。俺みたいにギリギリで避けろとは言わないが、あれだと連撃してくる相手に押し負ける」


「で、ですよね……」


 喜びから一転、フェリスはしょぼんと肩を落として落ち込む。

 こういったダメ出しは毎回しており、自分でもちょっと厳しいかななんて思ったこともあったが、一歩間違えれば死の世界で、妥協はするべきじゃないからな。

 ただ、それでも厳しすぎると嫌になるのは必然なので、ダメ出しをする時はなるべく優しい口調で言うように心掛けている。


「ただまあ、最初と比べると大分成長したな。あの時なんか酷かったからな~」


「い、言わないでください! 自分でもあれは無いって思ってますから!」


 けらけらと笑う俺の言葉に、フェリスは顔を真っ赤にしながら、恥じらうように言う。

 わたわたと手足を動かし、「思い出したくないよぉ~」とかなり必死そうだ。

 それもそのはず、1か月前なんかはすぐ目の前に魔物が居るのにも関わらず、剣を空ぶらせていたからな。

 それで、思わず「どうやったらあの距離で外すんだ?」と言ってしまい、しょげてしまったのは記憶に新しい。

 あの後、頑張って励ましたんだよな。

 多分、今までで一番頑張ったかもしれない。

 そんなフェリスの今のステータスは、こんな感じだ。


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

【名前】フェリス

【種族】人族

【職種】堕天使

【レベル】79

【状態】健康

【身体能力】

・体力909/889+20

・魔力988/968+20

・筋力968+20

・防護889+20

・俊敏889+20

【魔法】

・闇属性レベル3

【パッシブスキル】

・状態異常耐性レベル7

・魔法攻撃耐性レベル5

・物理攻撃耐性レベル4

・全ステータス上昇レベル1

【アクティブスキル】

・堕天レベル8

・鑑定レベル8

・双大剣術レベル6

・漆黒翼レベル2

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 中々強くなっている。

 1か月やって、レベル79は遅く見えるかもだが、技量を鍛えながら、知識をつけつつやって来たことを考慮すれば、割と妥当――いや、むしろ速いペースだ。

 この調子なら、あともう1か月もあれば、レベル100に到達していることだろう。


「それじゃ、依頼にあった魔物を帰りに倒してから、帰ろうか」


「分かりました!」


 そうして、俺たちは帰路へ着くこととなった。

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