第十話 あ、身分証っすか……

 門の前には、幾人かの人と馬車が並んでいた。

 幸いなことに数はそこまで多くなく、10分足らずで俺の番が回って来た。

 簡単な手荷物検査でもするのだろうか?と思いながら、俺は門番の言葉を待つ。


「はい。身分証出して」


「……え?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だが、次第に冷静になっていくにつれて、俺は門番の言葉が至極全うであることに気付く。

 確かに、荷物検査に加えて身分証を出すのは鉄板みたいなところあるよな。

 くそっ ゲームでは無かったということもあってか、完全に失念してた……!


「すみません。実は身分証を持っていなくて……」


「そうか。なら、あっちに行ってくれ」


 そう言って、門番は門の横にある石造りの建物を指差す。

 言い慣れた感じから、どうやらこういう事態は珍しいことでもないようだ。


「分かりました」


 そう言って、俺は門の横にあるその建物の扉を開け、中に入った。


「ほぅ……」


 その建物の中は簡易的な市役所のような感じで、手前に待合席、奥に受付があった。

 俺は、迷わぬ足取りで受付へと向かう。


「身分証を持っていない場合はここに行けと言われたのですが……」


 すると、受付にいた制服姿の女性――受付嬢が口を開く。


「はい。では、仮の市民証の発行手続きをします。こちらに、必要事項を記入してください」


 そう言って、受付嬢は受付の上にA4サイズの用紙と鉛筆を置く。

 さて、あまり書きにくいことが書かれていないといいのだが。

 そんなことを思いながら、俺は記入欄の詳細を見る。

 名前、性別、年齢、出身地、滞在目的、職種。

 ……うん。書けなくは無いな。

 そう思った俺は、スラスラと必要事項を記入していく。


「……これで良いですか?」


 そう言って、俺は記入用紙を鉛筆と合わせて受付嬢に返した。


「……はい。問題ありません。では最後に、こちらへ血判をお願いします」


 受付嬢は記入用紙の右上にある円形の枠を指差すと、受付の上に針が付いた台を置く。

 俺は小さく頷くと、僅かな躊躇いの後、親指にプスッと針を刺して、出て来た血をその枠の中に垂らした。

 うわーちょっと刺しすぎたかな?

 思ったよりも多く血が出てくる様子を見た俺は、口元を引く付かせると、すかさずリュックサックから手ぬぐいを取り出して、傷口を押さえる。

 一方、受付嬢は淡々と記入用紙の確認を進めると、名刺サイズのカードを取り出し、ペンで記入を始める。

 やがて、俺の血が止まった頃、受付嬢はそのカードを俺に差し出した。


「こちらが仮のスリエ市民証になります。使用期限は1週間。それを過ぎて使用した場合は、犯罪になりますので、ご注意ください。ですので、それまでに身分証となるものを――あなたの場合は冒険者登録をして、冒険者カードを発行してもらうのがいいでしょう」


「分かりました。ありがとうございます」


 仮の市民証を受け取った俺は例を言うと、踵を返して歩き出した。

 そして、扉を開けて外に出ると、直ぐに列に並ぶ。


「……ふぅ。ちゃんと発行出来て良かった」


 仮の市民証をまじまじと見ながら、俺はほっと安堵の息をつく。

 それにしても、あまり時間がかからなくて良かった。

 ああいうのって、下手に疑われると長引くタイプだからね。

 なるべく自然体で行動して良かった。

 そう思いながら列に並びつつけ、再び俺の番となる。


「はい。身分証出して」


「どうぞ」


 そう言って、俺は門番に先ほど発行してもらった仮の市民証を提示する。

 門番はその内容を確認すると、「通っていいよ~」と言い、ようやく中に入れることとなった。


「やっと入れる」


 少し手間取ってしまったが、ようやく街に入れることに、俺は喜びを噛み締めながら、門をくぐった。


「おお……」


 門をくぐると、そこはまさしくゲームでも見たスリエの街並みであった。

 石畳の大通りと、そこから広がるようにして立ち並ぶ木造建築の数々。

 雰囲気があって、めちゃくちゃ好きだ。


「ん~……ただ、絶妙に違ったりもするな」


 確かに基本的な部分はゲームの時と変わらない。

 だが、建物の見た目や人の数など、違うところに目をつければキリがない。

 そういったところを見ると、やはりここはリバースの世界であって、リバースではないと思い知らされる。

 さて、スリエに入ったということで、あちこち探索したいのはやまやまだが、まずは冒険者ギルドに行って、冒険者カードを発行してもらわないと。

 これを先送りにしてたら、最悪投獄されちゃうよ。

 俺は衛兵たちに連れられる自分を呑気に想像しながら、一先ずゲームで冒険者ギルドがあった場所に向かうのであった。

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