第六話 想定外のトラブル

「さーて。この隙にキーワードを入力して、扉を開けるか」


 俺の方に向かって必死に進もうとする炎岩の巨神像を満足気に眺めた俺は踵を返すと、部屋の最奥にあった岩の扉の前に立った。

 そこには、小さな5つの四角いマスが、横に並んでいた。

 ここに、本来であれば魔王討伐後に世界各地を回ることで入手できるキーワードを入力すれば、開くというわけだ。

 例にも漏れず、これもしっかりと暗記しているが……


「よし。リ、ー、テ、ィ、ア……っと」


 俺は嘗て世界中を回って集めたキーワードを――魔王の妻の名前を手でなぞるようにして書く。

 すると、書かれた文字が淡い青色に光り出したかと思えば、ギギギ――と音を立てて、扉が奥側に開きだした。


「よーし。開いて良かった」


 ここまで順調に事が進んでいることに、俺は思わず笑みを浮かべながらそう言うと、扉が開くのを今か今かと待つ。

 その時だった。


 ゴン! ガアアアアアン! ガラガラガラガラ――


「何だ!?」


 背後で何かが崩れるような音がして、俺は慌てて後ろを見る。

 すると、そこには破壊された石柱と、腕を振り下ろした状態の炎岩の巨神像の姿があった。


「馬鹿な!? 非破壊構造物の石柱を破壊しただと!?」


 本来であれば壊れる筈のないものが、粉々に破壊されたことに、俺は思わず目を見開いて声を上げた。

 だが、そうこうしている内に、炎岩の巨神像の赤い瞳が、俺を射貫く。

 マズい。このままでは殺される。

 そんな感覚に陥った俺は、唯一の逃げ道になる棺の間の方を見る。

 だが、まだ人がギリギリ通れない程度しか、開いていなかった。


「は、早く開けええええ!!!」


 俺は扉の隙間に体を押し付けると、早く開け、早く開けと願う。

 だが、そうこうしている内に炎岩の巨神像が動き出した。


「グガアアア!!!」


 そんな咆哮を上げると同時に、勢いよく俺に向かって突撃してくる。


「頼む頼む頼む頼む!!!!」


 俺は本気で祈りながら、より強く体を押し付けた。

 すると――


「おおうっ!?」


 何とか人が通れるほどまで開いてくれたお陰で、俺はその中に跳び込むようにして入ることが出来た。

 その直後、ゴン!と大きな音が扉の向こう側から聞こえて来た。

 あ、危なかった。あとほんの少し遅れてたら、俺はミンチにされてたよ……


「怖っ!」


 俺は思わずそう言うと、身震いする。

 その後少しして、ようやく落ち着きを取り戻してきた俺は、ゆっくりと立ち上がると、口を開いた。


「そうだった。ここはゲームと同じ世界ではあるが、現実の世界でもあるんだ。非破壊構造物なんて、あるはずがない」


 よくよく考えてみれば当たり前のことに、俺は自身の失態を思いながら、ため息をつく。

 もしこれが分かっていたのなら、対策を講じてから来たであろうに……


「だが、何はともあれ、入ることには成功したんだ」


 そう言って、俺は棺の間を見渡す。

 棺の間は、淡い青色に光る半透明の石が等間隔に並んだ、学校の教室程度の広さを持つ岩で出来た部屋だ。

 そして、部屋の中央には、簡素な石造りの棺がある。この中に、魔王の妻が――リーティアさんが眠っているのだろう。


「……いきなりお邪魔してしまい、すみません」


 俺は思わず頭を下げると、詫びるようにそう言った。

 何か、こう言わなくてはならないような気がしたのだ。

 ゲームの時は、そんな気持ちにはならなかったのだが……


「あなたの指輪、使わせていただきます」


 そう言って、俺は棺の上に置かれていた2つの指輪を手に取ると、右手の人差し指と中指にはめた。

 この2つが、目的のアイテムだ。

 人差し指にはめた、エメラルド色のクリスタルがついた指輪の名は、”転職の指輪”。自身の職種を任意の職種に変更することが出来る能力を持っている。ただし、今の職種がレベル100にならないと使えず、更にそれを使って転職をすると、レベルが1に戻ってしまうので、注意が必要だ。

 そして、中指にはめた、サファイア色のクリスタルがついた指輪の名前は、”成長の指輪”。取得経験値を10倍にする効果を持っている。つまり、本来の10倍の速さでレベルが上がるというわけだ。


「よし。転職の指輪と成長の指輪。ゲットだぜ」


 そう言って、ガッツポーズを取った俺は、最後にもう1度だけ棺に向かって礼をすると、部屋の奥へと向かった。

 すると、そこにはさっきも見たような、白い魔法陣が床に展開されていた。

 これは地上直通の転移魔法陣で、踏めば一瞬で地上に行ける。

 俺はその上にスタっと乗った。

 直後、視界が光り輝き、気がつけば地上の――洞窟の入口に居た。


「……これで、ステータスカンストが目指せる」


 俺は右手にはめた指輪を左手で優しく撫でると、そう言った。

 そもそもの話なのだが、実は普通にレベルを100にしたところで、カンストステータスにはならない。せいぜい、ステータス平均1000前後といったところだ。

 なら、どうすればカンストステータスに出来るのか。

 そこには、転職の指輪が重要な役割を担っている。

 レベル100になった状態で転職の指輪を使えば、当然レベルは1に戻る。

 だが、実は転職するたびにステータスの上昇率が10パーセントずつ上がるのだ。

 つまり、転職して、レベルを100にして、転職して、レベルを100にしてを繰り返せば、いつかカンストステータスになる……と言う訳だ。

 更に、転職する際に、転職前に持っていたスキルと魔法の中からランダムで1つ、転職後に持ち越すことが出来るのだ。そして、1度持ち越したスキルと魔法は固定され、再び転職しても消えることはない。

 この方法を使って、俺はひたすらに欲しいスキルと魔法を厳選したのだ。まあ、持ち越せるスキルと魔法は合わせて10個までと決まっているので、全てのスキルと魔法が使えるなんてことにはならないが……


「さて、早速家に帰る途中で魔物を狩るとするか」


 ここからはレベル上げの時間だ!

 さっきみたいに命の危険にさらされない程度に頑張るぞ!

 そう意気込むと、俺は颯爽と森の中へと駆け出して行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る