第20話


         ※


 俺たちは、一台の大型乗用車に五人で乗り込んでいた。ニュース映像から割り出した場所を目指して走行中である。


 現場に近づくにつれ、道路が広くなってきたのは幸いだ。それでも危うく、野次馬を轢きそうになったが。


「おい寛、ちゃんと運転してくれ! この中で自動車の運転免許持ってるのはお前だけなんだぞ!」

「分かってらあ、兄弟!」


 寛が言い切った直後、ガタン! と車体が何かに乗り上がりそうになった。


「まったく……。ルリア、希美、二人共大丈夫か?」

「大丈夫でーす!」

「このまま突っ込んでもらって構わへんで! ドス抜いて突撃したれ!」


 この女共、ガチでこえぇ。

 などと思っている場合じゃない。


 ちなみに、寛がハンドルを握ったのには訳がある。一番機械に強く、車の操縦経験があったからだ。これも新型教育指針に含まれている授業計画の一環で、寛はそれを受講していた。

 そう、『していた』のだけれども――。


「ちょっとあんちゃん! あんた車の運転って知っとるんかいな!? ハンドル貸せや!」

「ルリア、あなたも人のことは言えないでーすよ! いっそボクが!」

「お前らちったぁ黙ってろ!」


 後部座席に身を乗り出し、俺は怒声を上げた。そしてそれは、事故を起こすのに十分すぎるだけの隙となった。


「うおっ!」

「どうした、ゆた――って、うわ!」

「きゃあああああああ!」


 慌ててハンドルを切る寛。眼前で腕を組んで頭部を守る俺。後部座席で悲鳴を上げる女子二人。


 そのまま乗用車は、ぐらり、と嫌な揺れ方をしてひっくり返った。

 俺は、ぐっと低く呻いてからシートベルトを外しにかかる。


「おい、皆無事か!」


 さっき以上の大声を車内に響かせた。三者三様の返答があり、俺はほっと息をつく。


 しかし、問題はここからだな。

 こちらの事故現場の方に、野次馬や報道陣がやって来る。

 これでは、月野姉妹と弦さんが人質に取られている家屋に接近できない。その前に俺たちが捕まってしまう。

 さて、どうする?


「寛、発煙筒を持ってたよな?」

「ああ、一応色も一通りは――」


 俺は寛のリュックサックに手を突っ込み、ついでに車内のランプを点ける。幸いなことに、配線は繋がっているようだ。


 その薄明りに中で、俺は求めていた発煙筒を取り出した。最低二本、二色が必要だ。

 そのうちの一本を着火し、身を乗り出した。そのまま思いっきり振りかぶって、遠くへとぶん投げる。


 すぐさま黒煙が立ち始めた。野次馬や警備隊員の目を潰すように。

 目を潰すといっても、元の視力に戻るのに大した時間はかかるまい。彼らは飽くまで、黒幕に踊らせているだけ。無益な殺生は避けたいところだ。


 俺は二本目、橙色の発煙筒に火を点ける。一旦横転した車の陰に入って、それから再び大きく投げ放った。


「あとはこいつか」


 俺は首からかけていた短い笛を口元に当てて、短く息を吹き込んだ。何度も繰り返す。

 遠くから聞いてみれば、甲高い爆発音と勘違いさせられる。


 これが上手くいけば、俺たちは焼死したように見せかけることができる……と思うのだが、果たしてどうか。


 どうせ調べられたら、俺たちが爆発(に見えるほどの発光現象)に見舞われたと判断されるのは明らか。爆風で吹っ飛ばされるような目に遭っているわけではない。ここで事故死したことが偽装だったのだと、すぐさまバレてしまう。

それは、今すぐには勘弁願いたい。俺はくいくいと招き猫のように、寛たちに向けて手を振った。急いで俺のいる田んぼに飛び込んでくる寛、ルリア、希美の三人。


 ばしゃり、と田んぼに手足を突っ込み、全員泥塗れになってしまう。俺はひやひやしていたが、幸い悲鳴は上がらなかった。

月野姉妹、それに弦さんを放っては置けない。その思いの強さが、自然と皆に隠密行動をさせたのだろう。

そのままぐるりと報道陣の背後に回り込む。彼らは警官隊と共に、誘拐事件と自動車事故のどちらを報道すべきか迷っている。今なら突破できるはずだ。


「寛、爆竹」

「あいよ」


 慣れた手つきで、寛は俺の手に爆竹を押しつけた。こんな役割、譲ろうと思って可能になることではない。流石、腐っても俺の幼馴染だ。


「柊翔、お前、俺っちについてなんだかすごく失礼なことを考えてなかったか?」

「は? それより今は任務だろ」

「やっぱり俺っちを愚弄しようとしてたんだな……。薄情なやつめ」

「ちょっと、お二人さん! 早く上がってくれへんか? 結構冷たいんやで、この田んぼ……」

「おう、悪いな希美。少し待ってくれ」


 俺は振り返ってこくりと頷いた。

 濡らさないように注意していた爆竹、その先端を見つめる。


「寛、もう後は何色でもいいからな。発煙筒を、あの家の前に向かって投げまくれ」

「了解! そういう仕事を待ってたんだ!」


 にやり、と口の端を持ち上げる寛。全然様にはなっていないな。ま、いいか。

 全員が田んぼから上がり、畦道に伏せる。横並びにうつ伏せになって、頭の上で両手を組んだ。さっき車内でレクチャーした、耐ショック姿勢だ。


「よし、いいぞ。寛、やれ!」

「おうよ!」


 そこから先は、まさに極彩色の大乱闘状態だった。

 思わぬところから攻撃(といっても催涙弾だが)を喰らって、警官隊や機動隊員は慌てふためいた。

 もしかしたら――。この現場を仕切っているのが親父だったら、隊員たちもこうも簡単に狼狽えはしないだろう。


 続いて放り投げられたのは、俺が着火していた爆竹だ。

所詮は煙幕と僅かな火薬による、ただの陽動作戦。しかし、俺が親父から教わった作戦、すなわち『迅速に敵の背後を取る』というのが上手く作用したらしい。


 俺は煙幕の風上に移動して、軽く頭を上げてみる。煙幕がまだ残っていて行動しづらいが、こっちにはガスマスクがある。生憎数が揃わず、俺しかもっていないのだけれど。


 とにかく状況が分からないことには、対処のしようがない。俺は上半身を屈ませて、適当に石を拾って再び前進。


 俺たちにとっての最悪の弱点。それは、まともな武器がないことだ。

 本来だったら、俺と寛とで非殺傷弾を込めた銃器で武装するはずだったのだが、セーフハウスにはそこまで準備されてはいなかった。

そして何より、寛は銃器に触れたことすらない。

 いくら腐れ縁とはいっても、寛に自分の背後を任せる気にはなれなかった。


 だが、今回の布陣はなかなかよかったらしい。

 煙幕弾が、どんどんと味方の陣営から放り投げられていく。

 これで、警官隊や機動隊員たちの合間を縫って、月野姉妹と弦さんの救出に向かうことができる。


 当然だが、俺たちが警察力を信じられなかったのには、きちんとした理由がある。

 月野姉妹を人質にしたのは、きっと今後、何らかの交渉を行うための手札にしたかったのだろう。加えてこの姉妹は、警察のような国家的組織の手に渡すわけにはいかない。


 問題は弦さんの方だ。思い返してみれば、弦さんは一歩屋敷の外に出ると、警戒心の塊のようになっていた。

俺のことを守らなければならないから、という都合はあるだろう。だが、同時に『自らを守るため』に注意深くなっていたような気がしないでもない。


 さて、ここからどうやって三人の人質を探し出し、安全を確保してこの場から離脱するか。

 俺は警官隊や機動隊員の間で足を止めた。皆、このような事態を想定してガスマスクを所持していたらしい。

 現場指揮官と思しき男性の、早くガスマスクを装着しろという怒号が響く。しかし、一向に全員が装着できているわけではない。


 ああ、そうか。

 俺には納得できるところがある。こいつらのガスマスクを奪って、続く三人に投げ渡せばいいのだ。それから月野姉妹を探すべく、建物に突入する。


「ちっとは感謝しねえとな……」


 俺が呟いた相手。それは親父だ。

 自衛官、それも佐官ともなれば、生活にも訓練時のような緊張感が滲み出てくる。今現在、俺たちに立ち塞がっているのもそういう男だろう。


「そら!」

「ぐはっ!」


 まだ視界を奪われたままの敵に対し、俺は容赦なく中断蹴りを打ち込んだ。

 くの字になって吹っ飛んだ警官は、背後の機動隊員に衝突。二人共慌てていたのか、もんどりうって無様に横たわる。


「ちょいと拝借」


 小声で告げながら、俺は二人の頭部からガスマスクを取り去った。

 振り返り、建物のある方へ背を見せながら、猛ダッシュ。その勢いで、ガスマスクを投擲。いっぺんにルリアと希美の手に渡る。


 俺は二人がするりとガスマスクを装着するのを確認。ぐいっと腕を回し、俺の援護にあたるよう指示を出した。


 ちなみに寛は、田んぼの畦道でお留守番。以上電波が発生していないかどうかを確認する係に任命してある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る