第14話


         ※


「じゃじゃ~ん!」

「ほれほれ!」


 胸を張る摩耶と、これ見よがしに奇妙な舞を繰り出す希美。いや、じゃじゃ~んとか、ほれほれ、とか言われても、リアクションに困るだけなんだが。


 摩耶は、ここに集合した時の明るさを増幅したような格好だ。

 へそ出しのノースリーブの短いシャツに、これまた短いホットパンツを着用している。全面が暖色系の赤や橙色で構成されており、暑苦しいったらありゃしない。


 一方の希美は、流石芸能人というセンスを発揮してくれる……と期待したのだが。


「なあ希美、それって冬用のコートじゃねえの?」

「若いもんが遠慮なんざするもんやないで! ウチの晴れ着姿、とくと覚えておくがええで!」


 俺は沈黙してしまった。

 確かに、暖色を選びまくった摩耶に比べ、希美の色彩センスは確かだった。明るめの青、それにところどころにある水色のパーツが、涼しさを与えてくれる。


 しかしなあ、冬用の衣類なんだよなあ、これ。


「希美、暑くないのか? 熱中症に気をつけろとさっきから――」

「なあに、気にすんなや! 地球寒冷化が起こっても、生存率を上げられるで!」


 いや、地球温暖化の方がよっぽど注視すべき問題だと思うのだが。


「とりあえず、そのもやもやしたコートを脱げ! 返品してこい!」

「せやろ? よく似合って――って、柊翔はん、あんたウチに『脱げ』って言いはったんか?」

「ん? ああそうだよ。そんな格好で身体に害が出たら大変――」

「ご通行中の皆さぁーん! ここに変態がいます! 風見柊翔っていいます!」

「バッ、一体何を!?」

「この男は、往来の面前でウチに『脱げ』言いましてん! 許せん! 白昼堂々、猥褻な行為に出る気や! 皆さん助けてーな!」


 ひでえ。あんまりにもひでえ。俺に罪、というか責任? を押しつけようとしている。

 幸いなのは、周囲の人々がドン引きして寄ってこようとしなかったこと。お陰で俺は身体の自由が利く状態にある。


 俺は喚き立てる希美の背後から近寄り、手で希美の口を押さえた。


「むむっ? むー!」

「皆、行くぞ。カラオケ屋まで案内すっから」


 こうして俺たちは、ようやくカラオケへと進行し始めた。


         ※


 こうして、見るからにちぐはぐな俺たち五人は、目当てのカラオケ店に到着した。

 昨日のうちに予約しておいたのだ。カラオケの機種にもこだわりがあるからな、俺の場合は。


 俺が受付で店員と話をしていると、頭を抱えたくなるような事態が起こった。


「よっしゃ! 今日は歌うで~!」

「希美、だったらあたいと点数勝負しようぜ!」

「おおう! ボクも混ぜてほしいでーす!」


 同伴者がこんな連中だとは知られたくなかったが、五名で予約してしまった以上、どうすることもできない。服装、言動、何をとっても頭が痛くなる。


「それでは、ごゆっくり!」

「どうもっす。おいそこの馬鹿共! 三階の十号室だ! ドリンクフリーで時間制限なし、フリータイムでいいよな?」


 俺は振り返ったが、誰も聞いちゃいない。俺は唯一そばにいてくれた美耶に声をかけた。


「あいつらは放っておいて、俺たちだけで歌うか」

「……!」

「ん? どうした?」

「いっ、いえ! 何も……」


 ふむ。美耶は多少ドギマギしつつも、俺の提案に乗ってくれた。


「上の階へはエレベーターをご利用ください」

「ああ、すいません」


 俺は店員さんの指示に従い、ちょうどやってきたエレベーターに足を踏み入れた。美耶も続く。


「あーっ! 柊翔の野郎、自分だけ行こうとしてる! ずりぃぞ!」

「柊翔はんだけじゃあらへん、美耶はんも一緒や!」

「抜け駆けは許さないでーす!」

「お、お前ら、急に駆け込んでくるな! ぶへっ!」


 それからどうやって三階の十号室に辿り着いたのか、俺の記憶は判然としない。


         ※


 偶然にも、俺が予約した部屋はパーティ会場にも転用できるほどの広さがあった。

 うるさい連中と同席するにあたり、視覚的にも広いというのは助かる。


 中央テーブルでは、摩耶と希美が何故か腕相撲を始めた。ルリアはレフェリー。こいつら、マジで何やってんの? 


「あ、あの」

「ん?」


 俺が鼻から息を流していると、またもやシャツを引かれた。


「どうした、美耶? って、ああ、準備してくれてたのか。悪いな、俺たちが馬鹿やらかしてるもんだから」

「いえ。それより、リモコンとマイク、どこに置けばいいですか?」

「適当に、だな。そうだ、美耶。俺と一緒に歌わないか?」


 すると美耶は、ぴくり、と肩を震わせた。

 それからゆっくりと、それはそれはゆっくりと、顔を上げた。


「いいえ、私は音痴なので……」

「俺たちが二人共知ってる曲ならいいだろ? ほら、マイクだ。電源は入ってるか?」

「は、はい」

「んじゃ、もうリモコンで予約しちまうからな」


 目的の曲はすぐに見つかった。すぐに予約送信し、画面に予約完了の表示が出る。


「ん? なんや? BGM消えてしもうたで?」

「おい誰だよ、抜け駆けしてんのは!」

「俺だ。美耶はたまたまここにいるだけだからな、文句は俺に言え」

「ちゃっかりマイク持ってるし! ズルいぜ美耶! 我が妹ながら!」


 摩耶め、美耶を妹として注意しているのか、それとも褒めているのか、よく分からない。

 まあ、摩耶は自分の言うこと為すこと、そのほとんどは何も考えていないと思うけど。


 難癖をつけてきた二人と、恨みがましい目で俺を睨んでくるルリア。その視線を、くいっと顎をしゃくって跳ね返す。

 こうして、カラオケ一曲目、国民的アニメのオープニングテーマが流れ出した。


 一番の間こそ、美耶はおどおどしながら口パクするだけだった。しかし、二番になってからは音程が掴めたのか、小声ではあるが歌い始めた。

 俺は美耶を見下ろす。彼女は歌うのに必死で気づきはしない。だがむしろ、それで俺は安心した。

 カラオケなんて、自分が好きなように歌えばいいのである。その(俺が勝手に作った)鉄則を、美耶はきちんと守っている。大丈夫そうだな。


 そうこうするうちに、三番のサビが終わって後奏が流れ始めた。


「なあんだ、美耶もいい声してるじゃんか!」

「あっ、あ、ありがとうございます……」

「どうだ! 聞いたか、摩耶! 美耶だってやろうと思えば――って、どうした?」


 マイクを手放した俺の、テーブルを挟んで反対側。摩耶が、リモコンを前に沈黙していた。


 どうした、と問いかけること数回。摩耶の両側に控えていたルリアと希美が、同時にこちらに向き直った。

 二人の顔には、彼女たちの振る舞いからは想像できない、なんとも陰鬱な表情が浮かんでいる。

 それから二人は顔を見合わせ、ちょいちょい、と手招きをした。


 ふうむ、只事とは思えないが……。俺も聞いてもいい話なのだろうか?

 俺が戸惑っていると、今度は摩耶自身が口を開いた。


「柊翔、あんたにも伝えておいた方がいいことがある。ちょっとこっちへ」

「お、おう。でも、美耶は?」

「これはあたいと美耶、二人に関わることなんだ。過去を知らないのは柊翔だけだからな、そんなのフェアじゃねえ。聞いてくれるか?」

「そういうことなら……。仕方ないな。教えてくれ」


 のっそりと頷いて、摩耶はソファの上の尻をどかした。なんか密着してしまいそうな距離だが、摩耶はその方がいいのだろうか? 俺はもう一度、仕方ないなと呟いて、摩耶のそばに座り込んだ。


         ※


「あたいと美耶は、家出してきたんだ。今日で二週間になるかな。理由は簡単。うちの親父みたいな畜生に育てられるのが癪になったからさ」

「じゃあ、親権はお父さんにあったわけか」

「おいおい柊翔、『お父さん』はよしてくれ。あんなやつに丁寧語を使う義理はねえよ」


 俺は丁寧語ではなく、一般的な礼儀に則ったつもりだったんだが……。今は摩耶に従うしかあるまい。


「親父の方が稼ぎがよかった……っていうか、かなり儲けてたから、あたいと美耶のは親父に預けられた。しっかし何一つ上手くいかなくてなあ。あたいと美耶はぶちぎれて、親父の家から逃げ出した」

「それにしちゃあ衣服はまともだし、飢えて困ってるようにも見えないな。衣食住はどうやって確保したんだ?」

「それな」


 待ってましたとばかりに、摩耶は指を鳴らした。


「親父の会社は、通信安全保障の最先端の研究をやってるようでな。一人だけ信頼できる、そしてそれなりに上層部のエンジニアに、協力を依頼したんだ。そうしたら、ゲームみたいだとか言っておおはしゃぎしてさ、親父の給料からちょびっと金をくすねて、あたいの口座に振り込むようにしてくれた。そうなりゃ、あとはこっちのもんよ」


 ふうむ。摩耶と美耶がどうやって食いつないでいるのかは分かった。

 だが、一番重要な点にはまだ触れていない。

 俺はごくり、と唾を飲んで、摩耶に向き合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る