第13話 一週間前
家に帰ると母さんがいた。
「おかえりなさい。
「ただいま、母さん! 今日はダンスの練習をしたんだよ」
「そうなのね。とても楽しそうね」
「うん」
そう言いながらキッチンで少し冷やした麦茶を飲むことにした。
家の麦茶は市販の物を使っているけど、この時期はとても好きなものだ。
「あ。美琴、受験の願書とかもらってきた?」
「先生に聞いてみるよ」
「よろしくね。願書が無いとヤバいんだからね」
「は~い」
文化祭が終われば指定校推薦の願書を出して、十一月の最後の土曜日に面接があって翌週には合格発表が出てしまう。よほどのことがない限り合格はするらしい。
「美琴はとても良い成績だし、緊張するかもしれないけど言いたいことを話してみようか」
「うん」
受験は息が詰まりそうになるけど、息抜き程度に趣味を楽しみたいと思っている。
わたしは
「ごめんね! こんなところまで来てもらって」
「ありがとう。CD良かったよ」
「良かった。またね」
十月になったばかりで雨が寒かったのに、いまは少し気温が上がって冬服でも少し暑いと感じるくらいだった。
今日の
わたしは千鳥格子のジャケットにリボンタイのついたシャツを着ているので、おしゃれな感じだけどすごいなと思っているんだ。
そのなかで
「すごいおしゃれ。市ノ瀬さんの組み合わせ」
「ありがとう。すごいびっくりしてる」
文化祭まで練習時間があれば一人で踊ることをずっとやっていたし、服を着て練習することも多かったけど通しで練習するのは初めてだった。
その後に
宮野さんは黒のスーツに黒の革靴に髪もオールバックで、宝塚の男役の人みたいな雰囲気を漂わせながら渡辺さんをエスコートしている。
渡辺さんは赤い長袖でふくらはぎが少し隠れる丈のスカート、エナメル素材の靴はそんなにヒールを履いている。
「すごいね。ジャズダンスを踊るの、とても楽しみだよ」
「ありがとう。この靴だったら、とても良い」
わたしはすぐに紙を整えて踊る振付を確認していくんだ。
ダンスの発表会みたいな感じで少しワクワクしている。
これが懐かしいと思っていることが少しだけ寂しく感じてしまう。
あのままダンス部にいたら……と思っているときがあったりしていたけど、あのままいたら逆に精神的に壊れていたかもしれない。
「今度のことはどこに行くの?」
「日菜、今日はバイトもないし……」
「それじゃあ、ウチくる?」
「うん」
わたしはすぐに日菜の家に行くことにした。
南武線の始発駅なのですぐに川崎行きの電車に乗っていく。
日菜の家の最寄り駅に行くと、とても懐かしいという感じがする。
ここに来るのはクリスマスに泊まりに行った以来だ。
「あら?
「お久しぶりです。これ台湾カステラのお店があったので」
「ありがとう。いい匂いね」
ちょうど台湾カステラのお店があったので、それを手土産にしていこうという話になったんだ。
日菜の家族はおばあちゃんと母さんの三人で暮らしているみたい。
部屋に入ると相変わらず部屋の壁にはバンドのポスターとかライブグッズが飾られているような感じ。
この部屋を見たときに既視感を感じたのは伶菜の部屋が同じ感じだったのを思い出した。
あっちはジャニーズのポスターとかうちわとかが置かれてあったような気がするけど。
「美琴、座ってよ。これ見て!」
「あ、新曲?」
「そ! フラゲできてよかったって思ってる」
「早く聞きたいのわかるな」
わたしはすぐに日菜と文化祭にどこを回るかを真剣に打ち合わせることにした。
すでに今年の文化祭のパンフレットは配られていて、隣の敷地にある中等部も同時開催のためそっちのパンフレットも配られているんだ。
「へえ。中学のクラスってどんな感じなんだろ?」
「一日目の午前中は高校で午後からは中学に行こう」
「良いよ。それじゃあ、二日目はどうするの?」
「高校の残りのクラスを回る。中学って一学年三クラスだから、回りきれるって」
どんな感じの文化祭なのか気になるところで、中等部は初日に行くことになった。
「それにしても、みんながガチになるなんて思わなかったよ」
「そうだよね。ユッキーがごり押しで決めたけど、とても楽しいしね」
「日菜、ボカロの踊ってみた動画を完コピにはびっくりしたよ」
「あ、あとさ。『ミスター結城』ってエントリー済み?」
「うん。今年は宮野さんがマジでグランプリで殿堂入りかもよ」
ミスター結城というのは結城女学院高等部の文化祭で伝統となっている男装コンテストで、エントリーが終わっているところでグランプリまでを二つの部門で選ぶ。
一つはクラシカル、もう一つはフリーという部門で、日菜はフリーで主に現代の犬系彼氏を目指すらしい。
パートナーは普通に自分に決まって、わたしは普通の私服で立っていればいいと話してくれた。
日菜の背は平均くらいで厚底のスニーカーを使うみたいだった。
わたしは極力ヒールの低めの靴を履いていくことにしたんだ。
「でもさ、日菜も男装の服を買うのに抵抗なかったよね?」
「うん。もともとメンズのパーカーとかベルトとかは買うからかも」
「すごい似合ってたよ。大丈夫だよ」
わたしはこのことを
ちなみに奏さんは文化祭当日二日間、ずっと学校にいる状態になる。
極力話しかけないようにしているけど、お互いに我慢することができるかはわからない。
まだ一緒に回ることもできないと考えている。
「日菜は将来のこととか決めてる?」
「全然決めてないよ。大学卒業したら就職するだけだもん」
「そうだよね……うちは何を勉強したかって言われても」
「焦らないでいよう」
「うん」
文化祭は受験のことなんて気にせずに楽しみたいと考えた。
日菜と一緒に買って来た台湾カステラを一緒に食べて、思っていたよりもとてもふわふわしていて弾力がある感じだった。
それから一緒にゲームをしたり、宿題をしたりしていたらかなりの時間が経っていたのが見えたんだ。楽しい時間はあっという間だなと実感してしまった。
「それじゃあ、うちはそろそろ帰らないと」
「あ、もう帰る時間?」
慌ててサッチェルバッグを持って日菜の部屋を出てから、すぐに子どもの頃に歩いて行くことをしていた。リビングに行くと日菜のお母さんとおばあちゃんに挨拶をする。
「あら。美琴ちゃん、もう帰るのね?」
「はい。お邪魔しました。カステラはみなさんで食べてください」
「ありがとうね。ふわふわでおいしかったわ」
「いいえ。お邪魔しました」
「また来てね」
「はい」
すぐに日菜の家の最寄り駅から南武線で乗り換えて、私鉄に乗り換えて家へと帰ることにした。家に帰る間までにはすぐに何となく心が落ち着いてきたような気がしたんだ。
それから一週間、結城女学院の文化祭が始まった。
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