第11話 夜景と横浜

《奏side》

 美琴みことの家から戻ってくると、いつもの香りに少しだけホッとするような感じがする。

 引っ越してからすぐにこの香りを気に入ってすぐに使うことが多いかもしれない。


 部屋には自分が靴を脱ぐ音、呼吸する音や衣擦れの音が無駄に大きく響き、とてもここが大きく感じてしまう。


 今日は弟のひびきが実家に戻っているので、家はシーンとしている。

 ときおり隣の部屋が聞こえてきている。


 なかなか学生時代は感じることのなかった気持ちが生まれるのはいろいろ環境が変わったことが大きいかもしれない。


「はあ……」


 俺は何となくソファに座ってからさっきのことを思い出してしまう。

 正直、自分の行動にいまは驚いてしまうことがあるし、やってしまったなと思っている。

 そのことを言われて同じ気持ちだってことがうれしくて。

 抑えたい、このまま進みたいという気持ちがせめぎ合っていたけど抑えた。


 彼女が高校生の間は青春を味わってほしいと思っている。

 学生時代の苦い記憶がよみがえってきそうなので、首を横に振ってすぐに部屋にとある物を取りに行く。


 たまに「あっ、何か口が寂しいな」と思うときにできるように必要最低限の個数しか買っていない。

 俺は部屋に行くと机の上に置かれてあったやつ持って、ベランダに出てキャンプで使うような折り畳み式の椅子とテーブルを開くとそこに物を置く。


「あの時以来か……」


 美琴みことにはもう煙草を吸っているのはバレてるかもしれないけど、紙よりは電子の方が匂いとかがマシかと思って就職と共に移行していった。


 学生時代は紙巻きを数か月に一度の頻度で吸っていたけど、就職してからはその頻度も自然と落ちて行った。


 いまは職場の関係でだいたい学生時代よりはちょっと増えたかなという感じだ。

 ときどき吸うのは付き合いと個人的に吸いたいときが多いけど、ここ最近は吸うのも忘れるくらい仕事が忙しかったから吸うのは二、三か月ぶりだ。


「そろそろ良いか」


 吸えるようになってきてからくわえながら、スマホで何か連絡が来ているかを見る。

 だいたいが学生時代の友人と職場、ときどき実家からと来る頻度として多い。


 夏に川越に行こうとしていたけど……互いにスケジュールが合わないということで、それは他の時期に行こうかという話になった。


 ここが一階って言うこともあって目隠しされているのがありがたいと思う。

 もともと学生と若いファミリー向けのアパートなので、俺みたいな単身者でも普通に暮らしている人もいる。


 それから俺は時間があるのでどこか出かけようかと考えた。


 月に数回夜中に車かバイクで高速に乗ってどこかへ行くことが多いので、今日は響を迎えに行くがてらドライブに行こうかとLINEに響を迎えに行くと送ると快諾してくれた。


 そうとなると簡単に腹ごしらえをするために何か冷蔵庫やレトルトの食品を探している。

 響が春に大量に持ってきた賞味期限が近めの非常食が出てきたのでそれを食べることにした。


「熱湯で数分か……めちゃくちゃおいしそう」


 味はチキンライスで卵焼きを乗せればオムライスにアレンジして、カウンターで食べることにした。

 それを食べるとすぐにスマホで経路を考えてすぐに実家へと向かうことにした。



 車に乗るとしばらくして高速道路に乗ってみなとみらい方面の道路に乗り換える。

 実家は姉貴が暮らしているマンションの近所に二人では広すぎる一軒家で暮らしている。


 俺が高校生になるまでは普通に近所のマンションに暮らしていたけど、響が高校生のときは母さんと一緒にいた。


 夜の街を車で走るのは非日常感がすごい好きで、カーステレオには気に入っている曲を入れていることが多い。

 いまはシティ・ポップにハマっていて父さんから教えてもらった曲を再生したりしている。


 いつかはこんな感じで美琴と一緒に走りたいという願望が心の隅にしまっている。


「あ、そろそろ仕事か……お盆も休めたし良いか」


 ちょうどみなとみらいの見慣れた夜景が見えてきた頃、高速道路を降りてから実家へと行く。

 外観はレトロな一軒家って感じで、そこは母方の親戚から譲り受けたという。

 すぐに空いている家の駐車場に車を停めると、すぐに玄関のインターホンを押してカギを開けてもらう。


「あ、かなで。おかえりなさい」

「久しぶり」

 母さんと親父がこっちへやってきて、すでに酒を飲んでいるみたいだった。

「あれ? 姉貴と花音かのんは?」

「いるわよ」


 そう言っているけどこの家に姉貴と花音が泊まりに来ていてホッとする。

 とても賑やかで家のなかが明るい雰囲気が出ている。


「あれ? カナくん、来てたの?」

「うん……じいちゃんと何をしてた?」

「あ、宿題をしてたの。読書感想文がめちゃくちゃつらいんだよ」

「そっか、思ったことを普通に書いても良いと思う」


 今年の六月に八歳の誕生日を迎えようとしている姪っ子はリビングの机で学年とクラス、名前しか書かれていない原稿用紙を広げて本を見ながら悩んでいるのが見えた。

 残しがちな夏休みの宿題ランキングの堂々一位というか殿堂入れるべきだ。


「でもさぁ。普通に書こうとしてるのに……上手く書き出せないの」

「うん。最初は読むきっかけを書けば時数は稼げるはずだよ」


 パジャマ姿の花音は風呂上り特有のふわふわな感じで、鉛筆を握って原稿用紙とにらめっこしている。


「無理いいいいい! ダメ、言葉が出てこない」

「じゃ。無理はできないね」

「うん……なんで今日はカナくんも来てるの?」

「え、ああ。俺は響を迎えに来た」

「兄貴、来てくれたんだ」

「おう。とりあえず夜一時間くらいお邪魔しようかな」

「ありがとう」


 響は親父と姉貴と飲んでいて、すでにほろ酔い気分で話している。


「あ、ヒビくん。彼氏とは順調なの?」

「おい、花音! それは」


 響は恋愛対象が同性でいまはお付き合いをしている人がいるということは教えてくれていた。

 それを両親が話したのが五年前で当時はすごい剣幕で親父と大ゲンカして、俺が父さんを羽交い締めにしてすぐに響は家を出てしまったんだよね。


 そのことを花音は知らないのは当然だし、普通に考えもイマドキだから普通に話しても良いと思っているみたいだ。


「なんで言っちゃダメなの? うちの学校にも男の子と同じ制服を着てる六年生がいるから……普通に話してもいいんじゃないかなって思ったのに」

「まあ、花音の言うとおりだ。時代が変わってるのに、あの頃はまだ俺も考えることができなかったからな。響、近いうちに彼氏という人を連れて着なさい」

「父さん……」

「それとあのとき、男を好きになるなんて病気だと言ってすまない」

「良いんだよ。わかってくれれば」


 俺はそれを見てホッとしてからすぐに家に帰ることにした。



 すぐに車に響を乗せてすぐに家を出るとすぐに帰るんじゃなくて、ちょっと寄り道をすることにしたんだ。首都高から見える夜景を見ながら家に帰るルートにしたんだ。


「響、適当に水を買って来たから。飲め」

「ありがとう。卒論のテーマで行き詰ってさ、少しだけ疲れてね」

「どういうテーマで進めてるの?」

「いかに書店が存続していくか」

「確かにね。あ、俺の先輩に書店員してる人がいるから紹介するよ」


 響とそんな会話をしながら家に着くと、お互いにシャワーを浴びてすぐ寝てしまった。

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