第10話 熱が帯びる
夏休みの終わりになって、瀕死のセミにおびえながら玄関を開けたりしている頃。
わたしは彼が来る前に部屋の掃除をするために午前七時にアラームを設定した。
起きてからすぐに着替える前にローテーブルの上に乱雑に置かれてた教科書を中学の技術で作った大きい本棚に整理する。
勉強机に置かれてある棚に入れていくと、すぐに他にいらないプリントを捨てたりファイルに入れたりしている。
わたしは窓を開けて換気をしていく間に母さんが来ていたの。
「おはよう。
「あ、母さん……今日は特別なの!」
「そう。
「うん」
わたしはすぐにゴミに出してから、朝食を食べることにしたの。
すると父さんが少しだけ眠そうな顔をして、キッチンへやってきている。
三人でご飯を食べてから父さんは大学時代の同級生とツーリングに行くらしい。
バイク乗りのフル装備をしてすぐにヘルメットをつけてバイクに乗っていった。
それを見てかっこいいなと思っている。
「あ、そろそろ来るじゃない?」
わたしは何となくソワソワしてしまって落ち着くことができないんだ。
それを見てソファに座っている母さんはニコニコしていた。
「そんなにソワソワしないの」
「だって……」
するとインターホンの音が聞こえてきて、体がビクッと反応してしまった。
慌ててインターホンのカメラを見てみると、奏さんがこっちを見ている。
「あ、奏さんだ」
すぐに玄関を開けると、奏さんが手土産を持ってきているみたいだ。
「あら。奏くん、いらっしゃい」
「こんにちは。お邪魔します、あと……この前のお礼です」
「あ、この
それから昼食を先に食べてから勉強会を始めることにしたんだ。
ご飯を食べてからすぐに部屋に行く。
「ありがとうございます。美琴、勉強を始めようか」
「うん。わたし、飲み物を持って行くから……待ってて」
「うん」
ドアを開けてもらって、ローテーブルにそれらを置くことにした。
わたしの部屋は簡潔に説明すると窓側に勉強机、その右側に本棚が二つ、勉強机の左側にベッドがある。
窓側の反対にウォークインクローゼットがあって、全ての衣類が入っているところだ。
「奏さん、適当に座っちゃって。あの、座布団みたいなのあるし」
わたしはクローゼットから大きめの座るためのクッションを出した。
何となくソワソワしながら腰を下ろして奏さんと向かい合うように座った。
奏さんはラフな感じで座って、麦茶をグラスに注いでいるのが見える。
「少し緊張してる?」
「あ、うん。あまりない機会だから」
「そうだね」
麦茶を飲みながら数学の教科書を一緒に見ながら問題を解き始めている。
わたしは理系が苦手だから奏さんに教えてもらって、とても助かっていてテストとかも点数を取れている。
数学の問題集は少し難しい物が多くて、ほぼわからないことが多すぎるんだ。
「美琴、これ。公式がこれだから」
「あ、それはわかるんだけど……数字が答えにたどり着かないんだよ」
「う~ん。赤点を回避することならできそう。基礎的な土台を覚えてから応用していくことが大切だよ」
奏さんの頭脳を少し分けてほしいと思ったくらいで、もともと苦手な科目だから萎縮してしまうことが多いんだよね。
わたしは文系が得意だから大学の一般教養のときにつまずきそうな感じがする。
もはや頭がショートしてしまいそうになる。
「美琴、少し休む?」
「う~ん、そうする……頭がパンクすし、オーバーヒートしそう」
不安になりながらも数学の教科書を閉じて、大きく伸びをして麦茶を一気に飲み干す。
わたしは少し落ち着かなくて、奏さんにも感じ取られているかもしれない。
奏さんと部屋に二人きりということが慣れていないことも大きい、日菜とかだったら普通に過ごせるはずなのにと思っている。
「なんか、ソワソワしてない?」
「え、あっ、その……」
動揺してしまってローテーブルに置いていた教科書を横に落としてしまう。
「意識してる?」
それを聞いてドキッとしてしまう。
わたしは黙ったままうなずいて、深呼吸をして必死に平常を保とうとしている。
それから奏さんとの間に沈黙が流れてしまって、話すのも気まずい状態が続いている。
しばらくそれが続いたときに彼が抱きしめてきたことだった。
それがまるで力強くて、何かに奪われたくないという感じだった。
あまりに突然だったことで心臓の鼓動が激しく波打っている。
わたしはそっと彼の背中に手を回し、するとぬくもりとつけている香水の匂いを感じた。
「奏さん、聞いてほしい」
「何? 美琴」
いままで心のなかにしまっていた気持ちを伝えることにした。
もっと触れたいって思ってしまう。
キスよりも先に行きたいこと。
それを言いたかった。
「……奏さん、キスより先に行きたい」
自分の声が震えている。
でも、言いたかったことだった。
そのときに奏さんは少しだけ体を離して、顔を手で覆っているのが見えた。
正直びっくりさせちゃったかなって思っている。
まだ早いって言われることを覚悟したときだった。
いきなりキスをされる。
「奏さん、待って。ちょっ」
「待てない」
奏さんは再びキスをされて、だんだんと熱を帯びていくように繰り返される。
それが恋愛ドラマでよくあるキスで、それが大人っぽくて色っぽいの。
奏さんはとても色っぽくて、熱に帯びた表情だ。
それを見て背筋がゾクッとして、ドキドキしていることがわかる。
彼がすぐに首にキスをして、びっくりして力が抜ける。そのときに後ろにやんわりとラグに押し倒されてしまった。
「え、あ」
この状況って……もしかして。
「俺も、一緒だよ。でも……」
すると奏さんは体を離れていって、麦茶を飲んでいるのが見えた。
「いまは、できないよ」
「なんで? わたし、十一月には十八歳になるし、大人だしさ」
「それはそうだけど。その後に受験が始まるだろ? 高校卒業までは友だちと過ごしてほしい」
奏さんは少し苦しそうな顔をしている。
「ありがとう。奏さん……わかった」
「うん。わかってくれてうれしいよ。美琴」
奏さんはギュッと抱きしめてくれた。
わたしは彼にギュッと抱きしめ返したんだ。
「珍しいな~」
「良いじゃん、いつもぎゅってされてるから」
「ありがとう」
抱きしめられているのが解かれると、一緒に本棚の方へと視線が自然と行く。
ある一冊の小説にかかっている書店のブックカバーを外した。
ハードカバーで青空をバックに若い男女六人が立っている表紙に『リメンバー』という文字が書かれているんだ。
「その小説、高宮冬樹のじゃない? 美琴も好きなんだ」
「うん」
「まだ新刊出てるんだ。借りても良い? 新刊だ」
「良いよ。これ、大事な本だから……汚さないでね」
「わかった。懐かしいな~、みんなの挿絵とかも変わってない。絵柄が少し変わっただけだ」
「そうなんだ。シリーズであるから最初から読んでみたら?」
「ありがとうね、俺も持ってないから……一巻から借りるよ」
「わかった」
わたしはそのシリーズの一巻を手渡して、奏さんと一緒にリビングへと向かう。
テレビを見ている母さんがこっちを向いて、ちょうどクッキーを食べようとしているのが見えた。
「あら。美琴たち、もう終わり?」
「うん。とても楽しかったし」
「そうなのね。あ、奏くんもこれ。ちょうどお隣さんが北海道から旅行で帰ってきて」
「ありがとうございます。これ、いただいてもいいんですか?」
「良いのよ。冬樹さんもわたしもレーズンは好きじゃなくてね。美琴くらいしか食べないもの、奏くんとそのご家族がよろしければ」
「ありがとうございます」
それからお茶をして、奏さんは家に帰っていった。
部屋にはまだ彼がつけていた香水の匂いが微かに残されている。
ただキスをされた首筋がまだ熱を帯びているような感触が、よみがえってくるような気がした。
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