姉の凶暴性《ノクス side》

◇◆◇◆


 第二皇女を生贄として大公に捧げてから、早一週間────これと言って変化はなく、いつも通りの日常を送っている。


 今までずっと半信半疑だったけど、あの子が皇族の一員だという話は一応事実だったみたいだね。


 血の盟約によるペナルティがなかったことからようやく確信を持てた僕は、なんだか変な気分になる。

彼女を実の妹として認識すると、複雑な感情が湧くから。

『今更戸惑ったって、どうしようもないのに』と溜め息を零しながら、僕は顔を上げた。

と同時に、二本のレイピアを振るう姉の姿が目に入る。

騎士団の練習に交じり、訓練場を駆け回る姉は実に活き活きとしていた。


 はぁ……またドレス姿で模擬戦をしている。

先日、母上に注意されたばかりだというのに。


 『せめて服くらい着替えなよ……』と呆れつつ、僕は事の成り行きを見守る。

本来であれば、止めるべきなんだろうが……最近の彼女は荒れていて、近寄りたくなかった。

まあ、『荒れている』と言っても殺伐とした雰囲気を放っている訳じゃないが……。


 姉上に多分、自覚はないと思うけど────生贄を大公に捧げてから、より一層乱暴になった。

いや、違うな……誰彼構わず、牙を剥くようになったと言った方が正しいかもしれない。

身の内に秘める凶暴性は、以前と変わってないから。

ただ────生贄に向かっていた破壊衝動が、ターゲットを失ったことで周りへ向くようになっただけ。


「あははははっ!騎士ともあろう者が膝をつくなんて、ダメじゃな〜い!ほら、早く立って!」


 太ももから血を流して蹲る騎士に、姉は試合の続行を強いる。

そこに悪意や敵意といった感情はなく、ただ無邪気に戦いを……いや、人の苦しむ姿を楽しんでいるだけだった。

『生贄を傷つけるときに見せていた表情とよく似ている』と観察する中、相手の騎士は剣を手放す。


「こ、降参です……!これ以上は勘弁してください!」


「え〜?もう限界?ゴミはもうちょっと耐えていたわよ?年上なのに情けなくないの?」


 『崇高な騎士様が聞いて呆れるわ』と吐き捨て、姉は踵を返した。

心底つまらなさそうに唇を尖らせつつ、左腰に下げた剣帯へ二本のレイピアを仕舞う。

どうやら、今日の模擬戦はここまでにするようだ。


 ちょっと物足りなさそうだけど……今、手の空いている騎士が居ないから諦めたみたい。


 『皆、医務室送りにしちゃったからね……』と苦笑いしつつ、僕は建物の陰から姿を現す。

すると、姉は直ぐに僕の存在に気づき、パッと表情を明るくさせた。


「ノクス!いいところに来たわね!ドレスについた汚れを落としてちょうだい!お母様に見つかったら、また怒られちゃうわ!」


 こちらへ駆け寄ってきた姉は、砂埃に塗れたドレスを指さす。

『早く』と言って急かしてくる彼女に、僕は溜め息を零した。


「いや、怒られるって分かっているなら着替えなよ」


「嫌よ!面倒臭いもの!」


 『レディの支度は長いのよ!』と力説する姉は、汚れを落としやすいよう両手を広げる。

既に綺麗にしてもらう気満々である。


 僕はまだ『いいよ』なんて、一言も言ってないんだけど……まあ、母上の機嫌を損ねるのは面倒だから引き受けるか。


 母の酷いヒステリーを思い浮かべ、僕は『仕方ないな』と折れる。

そして、手のひらを前に突き出すと────空気中のマナ・・に干渉した。


 ────マナとは自然エネルギーの一種で、どこにでも存在する。

また、上手く干渉してコントロール出来れば、魔法と呼ばれる超常現象を引き起こすことが出来た。

と言っても、誰にでも出来ることじゃないが……。

何故なら、マナに働きかけるための干渉力と操るためのコントロール能力は、一朝一夕で手に入るものじゃないから。

特に前者は才能の有無で決まるため、どれだけ努力しても無駄だった。

干渉力を手に入れるのはもちろん、質を上げることも。


 『後者のコントロール能力は努力である程度補えるけど』と思案しつつ、僕は小風を巻き起こす。

威力を出し過ぎないよう注意しながら、ドレスについた汚れを吹き飛ばした。

ついでに乱れた髪も、そっと整える。

綺麗になった姉を前に、『こんなものか』と納得し、風を散らした。


「はい、おしまい」


「ありがとう、ノクス!また頼むわね!」


 綺麗になったドレスを満足そうに見下ろし、姉はクルリと回る。

子供のように無邪気に笑う彼女の前で、僕は一つ息を吐いた。


「いや、次からは服を着替えるなり、自分で汚れを落とすなりしてよ。姉上だって、魔法を使えるんだから」


「私はああいう細かいコントロール、出来ないのよ。正直ドレスを一枚綺麗にするより、山を一つ吹き飛ばす方が楽だわ」


 魔法の威力に反してコントロール能力の低い姉は、『だから、次もお願いね』と宣う。

全く反省の色が見えない姉に、僕は思わず苦笑を浮かべた。


「姉上は僕より高い干渉力を持っているんだから、練習すればこれくらい出来るよ。このままにするには、勿体ない才能だよ」


 『宝の持ち腐れだって』と説得する僕に対し、姉はムッとしたような表情を浮かべる。


妖精族の血を濃く引く利権者のアンタに『才能がある』なんて言われても、嬉しくないわ。嫌味にしか聞こえないもの」


 『私を馬鹿にしているの?』と不機嫌になる姉は、両腕を組んでフイッと顔を背ける。

まるで子供のような反応に、僕はそっと眉尻を下げた。

────と、ここでタイミングよく母が姿を現す。


「あら?貴方達、何をしているの?」


 尋常らしからぬ雰囲気を感じ取ったのか、母は小さく首を傾げた。

困惑の滲む青いまなこを前に、僕は慌てて取り繕う。


「な、何でもありません。ちょっと立ち話していただけです。それより、母上はどうしてこちらに?」


 『騎士団の訓練場に来るなんて珍しいですね』と言い、何とか話を逸らす。

現在進行形で拗ねている姉と母を関わらせるのは、得策じゃないから。

『また親子喧嘩の仲裁に入るのは御免だ』と焦る中、母はパンッと扇を閉じた。


「貴方達にちょっと用があったのよ。そうじゃなきゃ、こんなむさ苦しいところ来ないわ」


 『汚らわしい』と言わんばかりに眉を顰める母は、訓練場に居る騎士達を睥睨する。

『相変わらず潔癖だな』と苦笑いする僕を前に、母は再度口を開いた。


「一ヶ月後に皇室主催のパーティーを開くから、準備しておきなさい。恐らく、これが今年最後の催しになるでしょうから」


 社交シーズンの終わりを匂わせる母は、『万全の体制で臨むのよ』と言い聞かせる。

恐らく、貴族達に皇室の威厳を見せつけたいのだろう。

仕方のない事とはいえ、皇族を一人生贄に捧げたばかりだから……『大公の言いなりになる皇室なんて』と軽んじられる可能性がある。

だからパーティーで完璧な姿を見せ、貴族達を牽制したい……と言ったところだろうか。


「ライラ、暴れるのも大概にしてきっちり役目を果たしなさいね。貴方は騎士でも剣士でもなく、皇女なのだから」


 『遊んでばかりいられないのよ』と注意し、母は姉の顔を覗き込む。

────が、全くの無反応。


「ライラ、返事は?」


「……」


「いい加減にしないと、レイピアを取り上げるわよ」


「……ごめんなさい、ちゃんとします」


 母の冷たい声に、姉はピクッと反応を示し、素直に従う。

さすがに母を本気で怒らせるのは、ダメだと判断したらしい。


 丸く収まったようで、良かった……逆上するんじゃないかと少し不安だったから。


 シュンと項垂れる姉を横目に捉え、僕は胸を撫で下ろす。

『後でフォローはしておこう』と決意しつつ、前を向いた。

────と、ここで母と目が合う。


「ノクス、この子のこと頼むわね」


 『貴方がしっかり手綱を握るのよ』と主張する母に、僕は曖昧に頷いた。

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