罪《カーティス side》

◇◆◇◆


 昼食を終え、執務室へ戻った僕は椅子の背もたれに寄り掛かる。

長い長い息を吐き、『一体、何がどうなっているんだ』と項垂れた。


「ティターニアは精霊に好かれやすい体質なのか?伝説級の薬草や聖水を精霊に貢がせるなんて、尋常じゃないよ」


 昼食の雑談で聞き出した内容を思い返し、僕は困惑する。

すると、壁際に待機していたクロウも同調するように頷いた。


「万病に効く幻の薬草スピリットフロルを髪飾りにして、現れた時はさすがに驚きましたね」


「しかも、緑色の精霊からプレゼントされたって言うものだから、思わず固まっちゃったよ」


 何食わぬ顔で暴露したティターニアの姿を思い出し、僕は遠い目をする。


 ティターニアって、結構鈍感だよね。事の重大さを全く理解していないとも言う……。

まあ、見るからに世間知らずだし、ある程度は仕方ないけど。

でも、ここまで無知だと少し心配になるな。


 『悪い大人に騙されそう』とティターニアの将来を危ぶむ中、クロウは不意に手を止める。

その手には、ペンが握られていた。

『そういえば、さっきからずっと紙に何か書き込んでいたな』と考えていると、彼はこちらを向く。

分厚い資料の束を手に持つ彼に、僕は僅かに目を見開いた。


 おや?それはもしかして────。


「ティターニア様の調査報告書です。先程、ようやく全ての調査を終えたので、至急資料にまとめました」


 予想通りの言葉を口にするクロウは、『どうぞ』と言って資料の束を差し出した。

待ちに待った調査報告に、僕はゴクリと喉を鳴らす。

僅かな罪悪感と緊張感に苛まれながら、資料を受け取った。


 妻とはいえ、他人の過去を勝手に暴くのはやはり気が進まない……でも、マーサから上がった報告やティターニアの様子を見ていると、知らんふりも出来なかった。

血の盟約を交わした当事者として、僕は知らないといけない────軽い気持ちで行ったことの結果を。


「カーティス様。先にこれだけ、言っておきます────正直、見ていて気分のいい話ではありません。私は不快感と嫌悪感でいっぱいになりました」


 『覚悟した方がよろしいかと』と忠告するクロウに、僕は苦笑を漏らす。


「クロウがそこまで言うなら、きっと酷い内容なんだろうね。感情的になって我を忘れぬよう、気をつけるよ」


 『屋敷にはティターニア達も居るし』と言い、僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

そして、気を引き締めると────ついに資料を開いた。


「こ、れは……」


 目に飛び込んでくる情報の数々に、僕は思わず言葉を失う。

何故なら、ティターニアの育った環境は予想以上に酷かったから。

ここまで滅茶苦茶だと、怒りや悲しみよりも衝撃が勝ってしまう。

感情的にならずに済んだのは幸いだが、ティターニアの不幸を思うと……どうにも、やり切れなかった。


「同じ人間……それも家族に対して、何故ここまで残酷になれるんだい?」


 虐待なんて言葉じゃ片付けられない鬼畜の所業に、僕は頭を振る。

文章からも伝わってくる人間達のおぞましい一面に、吐き気すら覚えた。


 これまでも、『どうせ大公へ捧げるんだから』と政治的価値のない生贄を酷く扱ってきたことはあった。

でも、ここまで酷い事例は初めてだ。せいぜい、陰口を叩く程度だったから。

食事も満足に与えず、暴力を振るうなんて……有り得ない。

しかも、最近になるまでずっと地下牢で生活させていたんだろう?仮にも、皇族だというのに。


 『まるで罪人じゃないか』と非難する僕は、ティターニアの苦しみを想像する。

と同時に、何故あんなに不安定な子に育ったのか合点が行った。

物心つく前から生贄という運命を背負い、虐げられてくれば、ああなるのも仕方ない。

だって、周りにいる大人達がそうなるよう仕込んだのだから。


 数え切れないほどの暴力と暴言により、ティターニアは恐怖という感情を失ってしまったのだろう。

生き物なら当然のように持っている生存本能も合わせて……。

だから、あの子は生に執着がないし、死ぬことを躊躇わない。

真顔で自分の手首を切りつける程度には。

改めて初日の行動を思い返し、僕はグニャリと顔を歪めた。


「これも全て────初代皇帝の勘違いを正せなかった、僕のせいか……」


 改めて突きつけられた己の罪に、僕は頭を抱える。

そして、生贄という因習を生んだ出来事について振り返った。


 そもそもの話、僕は初代皇帝に────『生贄を寄越せ』なんて一言も言っていない。

ただ、『妖精の血が欲しい』と言っただけ。

それなのに、初代皇帝は『妖精の血を引いた皇族を一人捧げなければならない』と勝手に勘違いし、実行したのだ。


 当然、僕は勘違いを正そうとしたけど、『血の盟約の条件をわざと破らせようとしている』と誤解され、聞き入れて貰えなかった。

それどころか、『送り返されても生贄を城へ入れるつもりはない』と宣言されてしまい……折れるしかなかった。

その結果、生贄を捧げることが周知の事実となり、現在に至る。


「あのとき、僕が説得を諦めていなければ……ティターニアは苦しまなくて済んだかもしれない」


 過去の行いを悔いる僕は、凄まじい自己嫌悪に陥った。

間接的にであれ、ティターニアの人生を捻じ曲げてしまったことに罪悪感を抱く中、クロウがコホンッと咳払いする。


「お言葉ですが────生贄を捧げるという因習がなければ、ティターニア様はとっくのとうに殺されていたと思いますよ。虐げられた、そもそもの原因は彼女の容姿ですので。生贄云々は後付けに過ぎません。現に皇帝達はティターニア様を生贄として捧げるため、生かしてきました。皮肉かもしれませんが、ティターニア様を守ったのは初代皇帝の勘違いです」


 一気に捲し立てるようにそう話し、クロウは『あまり自分を責めないでください』と慰める。

ティターニアを虐げたのはあくまで人間なのだから、気に病む必要はないと考えているのだろう。


 ティターニアの容姿、か……。

確かに皇室の血筋と考えると、あの髪や目の色はおかしい。

何故なら、皇室の子孫はみんな黒髪碧眼の容姿をしているから。

彼らの先祖に当たる妖精が黒髪碧眼だったため、その色を代々受け継いでいるのだ。

だから、ティターニアの容姿を不気味に感じるのは致し方ない────が、あんな扱いをする必要はないだろう。


 『知らないから』『分からないから』と排除する人間達の愚かしさに、僕は反吐を覚える。

言い表せぬほどの不快感と嫌悪感に苛まれながら、そっと目を伏せた。


「初代皇帝の勘違いにより守られた命、か……彼らにティターニアの真価を理解する機会があれば、容姿など関係なく大切に育ててきただろうに」


 だって、あの子は────世界をひっくり返すほどの力を有しているのだから。


 『その気になれば、世界すら壊せる』と確信する僕は、無知な人間達を嘲笑った。

お前達の手放したものはこの世で一番尊い命だったんだぞ、と思いながら。


「あの、カーティス様。ティターニア様の真価とは、一体……?彼女は何か特別な力を有しているのですか?」


 困惑気味に質問を投げ掛けてくるクロウは、『そんな情報なかった筈ですけど……』と零す。

言葉の真意を尋ねる眼差しに、僕は小さく肩を竦めた。


「焦らずとも、そのうち分かるさ────あれは隠しておける力じゃないからね。むしろ、よく今まで人間達にバレなかったなと思ったよ。まあ、ティターニアの様子を見る限り、本人も気づいてなさそうだったけど」


 『劣悪な環境で育ったばかりに力を発揮出来なかったのかな?』と推測しつつ、僕は顔を上げる。

そして、机の上に広げた資料を一つにまとめ、クロウへ差し出した。


「一応、マーサにも資料を見せておいて」


「え”っ……正気ですか?見せたら、きっと怒り狂って皇城に乗り込むと思いますよ。マーサはティターニア様のことを甚く気に入っているので」


 『国を滅ぼしかねない……』と真剣に考えるクロウは、渋る動作を見せる。

ヤンチャしていた頃のマーサを知っているからこそ、警戒しているのだろう。

皇室の敵となれば、当然帝国の守護者である僕と対立することになるから。

血の盟約により定められた運命に、僕は苦笑を漏らした。

『マーサと戦うのは嫌だなぁ……』と思いつつ、解決策を捻り出す。


「じゃあ、そのときはマーサにこう伝えて。今は復讐よりもティターニアのケアを優先したいから少し待って欲しい、と」


「畏まりました。では、『ティターニア様のため』ということを前面に出して、マーサの怒りを鎮めます」


 『ティターニア様を引き合いに出せば行ける』と判断したのか、クロウはやっと資料を受け取ってくれた。

『では』と言って去っていく彼の後ろ姿を見送り、僕は窓の外に視線を向ける。

猫のように夜目が効く黄金の瞳には、裏庭で遊ぶティターニアの姿が見えた。


 すっかり、精霊と仲良しみたいだね。良い友達が出来たみたいで、良かった。

この調子で君なりの幸せを見つけてくれるといいんだけど。


「いや、それはまだ早いか。今はとりあえず────子供らしく健やかに育ってくれれば、いい」


 『焦らずゆっくり行こう』と自分に言い聞かせ、僕は表情を和らげた。

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