大公

 壁から屋根まで真っ黒な建物を前に、私は馬車から降りる。

すると────玄関の前で待機していた男性が、こちらを見て固まった。


「えっ?どうして、君みたいな子が……」


 私の外見が皇族の特徴とかけ離れていたせいか、彼は困ったような表情を浮かべる。

『本当に妖精の血が流れているのか?』と、疑っているのだろう。

戸惑いが滲むゴールデンジルコンの瞳を前に、従者の男性は慌てて弁明を口にする。


「た、大公閣下・・・・!確かに外見はちょっと変ですが、ティターニア殿下は歴とした皇族です!」


 従者の男性は若干表情を強ばらせながらも、一生懸命『偽物じゃない』と主張した。

受け入れ拒否を警戒する彼の横で、私は『この人が大公だったのか』と考える。


 なんか、想像と全然違うな。

お世話係の侍女や講師は血も涙もない人って、言っていたのに。

実際は偽物かもしれない生贄を見ても怒らないし、物腰も柔らかい。

少なくとも、攻撃的ではなかった。


 『何であんなに恐れられているんだろう?』と疑問に思う中、従者の男性は震える手を握り締めた。


「もし、疑いが晴れないようであれば、鑑定魔法を使って頂いても構いません!」


 『やましい事は何もありませんので!』と言い切る従者の男性に、大公はスッと目を細める。


「いや、その必要はない。彼女の存在があまりにも異質すぎて、ちょっと驚いただけだ」


 本物だと信じてくれたのか、大公は僅かに表情を和らげた。

すると、従者の男性は明らかにホッとし、肩の力を抜く。


「で、では……ティターニア殿下の譲渡を以て、血の献上は完了したと見て、間違いないでしょうか?」


「ああ、構わない。君達はきちんと役目を果たしてくれた。もう帰っていいよ」


 そう言って、大公は筒状に巻かれた書類を手渡した。

恐らく、あれは生贄を受け取った証みたいなものだろう。


「あ、ありがとうございます!では、我々はこれで!」


 巻き物を大事そうに抱える従者の男性は、ペコリとお辞儀して馬車に乗り込んだ。

かと思えば、直ぐに発進し、物凄いスピードで遠ざかっていく。

あっという間に見えなくなった馬車を前に、私はチラリと大公へ目を向けた。


 後ろで結んだ黒っぽい青髪に、輝きを詰め込んだような金色の瞳……背は高く、細身で手足もスラッとしている。

顔立ちは多分、綺麗な部類に入ると思う。

あと、唇から若干はみ出している八重歯が特徴的だった。


 あの牙で、私は殺されるのかな?

吸血鬼ヴァンパイアは対象に噛み付いて、血を啜ると聞いたけど。


「ティターニア……だったかな?まずは中へ入ろうか。長時間、馬車に揺られて疲れただろう?」


 目線を合わせるように少し屈んだ大公は腰まである青髪を揺らし、こちらに手を差し出した。

黒いグローブが嵌められた彼の手を前に、私は目を見開く。

今まで誰かにエスコートしてもらったことなんて、なかったから。


 生贄が逃げないよう、手を繋いでおきたいのかな?


 『そんな事しなくても逃げないのに』と思いつつ、私はそっと手を重ねる。

すると、大公はゆったりとした足取りで歩き出した。

『私の歩調に合わせてくれているんだろうか』と首を傾げる中、彼は屋敷の中へ足を踏み入れる。

そうなると、当然エスコートされている私も立ち入ることになる訳で……。


 凄く静かなお屋敷だな。お城とは大違い。


 薄暗い建物内を見回し、私は『使用人があまり居ないのかな?』と考える。

────と、ここで銀色のカラスがこちらへ飛んできた。

かと思えば、見る見るうちに人の姿へ変わり、短い銀髪をサラリと揺らす。


「今回も無事、譲渡を終えられたようですね」


 黒い服に身を包む男性はニッコリと微笑み、視線を少し下げた。

そして、私の姿をエメラルドの瞳に映し出す────が、特に驚いた様子はない。

『外の様子をこっそり見ていたのかな?』と不思議に思っていると、彼はその場に膝を着いた。


「第二皇女のティターニア様ですね?初めまして、クロウと申します。ここでは、カーティス様の執事をさせて頂いております。既にお気づきかもしれませんが、カラスの獣人です」


「ジュウジン……?」


 聞き覚えのない単語に反応し、私は反射的に聞き返す。

『なにそれ?』と興味を示す私に、執事は気を悪くするでもなく丁寧に答えてくれた。


「人と獣の姿を持つ種族のことですよ。閉鎖的なノワール帝国ではあまり見掛けないかもしれませんが、わりと何処にでも居ます」


「そうなんだ。教えてくれて、ありがとう」


「いえいえ、これくらいお易い御用ですよ」


 エメラルドの瞳をスッと細める執事は、『また何かあれば言ってください』と口にする。

と同時に立ち上がり、大公へ視線を戻した。


「このまま、夕食にしますか?」


「ああ、そうしよう」


 間髪容れずに頷いた大公は、私の手を引いてどこかへ向かう。

行き先は恐らく、食堂……いや、この場合は処刑場だろうか。

だって、彼の夕食はきっと────私の血だろうから。

『もうすぐ死ぬのか』と考えながら、私は大公と執事について行く。

特に恐怖心はなかった。


「さあ、ここだよ」


 大公は一度声を掛けてから立ち止まり、観音開きの扉を開け放つ。

すると、そこには長テーブルや椅子に加え────出来立ての料理があった。


 料理……?何で?誰が食べるの?まさか、大公が……?

吸血鬼ヴァンパイアって、野菜や肉も食べられるの?

だとしたら、私はデザートかな?


 などと考えているうちに席へ案内され、おもむろに腰を下ろす。

目の前には、美味しそうな料理の数々が……。

『一体、どんな味がするんだろう?』と好奇心を働かせていると、執事が食器を並べ始めた────私と大公に一式ずつ。


 大公は分かるけど、何で私も……?あっ、もしかして────。


 一つの可能性に辿り着いた私は、迷わずナイフを手で掴み─────自身の手首に突き刺した。


「「!?」」


 驚いたように目を見開く大公と執事は、ただ呆然としている。

予想外の反応を示す二人に、私はコテリと首を傾げた。

『あれ?間違えちゃったかな?』と思いつつ、ナイフを引き抜いた。

と同時に、血が溢れ出す。

それを皿に垂らしていると、大公がハッとしたように声を上げた。


「き、君は一体何をしているんだい……!?」


 勢いよく席を立ち、ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる大公は目を吊り上げる。

何故か少し怒っている彼に、私は『何で?』と頭を捻った。


妖精の血デザート絞っている作っているだけだけど……こうした方が食べやすいかな?と思って。食器を用意してくれたのは、このためでしょう?」


「なっ……そんな訳ないだろう!」


 半ば怒鳴るようにして否定する大公は、私の手を掴んだ。

かと思えば、ポケットから取り出したハンカチで傷口を押さえる。

汚れるのも厭わず止血する彼の傍で、私はそっと目を伏せた。


 余計なことしちゃった。よく考えてみれば、妖精の血を皿に移す必要なんてなかったのに。

だって、吸血鬼ヴァンパイアは対象に噛み付いて、血を吸うんだから。


 『結果的にデザートの量を減らしただけ』という事実に、私は自責の念を抱く。

『大公が怒るのも無理はない』と猛省しながら、顔を上げた。


「ごめんなさい。もう勝手な真似はしない。大人しくしている」


 ゴールデンジルコンの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、私は小さく頭を下げる。

すると、大公は────優しく頭を撫でてくれた。


「きちんと謝れて、偉いね。危ないことは、もうしちゃダメだよ」


「そうですよ、もっとご自分を大切にしてください」


 大公の言葉に続く形で苦言を呈する執事は、素早く食器を取り替える。

嫌な顔一つせず対応してくれる彼の傍で、大公はハンカチを仕舞った。


 あれ?出血が止まっている……止血って、こんなに早く出来るものだっけ?


 もう瘡蓋になっている傷口を前に、私は『吸血鬼ヴァンパイアの特殊能力かな?』と考える。

何故なら、吸血鬼ヴァンパイアは血を自由自在に操れる種族だから。

その気になれば、血の流れを逆流させたり、止めたりすることが出来るらしい。

要するに生物を簡単に殺すことが出来る、ということ。

『過去の戦争では大活躍だったらしい』と帝国の歴史を振り返る中、大公はニッコリと微笑む。


「さあ、気を取り直して一緒に・・・料理を食べよう」


 『早くしないと冷めてしまう』と述べる大公に、私は目を見開いた。


「一緒に……?」


「ああ、そうだよ。君の分の食器を用意したのも、そのためだ」


 当たり前のようにそう断言する大公に、迷いはなく……冗談を言っている風でもなかった。


 誰かと一緒に食事なんて……考えたこともなかった。

地下牢で生活していた時はもちろん、花嫁修業の時もずっと一人だったから。


 自分の当たり前を覆され、固まる私は『食事って、誰かと摂ってもいいんだ』と気づく。

『だから、テーブルマナーがあるのか』と納得する中、大公は自分の席へ戻り、食事を始めた。

それに習い、私も料理に手をつける。


 美味しい。それになんだか、とても温かい。


 間違いなく今までで一番穏やかな食事風景に、私はスッと目を細めた。

そして、満ち足りた気分のまま食事を終え、大公に血を吸われる────ことはなく、部屋へ案内される。

不思議に思ったものの、『夜食として頂くのかもしれない』と考え、部屋で待機した。

────が、大公は一向に姿を現さず……私の方が限界となる。

結局眠気という名の強敵に打ち負かされ、いつの間にか寝てしまっていた。

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