心配《カーティス side》

◇◆◇◆


 ティターニアを部屋に送り届けてから執務室へ直行した僕は、ようやく一息つく。

どっと押し寄せてくる疲労感に耐えながら、椅子の背もたれに寄り掛かった。

と同時に、執務机の一角を占領する書類が目に入る。

だが、とても仕事する気にはなれず……ガブリエラ帝国やティーア王国から届いた書信を一瞥した。


 はぁ……それにしても、やけにアンバランスな子だったな。

いきなり、手首を切った時は心底驚いたよ。


 今までの生贄花嫁とは明らかに違うティターニアの様子に、僕は頭を悩ませる。

泣き叫ぶ訳でも絶望する訳でもなく、ただ淡々と生贄の運命を受け入れるあの子が……恐ろしかった。

あまりにも、危うすぎて……。


「放っておいたら、いつの間にか死んでそう……」


 危機管理意識が低すぎるティターニアを思い出し、僕はガクリと項垂れる。


 何をどうしたら、あんな子に育つんだ……大体、皇室はティターニアの価値をきちんと把握しているのか?

だって、明らかにあの子は────。


 ティターニアの血を見て確信した事柄に、僕は思いを馳せる。

────と同時に、部屋の扉をノックされた。


「カーティス様、私です」


「入りたまえ」


 聞き覚えのある声に反応し、入室を許可すると、扉が開く。

すると、そこにはクロウの姿があった。

優雅に一礼してから中へ入ってきた彼は、後ろ手で扉を閉める。

もう一方の手には資料の束が握られており、仕事の開始を余儀なくされた。


「今日はいつもより、量が多いな」


 椅子の背もたれから身を起こす僕は、おもむろにペンを掴む。

『朝まで掛かりそうだ』と肩を落とす僕に、クロウはクスリと笑みを漏らした。


「ご安心ください。こちらは全てティターニア様に関する資料ですので」


「えっ?」


「カーティス様のことですから、ティターニア様の養育環境が気になるかと思い、情報を集めてきました。と言っても、こちらは途中報告になりますが……調査完了には、もう少し時間が掛かります」


「あ、あぁ……」


 クロウの仕事の速さ……というか、勘の鋭さにド肝を抜かれる僕は、気の抜けた返事しか出来ない。


 確かにティターニアの身辺調査はお願いしようと思っていたけど……よもや、先回りされるとは。

我が家の執事は、本当に優秀だね。


「ティターニアの身辺調査、引き続き頼むよ」


「はい、お任せください」


 『完璧に調べ上げます』と意気込むクロウは、手に持った資料を執務机の上に置く。

上から下までビッシリと書き込まれた資料を前に、僕は『途中報告でこれか』と苦笑いした。


 見たところ、年齢や性別などプロフィールに関する記述が多いな。

まだ詳しい生い立ちや皇城での様子は、調べられていないようだ。

まあ、調査開始から半日も経っていないんだから、しょうがないか。むしろ、短時間でよくここまで集められたものだ。


「────って、ティターニアは十四歳だったのかい!?」


 ふと目に入った記述に心底驚く僕は、思わず声を上げてしまう。

『読み間違いではないのか?』と何度も文章を確認し、クロウに目を向けた。


「カーティス様のお気持ちはよく分かりますが、十四歳で間違いないようです」


「嘘だろう……?僕はてっきり、十歳くらいかと……」


 小柄で華奢で細身の体型を脳裏に思い浮かべ、僕は戦慄する。

握り潰してしまいそうなほど小さいのに、十四歳!?と。


「最近の子は皆、あんなに小さいのか……?」


「いえ、そんなことはないと思いますが……」


「じゃあ、遺伝か何かかい?」


「それもまだ何とも言えませんね。現に第一皇子や第一皇女は、すくすくと育っているようですし」


 『お二人とも年相応でしたよ』と証言するクロウに、僕は目を白黒させる。


 遺伝じゃないなら、体質か?それとも、病気?なら、早急に医者を……。


「────ところで、カーティス様はティターニア様をどうなさるおつもりですか?」


 僕の思考を遮るようにして質問を投げ掛けてくるクロウは、真剣な面持ちでこちらを見つめた。

真意を探るような眼差しに、僕は早々に白旗を挙げる。

この有能すぎる執事に、隠し事など出来ないから。


「しばらく傍に置いて、面倒を見るつもりだ。あの子はちょっと特殊だからね。放っておけない」


 これからどうしたいか素直に白状する僕は、天井を仰ぎ見た。


 正直、あの子と対面するまでは別荘に送るなり、他国へ逃がすなりして関わりを絶とうと思っていた────歴代の生贄花嫁たちと同じように。


 ぼんやり天井を眺める僕は、大公家へ嫁いできた者達の記憶を手繰り寄せた。


 人間達の間でどのように言い伝えられているのか知らないが、僕は生贄花嫁を殺したことは一度もない。

もちろん、危害を加えたことだって……。

僕のエゴでこうなってしまったから、生贄花嫁には相当気を使ってきたつもりだ。

少なくとも、本人の意思と健康を軽んじるような真似はしてない。

でも、皆の反応は変わらなかった……ずっと僕に怯え、恐怖したまま。

だから、もう交流は諦め、生贄花嫁が来る度充分な金を持たせて解放していた。


「そうですか。では、マーサを呼び寄せましょう。ティターニア様をしばらく傍に置くのであれば、侍女が必要になりますから」


 現実的な提案を口にするクロウは、カチャリと眼鏡を押し上げた。

『ティターニア様の生活に不便がないように』と気遣う彼に、僕は賛同を示す。


「そうだな。同性の大人が居る方が、ティターニアも安心だろうし」


「では、明日の早朝までに来るよう手配しておきます」


「ああ、よろしく頼む」


 侍女の件をクロウに一任し、僕は資料へ手を伸ばした。

ティターニアに関する情報を頭に叩き込む僕の前で、クロウはサッと一礼する。

そして、大公領の南端に居るであろうマーサを呼ぶため、この場を後にした。

どんどん遠ざかっていく部下の気配を感じ取りながら、僕はふと窓の外を見る。


 ティターニアはちゃんと眠れただろうか。


 星すらない真っ暗な空を見上げ、僕は『リラックス出来ているといいが……』と独り言を零した。

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